なにかの手違いです。そうとしか思えません。


 周りにいるうら若き乙女達に睨まれ、王子様にも睨まれている私はこの状況が良くないと理解していた。


 嘘でしょ、誰か何か言ってよ。

 この占いは無効だって……!


 私は恐怖でバクバク跳ね上がる心臓を胸の上から押さえて後ずさった。

 何故こうなった。冗談じゃない。

 伯父に助けを求めようと視線を送ると、彼は不思議そうに私を見下ろしていた。その顔があまりにも不思議に満ちていたので、私は嫌な予感がした。


「何を怖じけづくんだレオーネ。お前の母は由緒正しきブロムステッド男爵家の血を継ぐものだぞ? 我が家は建国時代からずっと王家に仕え、国に貢献してきた」


 伯父の発言に嫌な予感が現実になってきた。


「社交界の花と呼ばれたミカエラ叔母上に瓜二つのレオーネ。お前は貴族の血を確かに受け継いでいる。高名な魔女様によって選出されたステファン殿下の花嫁候補なんだ。堂々と胸を張りなさい」


 そ、そんなことを言われましても。

 ミカエラ大叔母上様はとても綺麗な人で男爵家の出でありながら、その美しさ故に熱望されて公爵家へお嫁に行ったとかは聞いたことあるけど、平民の私と一緒にしては失礼だろう。

 そもそも、貴族の血が流れていようと私が平民なのには変わりないでしょう!


「伯父様、伯母様! もう帰ろう!」


 もうこんな針のむしろ状態、耐えられない。王子からも視線で人が殺せるくらい見つめられており、一刻も早くこの場から離れてしまいたかった。

 私は伯父と伯母の腕を引っ張ってこの場から離れようと促した。


「逃がすな」


 しかし、上から飛んできた不穏な命令により、私はどこからともなく出現した騎士様達に囲まれてしまった。

 そんなまさかとバルコニーで命令を飛ばしたであろう人物を見上げると、未だに彼は私を強く睨みつけていた。


「花嫁候補様、どうぞ此方へ」


 畏まって誘導して来るが、相手は剣を携えた騎士だ。

 え、斬首? 斬首されるの? これって不敬罪なの?


「──冗談じゃありませんわ! 平民が殿下の花嫁ですって!?」


 それに黙っていられなかったのはお澄まししていた貴族の姫様の一部である。


「殿下! わたくしのミドルネームにも獅子の名が含まれておりますわ! 髪の色も瞳の色も一致しています!」


 栗色の髪を縦ロールにしたお姫様が立ち上がると、異議を申し立てた。表立って声を上げたのはその人だけだったが、他にも物言いたげに不満を目で訴える貴族のお姫様達がいた。


「さぁ、こちらへ」

「レオーネ、行きますよ」


 貴族の姫様が声を上げたのならあっちが優先されるんじゃないかと期待していたのもつかの間。

 私は伯母に背中を押され、半ば強引に王宮の中へと引き込まれて行ったのである。



◆◇◆



 通されたのは謁見の間と呼ばれる場所だ。

 玉座に座っているこの国の王様と王妃様、そして横に立つ王子様を前にした私はめまいがした。

 これは夢ではないかと疑ったが、自分の手の甲を抓ったら痛かったので夢じゃなかった。


「お嬢さん、お名前をお聞きしていいかしら?」


 深々と頭を下げていた私に王妃様が優しく声をかけてきた。

 私は震える声で自分の名を告げる。


「れ……レオーネ・クアドラと申します……」

「ブロムステッド男爵の姪とのことですから…市井の男性の元へ嫁入りしたプリムラの娘さんで間違いありませんね?」

「はい、間違いありません」


 やっぱりお母さんの結婚騒動はこの国では広く知られているのかな。それとも王妃様と歳が近そうだから顔見知りとか。

 なんだろう、母の因果が娘の私に襲い掛かって来たのだろうか。思わず遠い目で床の絨毯を見つめてしまう。こーれは高そうな絨毯だ。

 いわゆる現実逃避って奴だ。


「面をあげよ」


 できればずっと頭を下げていたかったけど、王様に言われたら上げるしかない。

 貴族のお姫様ならこういうとき澄まし顔で顔を上げるんだろうが、こちとら市井の庶民。強張った顔になってしまうのはご愛嬌である。


「ほう、これは……近くでみるとますます……」


 王様に探るように観察された私はますます萎縮する。街中で男性に注目されるのとは訳が違う。私の一挙一動で斬首されてしまうかもしれないという恐怖で頭がいっぱいだった。


「──陛下、レオーネ嬢が怯えています。あまり凝視なさらぬよう」

「……ステファン、自分こそ舐めるように凝視しておいて」

「私はいいのです。彼女は私の花嫁候補ですから」


 なんか王子様がそんなこと言ってるけど、良くないよ?

 こっちは睨まれてさっきから震え上がってるのわかんないかな?


「あの、すみません、やっぱりこの占いは何かの間違いなんじゃないでしょうか!」


 罰せられるのを覚悟の上で私はもう一度訴えた。すると王子の秀麗な眉がピクリと跳ね上がり、眉間にシワを作った。

 美形の怒った顔怖ぁぁ……思わず涙目になってしまった。


「も、もしかしたら占いの結果が間違っているのかもしれませんし」

「魔女殿の占い結果を疑うのか?」


 王子に冷たくギロリと睨まれ、私はヒュッと喉を鳴らした。

 だが、ここで引いてはならない。私の今後がかかっているのだから!


「だ、だっておかしいじゃないですか。隣国の平民が王子殿下の伴侶候補になるなんて……それにもっとよく探した方がいいですよ、条件に一致する女性が他にもいるかもしれないじゃないですか!」


 人違いであると必死に訴えたけども、彼はこっちを鋭く睨みつけて来るだけだ。

 王子様は私が運命の相手(仮)なのがご不満だから睨んで来るんですよね? それなのになぜ、この占い結果に異議を申し立てないのか。


「わ、私には荷が重すぎます……」


 いくら麗しの王子といえど、結婚となると話は別だ。

 恋をしている訳でもないのに、勝手に占いで運命を決められて結婚したいと思う訳がないだろう。

 

「仕方あるまい」


 王様がため息を吐き出したので、諦めてくれるのかと思ったけど、次に飛び出した言葉に私は再び絶望の淵へ叩き付けられることとなる。


「婚約の話は先延ばしにして、このステファンとの交流を深める時間を設けるとしよう」


 違う! そうじゃない、そういうことじゃないんだよ!!


 数日程度伯父の屋敷で滞在したら帰国するつもりだったのに、私の身柄は城に拘束された。


 なぜって?

 占い該当者は花嫁候補として滞在して行儀見習いしろと命じられたからさ! つまり花嫁修業だ。


 伯父伯母は姪が王子の嫁になると大層喜び、浮かれた様子で「隣国の両親にはこちらから連絡しておくね」と私を置いて領地へ帰ってしまった。

 私も連れて帰ってくれと馬車に飛び乗ったが、メイドさんや騎士様に引きずり下ろされて、泣く泣く彼らをお見送りした。


「待ってー! 私を置いていかないでー!!」


 大声で叫ぶも、男爵家の馬車は無情にも遠ざかっていく。異国の地に可愛い姪を置き去りにして。

 

「レオーネ様、なりません。ステファン殿下から敷地の外に出してはならぬと厳命されておりますゆえ」


 私を拘束する騎士様の言葉に私は愕然とした。私をここから出すなって? あの王子が命令したっていうの?


 酷い、酷過ぎる。

 私が一体何をしたと言うのだ。ここに私の味方はいないのか。


 一人この場に残された私は、身不相応な場所で生活することが強いられたのである。

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