楽しい楽しいイベントだ(涙

1. 何をしたああああああああ!

「なるほど、そう来たか」


 飛行機を乗り継ぎ、船に乗り、辿り着いたのは鹿児島県にある小さな離島。

 早朝に出発したのに着いたのはもうすぐ夕方って時刻だ。

 二泊三日の大半が移動なのは、俺としては危険な時間が短くなるから助かるな。


 まぁ移動中に何も無かったという訳では無かったが、誰が俺の隣に座るかといった些細な騒ぎが起きた程度だから心の平穏は崩れていない。


「疲れたですぅ」

「そうかしら、景色を見ていたらあっという間だったわ」

「ここがあの島なんだ~」


 移動疲れでヘロヘロな栗林と、人生で初めての旅行で内心テンションが爆上がりな氷見。

 禅優寺は別の理由でワクワクが止まらないと言った感じだった。


「ネットで暴露するのも良いかもしれませんね」

「もう、レオっちそんなこと言ったらダメダメだよ~」

「はは、仕返しが怖いからやりませんよ。それに多くの方のヘイトを買いそうですからね」


 暴露したかったのはこの島がモデルの撮影で良く使われる場所だという話だ。

 姉貴が載っている雑誌をはじめ多くの写真集で使われている有名な撮影場所があり、そこは世間的には海外だろうと思われていたが、実は日本でかなり知名度の低いこの島だった。

 人が少ないため撮影の邪魔が入りにくく、しかも風光明媚な風景が多い島であるため姉貴たちも良く利用しているらしい。


 ファッション好きの若い女性の間で憧れの場所ともされていて、それゆえ禅優寺のテンションが上がっているのだった。


「早く休みたいですぅ」


 対照的に栗林は力なくキャリーケースに座ってぐったりしている。

 長時間移動が続いたから疲れたのは分かるが、姉貴が島について早々に撮影の打ち合わせに行ってしまったから待ちなんだよな。

 何処に泊まり、どうやって移動するかは全て姉貴任せであるため、しばらくは港付近を散策でもして時間を潰すしかない。


「宿泊……か」

「レオっち?」


 おっと、つぶやきが聞こえてしまったか。


「いえ、この島は観光ホテルなど無さそうですし、どこに泊まるつもりなのかと思いまして」

「そういやそだね~」


 何処だろうが俺にとっては大問題だ。

 姉貴は間違いなく、俺と寮生たちを同じ部屋に泊まらせるつもりだろう。

 だから宿泊場所だけでも先に聞き出して別の部屋を確保しておこうと頑張ったのだが、どうしても教えてくれなかった。


 まさかそもそも観光宿が無い場所を選ぶとはな。

 これでは宿泊場所を追加で用意するなど無理な話だ。


 いっそのこと、どこかの民家に押しかけて泊まらせてくださいってお願いするか?

 こういう島の人は大らかだって言うし、案外喜んで受け入れてくれるかもしれないしな。


「か~す~が~さ~ん、や~す~み~た~い~で~す~ぅ~」


 ついに栗林がダダをこね始めた。

 無視したいがウザ絡みを延々と続けられるのも嫌なので黙らせるか。


「これでも食べて待っててください」

「はむっ、美味しいですぅ!」


 港の近くに小さな商店があったので、そこで買って来たアイスを栗林の口に放り込んだ。

 日差しも強くかなり暑いのでさぞかし旨いだろう。


「ねぇねぇレオっち来て来て」

「ちょっ、何ですか?」


 今度は禅優寺が俺の服を引っ張り、海の方へと連れて行こうとする。


「ほらほら、透き通っていて超きれいっしょ」

「本当ですね。魚が泳いでいるのがはっきりと見えます」

「素敵だよね~」


 こうして話をしていると普通の女の子にしか見えないのにな。


「本当に素敵です……」


 うっとりしている氷見もそれは同じだ。

 こいつらの中身がアレでなければ、俺はこの海よりも彼女たちの姿に見惚れていたのかもな。


 そんな切ない事を考えていたらやっと姉貴が戻って来た。


「あれ、玲央何も買ってないの?」

「へ?」

「あそこのお店で夕飯の材料を買っておいてって言って……なかったや、てへ」

「おいコラ」


 『あそこのお店』とはさっきアイスを買った商店だ。

 コンビニよりも少し狭いくらいのこじんまりしたお店で、生鮮食品とかも売っていた。


 そこで夕飯の材料を買えという事は、俺に作れという話になる。

 宿どころか飲食店すらあるかどうか怪しい島だからそんな気はしていた。


 俺が逃げたら全員が食事抜きになるけれどそんなことはしないよね、と俺の良心に訴えかけて絶対に宿泊施設まで着いて来いとクギを刺してもいるのだろう。


「調理器具はあるんだよな」

「ええ、もちろん。宿泊場所はリノベーションした一軒家だから」

「リノベーション?」

「この島を良く使うからうちの事務所が安く買い取って泊まれるようにしたのよ」


 悔しい事にちょっとだけワクワクしてしまった。

 俺はそういう古民家に手を入れた宿とかに興味があるのだ。

 そんな話は誰にもしたこと無いと思うが、まさかバレていたのか?


 いや、今気にするべきはそこではない。

 その一軒家が姉貴が所属する事務所の持ち物であるという事なら、俺は助かるのではないか?


「じゃあ撮影スタッフの皆さんも泊まるのかな」

「泊まらないわよ」

「え?」

「彼らは撮影場所の近くで車中泊の予定だから」

「何でだよ! 泊まらせてあげろよ!」

「そんなこと言われても、いつも通りのことだから」


 ならどうして使わないのに古民家をリノベーションなんかしたんだよ。


「何日も滞在する時だけ使うのよ。今回は一泊だけで、しかも明日は朝早くから撮影するから現地に近いところで泊まった方がすぐに準備が出来て楽なんだって。私も明日は日が昇る前に出るから起こしてお弁当作っておいてね」

「おいコラ」


 だからそういう重要なことを後出しで言うなって。


 つまりはもし俺が逃げ出したら、寮生たちがご飯を食べられず、姉貴が起きられず撮影スタッフに迷惑がかかると。


 俺のせいじゃないのに、俺が罪悪感を覚えるのを姉貴は分かっているんだぜ。

 マジで嫌なやり方をするわ。


「はぁ……」

「なに溜息なんかついてるのよ。せっかく南の島まで旅行に来たんだから楽しみなさいよ」


 やることが普段と変わらないから旅行感が全く無いんだよ!

 つまりは旅行中にいつも通りに家事をして姉貴の面倒を見ろってことなんだろ!




 どうせ夕飯を作るならば特別感のあるものにしたい。

 ゆえに見たことも無い食材を購入して、初の料理にチャレンジして無理矢理自分をワクワクさせた。


 一方で、宿に着いた寮生たちは別の意味でワクワクしていた。


「うわぁ! きれ~い!」

「素敵!」

「白いですぅ」


 古民家のすぐ目の前に、白い砂浜が広がっていたのだ。


「お義姉さん、ここってもしかしてあの撮影スポットですか!?」

「そうよ。良く分かったわね」

「わぁ~! まさかここで遊べるなんて!」


 その白浜はモデルの撮影で良く使われていた場所であり、禅優寺はすぐにそのことに気が付いた。

 ゴミが流れついているということもないし、太陽の光を浴びた海がキラキラと光っていることもあり映える絵となっている。


「ほらほら、うさぴょんポーズとって~」

「こんな感じですかぁ、春日さぁん」


 さて、俺は荷物を部屋に入れてこよう。


「無視しないでくださいよぅ~」


 両腕で胸を挟んで強調するポーズをしているやつに言う事なんか無い。


「玲央も混ざって来なさいよ」

「夕飯の準備をしなければならないから」

「玲央も挟まれて来なさいよ」

「おいコラ」


 今回は初めて使う食材が多いからネットで調べながら作らなければならないので時間がかかるのだ。

 早めに作り始めないと栗林あたりから『早く作れですぅ』コールが来てしまう。


「そんなこと言って、意識するのが嫌なだけなんでしょ」

「何のことかな」

「とぼけちゃって」


 ホント、何のことなんだろうな。

 別に意識なんかしてないさ。

 だってここに来る前からこうなるだろうなと覚悟していたからな。


 夏の旅行で姉貴が狙うならば、間違いなく『水着』だろうなと。


 明日は目の前の白浜で水着美少女たちに囲まれることになるのだろう。


 今の俺にとって問題なのは、覚悟済みの明日では無く今晩をどう乗り越えるかだ。


「キッチンは電化にしてあるのか。トイレはウォシュレット付き。風呂もまぁまぁ綺麗だけど同時に二人が限度な広さかな。和風ベッドルームは二人用。後は布団が沢山か。もっと早くに着けば干すんだが、ここで干すと潮風にあたってダメかもな。全体的にやや埃っぽいから掃除もしたいが時間が無いんだよなぁ。むぅ……一日かけて綺麗にしてぇ」


 少し薄汚れている感があるのはこまめに掃除をしている場所では無いから仕方ないのだろうけれど、家事好きの血が騒ぐ。

 しかも好きな古民家を自分で掃除出来るだなんて海で遊ぶよりも遥かに楽しいに違いない。


 俺だけ掃除してちゃダメ?

 ダメだよなぁ……


「そうだ玲央、今のうちに明日の予定について話しておくわ」

「今から夕飯作るんだけど、夜じゃダメなの?」

「夜はイチャイチャタイムで忙しいじゃないの」

「超暇だな」

「ふふふ」


 やっぱりこいつ何か企んでやがるな。


「良いからご飯作りながら聞きなさい」


 さっきも言っていたが、明日は早朝から撮影に向かうので起こして弁当を作れとの命が下った。

 撮影の間に目の前の白浜で遊ぶなりなんなり好きにして良いとのことだ。

 そして姉貴は夕方までには戻って来るが撮影スタッフは先に帰るとのこと。


 つまり危険な水着タイムで姉貴がやらかす可能性が少ないという事か。


 ちなみに撮影場所は小高い丘の上にある展望台で、白浜を上から一望できる絶景ポイントだ。

 そこで冬物を着て撮るのだそうで、たんまりと愚痴を頂いた。

 夏に夏の写真を発売しても遅いのは分かるが、真夏にこんな南国で冬服を着るのはやべぇな。 


「お義姉さんの撮影も見たかったな~」


 愚痴を聞いていたら寮生たちが入って来た。

 白浜の堪能がひとまず終わったのだろう。


「また今度の機会にね。今回はそれで終わっちゃうの勿体ないから」

「はい!」


 いやいや、たっぷり見せてあげようぜ。

 十分に夏の想い出になるだろう。

 海水浴よりレアなんだぜ。


「それよりももっと大切なことがあるでしょう」

「は、はい!」


 おいコラ。

 恥ずかしそうにこっちをチラチラ見るな。


 う~ん、姉貴に毒されて過激なことをしそうで怖いな。

 この島の人口は少ないが、住んでいない訳では無いんだ。

 露出魔みたいなことをしたら第三者に見られる可能性があるって事前に念押しして自重してもらわねば。


「お腹空いたですぅ」

「はいはい、もうすぐ出来ますよ」


 話をしながらもどうにか作り終えた夕飯は、いつも通りに好評だった。

 初めて作った料理が美味しく出来たのはとても嬉しい。

 その喜びにより俺は致命的な油断をしてしまった。


「玲央、おかわり」

「はいはい」


 それは姉貴のいつも通りのおかわりの要望。

 明日は撮影なのに沢山食べて大丈夫なのかと思いながらも、姉貴に背を向けて準備した瞬間。

 恐らくはその時に仕込まれたのだろう。


「なんだ……これは……」


 夕飯を食べ終えた辺りで、猛烈な眠気が襲ってきた。


「まずい……ダメ……だ……」


 ここで意識を手放してしまったら、彼女たちに何をされるか分かったものでは無い。

 顔を洗ってなんとか耐えようと必死に立ち上がった俺の目に、姉貴の醜悪な笑みが飛び込んで来た。


「まさ……か……」

「おやすみ玲央。きっと幸せな夢を見れるわよ」

「う……あ……」


 こんな不自然な眠気が唐突に訪れるわけが無い。

 つまりこれは姉貴が俺の目を盗んで盛ったということだろう。


 そこまでするのかよ。


 どれだけ抗おうとも耐えられない眠気の渦に屈し、俺はその場に崩れ落ちるようにして絶望の眠りに落ちてしまった。







「はっ!?」


 猛烈な蒸し暑さで目が覚めた。

 それもそのはず、俺は床に敷かれた布団の上に寝かされ、寮生たちが密着するような形で寝ていたからだ。

 エアコンがついているとはいえ夏場にこれはキツイ。


「俺……やられちまったのか……?」


 汗が酷いのは蒸し暑さのせいだけなのだろうか。

 センシティブなところに特に違和感が無いのはセーフだと思って良いのだろうか。

 それとも徹底的に証拠隠滅をされただけなのだろうか。


「終わった……何もかも……」


 今の俺にこの状況を楽観視することなど出来るわけが無い。

 仮に寮生たちだけだったらギリギリで踏みとどまれるかもしれないが、姉貴がいるのだ。

 服装は寝巻に着替えさせられているが、その時の状況を想像するだけで吐き気がする。


「そういや姉貴は……個室で寝てるのか」


 ベッドルームからいびきが聞こえてくるから一人悠々と寝ているのだろう。

 時計を見たら丁度姉貴を起こす時間だったので尋問しなければ。


「おいゴルァアアアア!」

「う~ん……玲央? もう時間かしら」

「何をした」

「ふわぁあ、まだねむぅい。もっと激しく起こして良いのよ、昨晩みたいに」

「何をした!」

「みんな興味津々だったわよ」

「何をしたああああああああ!」


 予想はしていたが、姉貴はニヤニヤと醜悪な笑みを浮かべるだけで何も言おうとしない。

 何かあったならばこいつは絶対に動画に撮っているはずだ。

 スマホは、スマホはどこだ!


「何を探してるのかな?」

「ぐっ……こいつ……」


 スマホを胸に挟んでやがる。

 こいつのことだから部屋に別のカメラを仕込んでいて、ここで強引にスマホを奪いに胸に手を伸ばしたら姉貴を襲っている姿が記録されて脅しネタが追加されることに絶対なる。


「彼女たちに聞いてみれば良いじゃない」

「…………」


 聞けるわけ無いだろうが。

 ああでも彼女たちの反応を見れば、どのレベルのことがあったのかくらいは察せられるかも。


「ふわぁあ、ちゃんとお弁当も作ってよね」

「ぬおおおおおおおお!」


 今すぐこいつを撲殺してぇ。


 そんな血走った目でベッドルームを出た姉貴を追ったら、禅優寺と氷見が目を覚ましていることに気が付いた。

 俺が騒いでしまったからだろう。


「…………」

「…………」


 はいアウトー

 この反応は完全にアウトです。


 二人とも真っ赤になってもじもじしちゃってます~

 俺の下半身をチラチラ気にしちゃってます~


 終わった。

 何もかも終わった。


「むにゃむにゃ、春日さんの凄いですぅ……」


 だからお前ら、何をしたああああああああ!

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