五人の義妹(全員同一人物)との同居生活は賑やかすぎです

うーぱー

プロローグ 五人の義妹

プロローグ1.五人の義妹(ただし同一人物)と俺は同居している

 春先の土曜日。


 俺は玄関の床に座り、曇りガラスを透けてくる早朝の日差しを浴びている。


 居間から華やかな喧噪が聞こえてくる。


「ねえ、私のパンツ何処ぉ? 見つからないんだけどぉ」


「薄すぎて軽いから羽でも生えて飛んでいったんじゃないの。

 チョウチョみたいにヒラヒラーっと。

 それとも、美空が穿いた? 背伸びしすぎ」


「穿かないよ?!

 パンツって、下着じゃなくてズボンの方でしょ?

 寝室のタンスに入れたよ」


「うるさい……」


「ねえ、お姉ちゃんは大人なのにパンツなくしたの?

 みーちゃんの貸してあげようか?」


「んー……。ありがとうね。

 でも、私にはみーちゃんのパンツは穿けないかなあ」


 女性五人が、同じような声質で元気にはしゃいでいる。

 初めは区別がつかなかったが、同居が一ヶ月経った今なら聞き分けられる。


 最初の発言から順に、

 社会人の美空、

 大学生の美空、

 高校生の美空、

 中学生の美空、

 小学生の美空だ。


 全員、美空だ。

 同名の他人ではなく、五人とも愛沢美空で、同一人物だ。


 元々俺は義妹である高校生の美空と同居していたのだが、一ヶ月前、未来と過去からそれぞれ美空が二人ずつタイムスリップしてきて五人に増えた。


 あろうことか、彼女達が元の時代に帰るための条件は、俺とキスすること――。


 トタトタトタッ。


 軽い足音が背後から弾むようにやってくる。

 振り返らなくても誰か分かる。

 この軽い足音は小学生の美空、『みーちゃん』だろう。


 みーちゃんが勢いよく俺の背中に抱きついてきた。


「ねえ、お兄ちゃん。聞いて、聞いて」


 五人の中で小学生のみーちゃんだけが俺をお兄ちゃんと呼ぶ。


「なあにみーちゃん」


 俺は背中にみーちゃんの温もりを感じながら、口調を柔らかくする。


「これ」


「ん?」


 みーちゃんが肩越しに、俺の眼前に何かを差しだしてきた。


 白い布きれだ。何だろう。俺は条件反射的に受けとる。


「なに、これ?」


「あのね。昨日、お洋服の入れ物の位置、変えたでしょ?

 わたし、ハンカチと間違えちゃったの……。

 今、お姉ちゃんが探してるの……」


「え、じゃあ、これって」


 恐る恐る白い布を広げてみると、案の定、女性用下着だった。

 布面積が少ないし生地が薄いし、やけにサラサラした手触りだ。


「美空、大人になったらこんなの穿くんだ……」


 俺が思わず声を漏らすと、すぐ後ろから――。


「最低……」


 絶対零度の凍てつく声が降ってきた。

 俺は背中に氷を入れられたかと錯覚したほどだ。


 五人の中で最も、というか唯一、俺に冷たい態度で接してくるのは、中学生の美空こと『美空ちゃん』だ。


 中学生の美空ちゃんは淑やかに歩くから、背後に来ていたことに気付けなかった。


 美空ちゃんは両親を亡くした直後なので、五人の中で最も精神的に不安定になっている。

 だから、心の底から俺を嫌っているから冷たい態度をとっているわけではなく、心の傷が癒えてないだけ……だよね?


「美空ちゃん待って。

 分かっていると思うけど、誤解だ。

 これは……」


 みーちゃんのせいにするわけにはいかない。かといって、俺のハンカチケースに入っていたと言えば、洗濯物畳み当番をした『美空』のせいになってしまう。


 俺は言いあぐねている間、ずっと冷たい視線に見下ろされる。


 中学生の美空ちゃんは五人の中で唯一のロングヘアをしており、実年齢以上に大人びて見えることも相まって、中学生とは思えない眼力だ……。


 俺は屈して、視線を逸らす。


「多分、洗濯中に偶然、俺のポケットに入ったんだと思う」


「……嘘ですね。

 下着はネットに入れてありますし、そもそも私達の衣服と中橋さんの服は別々に洗濯しています」


 美空ちゃんだけが俺を中橋さんと呼び、最も他人行儀だ……。


「待って、俺の服は洗濯、別なの?!

 地味に傷つくんだけど!」


 返事はない。

 美空ちゃんは目の前に居るのに俺を無視して沈黙。

 俺が悲しみに打ちのめされていると、社会人の『愛沢さん』がスリッパをペタペタ鳴らしながらやってきた。


「あれえ。準備できたの年少組だけ?」


 五人の美空は五人とも名前が美空なので、俺達は社会人の美空のことを『愛沢さん』と呼んでいる。

 愛沢さんの背丈は大学生や高校生の美空とあまり変わらないが、髪が短いし眼鏡を掛けているので、他の美空と見間違えることはない。


「あっ。

 ひー君、それ、私のパンツ……」


「愛沢さん……。

 いや、これは……」


 大人の女性が身につけていた物だと実感すると、ますます扇情的に思えて、俺は処遇に困る。投げ捨てるわけにはいかないし、いつまでも手にしているのは論外。


「んー。

 貸してあげてもいいけど……。

 けっこう高いから、汚さないでほしいな」


 愛沢さんは人差し指を頬に当てて、小首を傾げた。


「何かの手違いでポケットに入ってただけです。返します」


 みーちゃんが背中にしがみついたままだが俺は立ち上がり、下着を愛沢さんに渡す。


 下から見上げた愛沢さんは大人の女性といった感じだったけど、立って並ぶと、俺より背が低いし高校生の頃と殆ど変わらない身長だから、女の子だなと思えてしまう。


「色々と我慢できなくなったら、下の子達に変なことする前に、ちゃんとお姉さんに相談するんだぞ」


 ポン。

 

 俺の肩を叩いて愛沢さんが微笑む。


「しませんよ?!」


 前言撤回。大人目線で色々とからかってくるので、愛沢さんは女の子ではない。


 俺、みーちゃん、美空ちゃん、愛沢さんの四人が集まって手狭になった玄関に、残る美空達がやってくる。


 居間から二人が出てきた直後の一瞬、俺はどっちがどっちか分からなかった。


 この時代に元から居た高校生の『美空』と、三年後から来た大学生の『美空さん』だ。


 二人の背格好は完全に一緒で髪型も同じ。美空さんは髪を少し脱色しているが、廊下の奥の明るさでは、パッと見の区別がつかない。


「ねえ、お姉、スマグラで検索して、競馬の結果とか宝くじの番号とか調べようよ」


 スマグラとはスマートグラスのことだ。

 愛沢さんが未来から持ってきた眼鏡型のデバイスだ。


「悪いことは駄目だよ。それに、未来のスマホは現在のネットに繋がらないでしょ?」


 二人の見た目はそっくりでも、性格はちょっと違う。不正を働こうとしたのが美空さんで、諫めたのが美空だ。三年後の美空は今より性格が少し明るいし、活発だ。


 これで五人の美空、全員が揃った。


 五人のうち四人はこの時代の美空じゃない。

 なんとかして元の時間に帰してあげたいけど、その条件は全員とのキス……。


 ハードル高いなあ。

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