流石に運命にこだわりすぎじゃありませんかね。


「ステファン殿下はどちらに? 今すぐにお会いしてお話したいんですけど」


 がやがやと慌ただしく帰っていく衣装屋さん一行を見送った後、私はヨランダさんに王子と今すぐに会えるかを聞いた。すると彼女はできるメイドらしく素早く先触れをして、王子の元へ案内してくれた。

 こればっかりは黙っていられない。私にこんな豪華なドレスを与えたって仕方ないのに、なにを考えてるんだ、あの王子!

 怖いけど、今日はがつんと言ってやるんだ!


 息巻いて王子の執務室に突撃したのはいいけど、相手を見た瞬間その気合いは急激に萎えてしまった。


 一歩執務室へ足を踏み入れた瞬間、ギラリと睨みつけられたからだ。

 軽く目を見開いたかと思えば、彼の真っ白で滑らかそうな頬が紅色に色づいた。そして私を獲物か何かのように睨んで来るのだ。圧がすごい。私はすぐに回れ右をしたくなった。

 しかし──ここまで来たのだ。言わねばならぬ。


「あ、あの……この、ドレス…なんですけど……」

「……あぁ、よく似合っている。あの衣装屋には褒美をとらせないと」


 違う! そうじゃない! 私はお世辞を言ってもらうために突撃した訳じゃないんだ!

 

「そうじゃないんです……困ります。返品して頂きたいのです」

「──私の贈り物が気に入らないとでも?」


 王子の声が硬くなった。私は彼の目を直視できずに斜め下を見つめながら必死で言葉を紡ぐ。


「あの、あんなにたくさんのドレスを頂いても私には豪華すぎて、お城を出る時扱いに困ります」


 こんなドレス、貰っても市井じゃ浮くだけだよ。それをたくさん購入されても扱いに困る。処分するにも高額過ぎるし、後になってこの分の金を返せって言われても到底返せる額じゃない。

 今なら袖を通していない分は返品できると思う。オーダーメイドで作られるドレスの製作だって中断できるはずだし……


「城を出る、だと?」


 不機嫌に低くなった声。王子が醸し出す雰囲気に周りの空気が一気に重くなった。

 ちくちくと視線が突き刺さるのを感じていたが、彼の瞳を直視できなかった。だって間違いなく睨んでいるはずだもの。見てしまったら最後、私は恐怖で気絶してしまうかもしれない。


「……君は私の花嫁になる人だ。君がこの城から出るのは私が公爵位を叙爵したときだけ。新居にもちゃんと収納場所を作るつもりだから置き場所に困らないはずだ」

「こ、候補なだけです!」


 わかっているくせになんで念押しして来るの。お互いに好きで組み合わせられたわけじゃないのに。


「君がどんなに拒んでもこれは占いで決まった事だ──私から逃げられると思うな」


 ドォンと私の顔の横に手をつかれた。

 私は恐怖でヒョッ…と喉を鳴らす。扉を押さえて私の逃げ場を封じるような王子の行動に、頭が真っ白になった。


 私がドレスに文句を付けたように聞こえたのかな。文句は文句なんだけど、そこまで怒る?

 恐る恐る彼の表情を伺えば、彼は私をぎらぎらと睨みつけていた。


 ヒェ、こ、殺される……!


 じわりと涙がにじんできて視界が歪む。もう、なんなの。女の子に向ける顔じゃないよそれ……いちいち睨まないで欲しい。


「で、殿下は占いで未来を決められても平気なんですか!? 配偶者ですよ! 死ぬまで一緒にいる相手を不確かな占いに決められてもいいんですか!?」


 私はやけくそになって叫ぶ。一度彼とは本音でぶつかった方がいいのかもしれない。

 彼がなにを考えているかがわからない。このままだとお互い幸せになれない。

 私は処罰覚悟で彼に意見をぶつけてみた。


「レオーネ、君は私の運命の相手だ」


 途端にぐわっと彼の眼光は鋭くなった。私はそれに「終わった」と悟る。

 なぜ、そんなに運命に縛られているのか。この国の王族は大丈夫か。私には理解できない。


 ふわっと香って来るのはコロンか、それとも整髪料の匂いだろうか。

 顔が近づき、私の視界は彼でいっぱいになる。金色のまつげで少し隠れた翡翠色の瞳が光の加減で濃い緑に変わる。整いすぎて恐ろしい美しい顔は女の子たちの憧れのはずなのに、私はガクガクと震えていた。


「それなのに他の男の元へ嫁ぐ気か。私以外の男を選ぶと言うのか……!」


 ものすごくロマンチックなことを言われている気がするけど、私はうっとりする余裕もなく、緊張と恐怖で泣きそうだった。

 王子は私を射殺さんばかりに睨んで来るし、なんかじりじりと顔を近づけて来るし。すっと彼の手が私の顔へ伸びてきたので、衝撃に身構えて瞼をギュッと閉じた。

 てっきり叩かれるのかと思ったんだけど、むにっと下唇を指で撫でられた。


「?」


 なんだ? なんで私の唇を触っているんだろう。

 恐る恐る薄目を開けると、さっきよりも王子の顔が近づいて、ぼやけて見えなく……


「──お取り込み中のところ失礼いたします。殿下。お食事の準備が整いました。お嬢様方は既にお待ちです」

「!」


 室内には私と王子しかいないと思い込んでいた。

 横から声をかけられた私は飛び上がって驚いた。慌ててしゃがんで王子の腕の檻から脱出すると、背後で「チッ」と舌打ちが聞こえた気がする。

 ……気のせいだよね、王子たるもの舌打ちなんてする訳がない。


「あっ、じゃあ私はこれにて」


 根本的解決には至らなかったが、今はここから逃げるのが先決だ。

 ドアノブを握って扉を開けようとすると、するりとお腹に手が回ってきて私は息を飲む。身体を引き寄せられて、とん、と王子の胸板に私の背中がくっついた。


「どこに行くつもりだレオーネ」


 吐息がかかる距離で耳元で低く囁かれて、今度は別の意味でゾクゾク震える。

 ちょっ……耳に直接はやめてほしい。


「レオーネの席は?」

「はい、用意してございます」


 固まっている私を逃がさないとばかりに、自然に腰を抱いてきた王子。

 今までになく体が密着して相手の身体の感触が服越しに伝わってきた。鍛えているであろう身体。彼の美麗な容姿とは正反対な逞しさを知ってしまった私はドキドキして、王子を意識してしまった。

 恭しく手を取られると、侍従さんの案内について行く形でそのまま食堂へエスコートされた。


 広い部屋に長机があり、そこに料理が並んであった。空席の2席以外はもう既に先客が着席していた。そこで私は初めて、王子の花嫁候補の面々と真っ正面から対面したのだ。

 豪華絢爛、きらびやかな花達は王子とともに入室した私の姿を見て、一斉に気色ばんだ。

 しかし、私の側には王子がいる。なのでここでは何かを言う訳じゃない。それでも鋭い針のような視線がぐさぐさ全身に突き刺さるのがわかった。


 席に着いているのは女性3人。候爵家から1名、伯爵家から2名。

 彼女らは占い結果のなんらかの条件が該当し、花嫁候補として選出されたらしい。明らかに私よりも妃に相応しいお姫様達に睨まれた私は胃がキュッと痛くなった。


 どうやらここには王様達はいないみたいだ。花嫁選出で選ばれた女性たちと王子だけの食事の席。私は場違い感を感じて今すぐに逃げたかったが、王子はご丁寧に席までエスコートしてくださった。


 使用人に椅子を引かれて席に着くと、私は腹をくくった。

 せめて、お母さんに厳しく躾られた通りに完璧に食事をして見せよう。そしてなるべく早くこの場を脱出するのだ。叶うならすぐさま走って逃げたいけどね。

 王子が席に着いたのを合図に使用人達が料理を運んで来る。前菜はトマトとチーズが生ハムに巻かれたものが置かれた。膝の上にナプキンをかけた私は小さくため息を吐き出す。

 この後もダラダラ料理が運ばれて来るんだろうなぁ。

 正直、こんなに量いらないんだけどな。ドレスが苦しくなるし。


 憂鬱な気分を引きずりながら、カトラリーへ手を伸ばしたのであった。

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