家事をやらない人が突然初めても長続きしないものだ

1. 釈然としない新学期の始まり

「う~ん……」

「玲央おはよ……どした?」

「おお、騒介か。久しぶり」

「オンラインでゲームやってたからあまり久しぶり感は無いけどな。んで、二学期初日早々変な顔してどした?」

「騒介よりマシな顔だと思うけど」

「この流れで何で俺をディスれるの!?」

「どの流れだろうがディスれるぞ」

「堂々と言う事じゃねーよ!」


 あ~癒される。

 騒介との馬鹿話こそが俺の心の清涼剤。


 長い長い夏休みにあいつらの面倒を見続けメンタルが削られまくったから、騒介のツッコミがたすかるわぁ。


「それでマジで何があったよ。やり忘れた宿題あったとか?」

「騒介じゃあるまいし。宿題なんて計画的に終わらせたわ」

「ちょ、待てよ。俺だって全部やったぞ。やらなきゃアニメもゲームも禁止って言われたから速攻で終わらせたぜ。はっはっはっ」

「んなこったろうと思った」


 こいつ家族から離れて一人暮らし始めたら人生終わるのではないだろうか。


「まぁアレだ。夏休みの終わりくらいにちょっと気になることがあってな」

「気になること?」

「ああ、なんて言ったら良いか……」


 気になること、不思議なこと、気持ち悪いこと、信じられないこと、あり得ないこと。

 ここは夢の中ではと思えるような出来事が起きたのだ。


「俺の知り合いが別人のようになってな。その理由が分からないから妙な感じなんだ」

「ほーん。そいつが玲央とどんな関係なのか知らんけど、そんなに気にすることなのか?」

「お前が『アニメ?ゲーム?そんな子供っぽいのはとっくに卒業したよ』なんて言い出したらヤバイだろ」

「大事件だ!」


 その大事件が起こったのは、夏休みが終わる数日前のことだった。


――――――――


「春日さん、宿題を教えて欲しいですぅ」

「断る」

「即答は酷いですぅ!」


 その日の昼下がり、栗林が俺の部屋にやってきて宿題を教えろとせがんで来たのだ。

 栗林は夏休みの宿題を普段から進めているように見えないし、最終日に慌ててやるタイプだと思っていた。

 俺に泣きついて来ることも想定通りだったから、バッサリと斬って捨ててやったのさ。


 当然だろ?

 自業自得だから、ちゃんと痛い目を見ないとダメだ。

 ここで甘やかしても誰の得にもならない。


「分からないところを教えて欲しいだけですぅ」

「つまり全部教えろと」

「私をどれだけ馬鹿だと思ってるんですかぁ!」

「赤点スレスレ程度には」

「ぐふぅ」


 一学期の期末テストがそうだったじゃねーか。

 しかも禅優寺や氷見に教えてもらったにも関わらず、だ。


「全部じゃないから教えて欲しいですぅ」

「ほぼ全部だろ」

「ちゃんと半分以上は自分で頑張って解いたですぅ!」

「なん……だと……?」

「その反応は本気で失礼ですぅ!」


 いやだって、え?

 栗林が自力で夏休みの宿題を進めている?


 だってまだ最終日までには数日あるぞ。

 それなのに半分以上も終わっているなんて、そんな馬鹿なことがあるか。


「そうか、誰かのを写したんだな。ちゃんと自分でやらないと意味無いぞ」

「自分でやったですぅ! どうして信じてくれないですかぁ!」

「日頃の行い」

「ぐふぅ」


 しかしこの反応はマジっぽいな。

 自力で頑張った上に助けを求めてきているのならば、教えてやることくらいはやぶさかではない。


 いや、一つだけ条件があるな。


「間食を止めたら教えてやっても良いぞ」

「もう食べてないですぅ」

「は?」


 聞き間違いだろうか。


「だからもうお菓子を食べてないですぅ!」

「…………」


 嘘だ!


 と言いたいところだが、実は心当たりがある。

 最近の栗林はコミュニケーションルームに来てソファーに寝転がってお菓子を貪るみっともない姿を晒していない。

 しかもご飯時にお代わりをしないのだ。


 偶然かなと思っていたが、まさか本気で食生活を改善していたとは。


「お前、本当に栗林か?」

「ほんっっっっとに失礼ですぅ! でもこれで教えてもらえるですぅ」

「だが断る!」

「何でですかぁ!」


 間食を止めたら教えると言ったが、あれは嘘だ。


「まぁ待て。別に栗林に意地悪しようとしてるんじゃないぞ。他に適役がいると思ったんだ」

「適役ですかぁ?」

「そうだ。俺よりも禅優寺の方が分かりやすく教えてやれるだろ」

「え? でも禅優寺さんよりも春日さんの方が成績良いですよぉ?」

「…………まぁ、そうなんだが」


 そうか、栗林は禅優寺が頭がかなり良いことに気付いて無いのか。

 期末テストの時にあんなにも分かりやすく教えてもらってたのにな。


 ということは禅優寺はまだ何も言ってないってことだ。

 それなら俺がここで言うのは止めた方が良いだろう。


「しゃーねーな。教えてやるから外出るぞ」

「ありがとですぅ!」


 念のため、勉強を教えて欲しいと言いながら俺を襲おうとしている可能性があったので自室から追い出してコミュニケーションルームで教えるようにしたが、そのことについても一切反応が無かった。


 栗林に一体何があったんだ。


 怠惰でみっともない生活を続け、俺がどれだけ指摘しても決して治そうとしなかったのに、何があればこいつを変えることが出来るのだろうか。

 もちろん、全てが良くなったわけではない。

 部屋の掃除やベッドメイク、下着を含めた洗濯などは俺が続けているし、俺からの依存を完全に脱却できたわけではない。

 だが栗林の場合、ほんの一部だけでも変われるということが信じられないのだ。

 こいつはもう『終わっている』というのが俺の認識だったから。


「分かったですぅ!」


 う~ん、真面目に聞いて真面目に勉強しとる。

 本当にこいつは栗林なのだろうか。


 こいつが変わる原因で考えられるのは祖父母の存在。

 もしかして祖父母に何かあったのだろうか。


 今度顔を見に行ってみようかな。


――――――――


「まぁ別に大した話じゃないから気にしないようにしとくわ。って騒介どうした?」


 俺が最近の事を思い返していたら、騒介が俺では無く廊下の方をじっと見つめていた。

 その視線の先を確認してみる。


 ああ、氷見が歩いているのか。

 見た目は美人だから目を奪わているってとこかな。


「騒介は……」


 とっさに騒介を揶揄おうとした俺は気付いてしまった。

 氷見を見つめる騒介が、割と普通に頬を染めていたことに。

 アイドル的存在を見てうっとりするような感じでは無く、気になる女の子から目が離せないと言った感じで。


「マジか」

「え、あ、玲央何か言った?」


 氷見が視界から消えると騒介は我に返った。


 騒介がアニメキャラじゃなくて氷見を意識している?

 何故だ。

 例の事件があってもこいつの態度は全く変わって無かったのに。

 夏休みの間に何があったと言うんだ。


 まさかアレか?


『確か菊池君よね』


 俺が女装して氷見と一緒に歩いていた時、騒介と出会った。

 あの時、騒介は氷見に普通に話しかけられたのだ。


「そうかそうか。騒介は女子に話しかけられたら惚れちゃうタイプだもんな」

「な、なな、何言ってるんだよ!?」

「はははは」

「玲央!? 勘違いするなよ!? 俺が好きなのはミーニャちゃんだ!」

「はいはい、そうだよな」

「ぐうっ」


 この展開は予想してなかった。


 騒介と氷見か……わくわく!

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