世にも奇妙な『悪辣姫』の物語

玉響なつめ

プロローグ 始まりの結婚式

 ヘレナ・パトレイア。

 パトレイア王朝の姫君である。

 ――姿を見た者がほとんどいないのに、悪辣な我が儘姫としてその名を馳せる。


 それが、私だ。


 両親である国王と王妃の下には、私の他に三人の姫と王子が一人。

 一番上の姉は一昨年前、この国の公爵家に嫁いだ。

 二番目の姉は昨年、この国の騎士団長に嫁いだ。

 三番目の姉は今年の初めに隣国の王太子に嫁いだ。


 双子の兄である唯一の王子は、もちろん王太子として大切にされている。


 そして、今度は私の番。十八才の誕生日を先日迎え、愛でたく婚儀が決まった。

 知らされたのは、昨年のことだ。

 ただ、隣国に嫁ぐようにとそれだけ告げられた。

 私に拒否権などあるわけもないので、ただ「はい」と答えた。

 

 三番目の姉とは別の、隣国。

 悪魔のように恐ろしい、そんな噂のある辺境伯に嫁ぐだなんて可哀想だと三番目の姉から哀れむ手紙が届いたが、私の意見は違った。


 ベールの下で思う。


(可哀想な人)


 私みたいな女を、花嫁に押し付けられるだなんて。

 噂では、まだ会ったこともない辺境伯には昔からの恋人がいるらしい。

 隣国の王女を妻に迎えねばならず、かなり辛い思いをしているのだとか。


 私が望んだことではないけれど、なんとも哀れな話だ。

 貴族として、領地を治める者として、断ることが許されない縁談。


 だからできるだけ早く、お役目を果たして……彼を自由にしてあげなくては。


 押し付けられた悪辣姫。

 断れなかった恋人持ちの辺境伯。


 いずれにせよ、王家の血を持つ子供は両国にとって必要だろう。


(子が生せずに三年待っての離縁か、白い結婚を貫いての離縁か、……それとも)


 私は厚いベールの下から隣に立つ新郎の姿を垣間見る。

 綺麗な黒髪。

 切れ長の、青い瞳はちらりとも私を見ない。


 辺境地で戦いも辞さぬという彼の名前は確か。


「それではアレンデール・モレル辺境伯とヘレナ・パトレイア姫の成婚が相成ったことを神の御前にて誓わせていただきます」


 神父の声に「ああ、そんな名前だった」と他人事のように思った。

 でもきっと彼の名前を呼ぶことはないのだろう。


 家族は私を見ていない。

 彼も私を見ることなんてないのだろう。


 きっと、これからも。ずっと、ずっと。


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