AIは事件を解決できるか?

山野エル

AIはダイイングメッセージを解読できるか?

 AIが文章を書くという。

 私には試したいことがあった。それはずばり、

<AIは誰もがすぐに分かるような犯人を指摘できるのか?>

 ということだ。

 そこで、AI探偵さまのためにお誂え向きの舞台をお膳立てしてあげようと思う。これは、一読すれば誰もが犯人を断定できるであろう、超絶イージーなミステリだ。

 なお、文章を執筆するAIは「AIのべりすと」をデフォルト設定で使用している。登場人物らしく「新里述(しんりのべる)」と名付けようではないか。



 その書斎のデスクに顔を突っ伏したまま死んでいるのは、この家の主・内村和也(うちむらかずや)だ。デスクは部屋の奥に置かれていて、部屋の入口の方を向いている。

「胸を一突きですね」

 西山がタブレットに表示した現場写真に目を落としていた。それを聞いた赤池はにやついた。

「“一突き”だけに、ひとつ気になるんだが」

「はい?」

 西山の冷たいリアクションに赤池は顔を引きつらせる。

「いや、“ひとつき”が掛かってるだろ」

「だからなんですか?」

 会議室の空気がピリつく。二回りも下の女子に無感情に返されて、赤池は野暮な解説を諦めた。

「凶器は何なんだ?」

 困惑したような表情を浮かべた西山は首を傾げた。

「それがまだ見つかってないんですよね。胸の刺創は直径三センチほどの円形で……」

「ずいぶん太いな」

「そうなんです。何か尖った棒状のもので刺されたんでしょう」

「そんな“刺創”を作る凶器を探し出すのは難航“しそう”だな」

「そうですね」西山が二、三人は殺していそうな目つきで赤池を睨みつける。「第一発見者はハウスキーパーのか木南幸恵(きなみさちえ)さん」

 赤池は口元を歪めた。

「ハウスキーパーって?」

「家事を代行してくれる人のことです」

「家政婦のことか」

 西山の厳しい視線が投げつけられる。

「性差別ですよ」

 赤池にとっては思ってもみないタイミングで想定外の言葉だった。その一瞬でどっと脂汗を流した彼は、話を逸らすように口を開いた。

「で、警察に通報したんだろ? 家にいた家族は?」

「被害者の奥さんの由紀子(ゆきこ)さんと息子の誠司(せいじ)さんです。死亡推定時刻に家にいたのも、この三人です」

「そのうちの誰かが犯人……」

「それで、これを見て下さい」

 西山は新しい写真を赤池に見せた。

「これは?」

「被害者が亡くなっていたデスクの天板の裏側にペンで書いてあったものです」

 そこには、

 や-3

 か-2

 か-5

 と書かれていた。

「ペンは被害者の足元に落ちていて、彼が書き遺したものと思われます」

「ダイイングメッセージか……」

「今どきそんなもの残す人いるんですね」

 赤池は思わず目をパチクリさせてしまった。

「きみ、結構毒舌よね」

「だからなにか?」

「いや、別にいいんだが、きっと被害者は殺されると思って、咄嗟にこのメッセージを残したんだな」

「咄嗟に暗号を?」

「それは……まあ、もし見つかった時に分からないようにだな………」

 西山は納得がいかないような表情で曖昧にうなずいた。

 会議室のドアが勢いよく開く。若い男が顔を覗かせた。

「ああ、ここにいたんですか」

「なんなの、古屋?」

 晴れやかな表情の古屋に西山が鋭い目を向ける。

「凶器が見つかりましたよ。家の納戸にあったホウキの柄が鋭く削られていて、被害者の血液もたっぷり付着していました」

 西山のタブレットに送られてきた写真では、木でできたホウキの柄の尻の方が鋭く削られており、それを隠すように、紙の筒が被せられていた。

「今どき家でホウキなんて使う人いるのね」

「ハウスキーパーに掃除やらせてるからこれでいいやって思ってるんじゃないですか?」

 古屋がそう指摘すると、西山はまたあの冷たい視線を送った。

「ああ、まだいたの? もう行っていいわよ」

 古屋は苦笑いを浮かべて会議室を出て行った。物言いたげな赤池を真っ直ぐと見つめ返して、西山は言う。

「なにか?」

「いや……」彼に文句など言えるはずもなかった。「だが、これで犯人は分かった」


※新里述による記述※


「そうですね」西山が素っ気なく答える。「ただ、犯行時間がはっきりしないので、容疑者が絞り込めません」

「そうだな」赤池は眉間にシワを寄せた。「ところで、この事件の動機は何だと思う?」

「私には分かりかねます」


※私による記述※


 これはしくじった。

 短い文章にしようと、不要だと思った部分を新里述は的確に突いてきた。侮れない奴である。

 これを読んだ読者諸君には、この事件の謎の主題がなんであるか明白に映ったであろう。

 そう、ダイイングメッセージである。なんとも難解なダイイングメッセージだ。きっと誰も解くことができないであろう。三日三晩考えた暗号なのだから、当然のことだ。

 冗談はさておいて、新里述が「犯行時間がはっきりしない」と言っているので、お望み通りにしてあげようではないか。おそらく、犯行時間が分かれば、新里述は犯人を言い当てるだろう。

「ところで」と話題を転換しているところをみると、犯人の断定に動機は関与していないはずだ。



※読むのが面倒な人へ……被害者の死亡推定時刻に触れている箇所に「夜九時半」と付足しただけだから、読み飛ばしてもいい。


 その書斎のデスクに顔を突っ伏したまま死んでいるのは、この家の主・内村和也(うちむらかずや)だ。デスクは部屋の奥に置かれていて、部屋の入口の方を向いている。

「胸を一突きですね」

 西山がタブレットに表示した現場写真に目を落としていた。それを聞いた赤池はにやついた。

「“一突き”だけに、ひとつ気になるんだが」

「はい?」

 西山の冷たいリアクションに赤池は顔を引きつらせる。

「いや、“ひとつき”が掛かってるだろ」

「だからなんですか?」

 会議室の空気がピリつく。二回りも下の女子に無感情に返されて、赤池は野暮な解説を諦めた。

「凶器は何なんだ?」

 困惑したような表情を浮かべた西山は首を傾げた。

「それがまだ見つかってないんですよね。胸の刺創は直径三センチほどの円形で……」

「ずいぶん太いな」

「そうなんです。何か尖った棒状のもので刺されたんでしょう」

「そんな“刺創”を作る凶器を探し出すのは難航“しそう”だな」

「そうですね」西山が二、三人は殺していそうな目つきで赤池を睨みつける。「第一発見者はハウスキーパーのか木南幸恵(きなみさちえ)さん」

 赤池は口元を歪めた。

「ハウスキーパーって?」

「家事を代行してくれる人のことです」

「家政婦のことか」

 西山の厳しい視線が投げつけられる。

「性差別ですよ」

 赤池にとっては思ってもみないタイミングで想定外の言葉だった。その一瞬でどっと脂汗を流した彼は、話を逸らすように口を開いた。

「で、警察に通報したんだろ? 家にいた家族は?」

「被害者の奥さんの由紀子(ゆきこ)さんと息子の誠司(せいじ)さんです。死亡推定時刻の夜九時半に家にいたのも、この三人です」

「そのうちの誰かが犯人……」

「それで、これを見て下さい」

 西山は新しい写真を赤池に見せた。

「これは?」

「被害者が亡くなっていたデスクの天板の裏側にペンで書いてあったものです」

 そこには、

 や-3

 か-2

 か-5

 と書かれていた。

「ペンは被害者の足元に落ちていて、彼が書き遺したものと思われます」

「ダイイングメッセージか……」

「今どきそんなもの残す人いるんですね」

 赤池は思わず目をパチクリさせてしまった。

「きみ、結構毒舌よね」

「だからなにか?」

「いや、別にいいんだが、きっと被害者は殺されると思って、咄嗟にこのメッセージを残したんだな」

「咄嗟に暗号を?」

「それは……まあ、もし見つかった時に分からないようにだな………」

 西山は納得がいかないような表情で曖昧にうなずいた。

 会議室のドアが勢いよく開く。若い男が顔を覗かせた。

「ああ、ここにいたんですか」

「なんなの、古屋?」

 晴れやかな表情の古屋に西山が鋭い目を向ける。

「凶器が見つかりましたよ。家の納戸にあったホウキの柄が鋭く削られていて、被害者の血液もたっぷり付着していました」

 西山のタブレットに送られてきた写真では、木でできたホウキの柄の尻の方が鋭く削られており、それを隠すように、紙の筒が被せられていた。

「今どき家でホウキなんて使う人いるのね」

「ハウスキーパーに掃除やらせてるからこれでいいやって思ってるんじゃないですか?」

 古屋がそう指摘すると、西山はまたあの冷たい視線を送った。

「ああ、まだいたの? もう行っていいわよ」

 古屋は苦笑いを浮かべて会議室を出て行った。物言いたげな赤池を真っ直ぐと見つめ返して、西山は言う。

「なにか?」

「いや……」彼に文句など言えるはずもなかった。「だが、これで犯人は分かった」


※新里述による記述※


「誰なんです?」

「おそらく……」

 赤池が答えを言いかけた時、廊下の方で大きな音がした。

「なんだ!?」

 赤池たちは一斉に音のした方を見る。会議用のテーブルをひっくり返している人物がいた。

「おいっ! なにしてんだ!」

「うるせぇ! 俺が殺ったんだよっ!!」

 男は血走った目で叫んだ。

「えっ、あんたが内村和也を殺したの?」

 赤池は呆れた様子でそう言った。

「なに言ってんだ、お前らぁ!! 俺は関係ない!警察を呼べっ!」

「警察なら呼んだけど」

「はあっ!? ふざけんなよ、クソガキッ!!」

「あんたこそふざけてんじゃないわよ。人殺し」

 西山が男を睨みつける。

「くそぉっ!」

 男は逆上し、懐に手を突っ込んだ。

「危ないっ」

 赤池が叫ぶ。次の瞬間、会議室内に銃声が響き渡った。

「大丈夫か、赤池くん?」

「ええ、なんとか」

 銃弾は天井に当たっており、二人は無傷だった。

「なんだ、今の音は?」「どうしたの?」「おい、何があったんだ?」

 騒ぎを聞きつけ、刑事たちが続々と集まってくる。

「誰か撃たれたんですか?」

 赤池は西山の肩越しに外の様子を窺っている。

「いえ、誰も怪我をしてません。ちょっと騒がしくしてしまったみたいですみませんでした」

 西山は落ち着いた声で謝罪する。

「そうでしたか。よかった。で、あなた方は?」

「私たちはこの事件を担当している者です。鑑識の結果は出ましたか?」

「はい。現場の状況から、被害者が殺害されたものと判断しました。死亡推定時刻は昨夜の九時半前後です」

「ありがとうございます」

 西山は手帳にメモをする。

「あと、気になる点が一つ。被害者のデスクの天板の裏にダイイングメッセージと思われるものが残されていました」

「ダイイングメッセージ?」

「はい。犯人からのメッセージと思われます」

「それで、そのメッセージを書かれたのは?」

「被害者です」

「それはいつ頃?」

「約三十分前です」

「分かりました。ご協力感謝します」

「こちらこそ」

 西山は一礼すると、赤池とともに会議室を出た。

「さっきのあれ、どういうことだよ?」

 廊下を歩きながら赤池が訊ねる。

「あれってなによ」

 西山はとぼけた調子で聞き返す。

「犯人はあの男だってことだろ?」

「なんのことかしら」

 西山は相変わらず惚けている。

「じゃあ、なんであいつが撃った弾は外れたんだ? 天井に当たったじゃないか」

 赤池がそう言うと、西山は立ち止まり、小さくため息をつく。

「きみ、意外に鋭いわね」

「だからなんなんだよ?」

「いい? 私たちが会議室に入った時には、すでに犯人はホウキの柄を手にしていたの。そしてそれを被害者の頭部に突き刺そうとした。そこで、彼は私の存在に気づいたのね」

「ああ」

「私は咄嵯に『動くな』と言った。その言葉を聞いた彼が、自分が殺されると思ったんじゃないかしら。だから、急いで銃を取り出そうとしたけど、焦りすぎて手元が狂ったのよ」

「なるほど……。でも、そんなに慌てるかな?」

「きっと追い詰められていたのね」

「まあいいか。それより、凶器のホウキの柄には血痕が付着してたんだろ? だったら、指紋も検出されるんじゃないのか?」

「たぶんそうでしょうね。それがどうかした?」

「いや、なんでもない……」

 赤池は首を傾げた。

「とにかく、あの男が犯人なのは間違いなさそうだな」

「ええ。ところで、どうしてわかったの?」

「内村和也が殺された時、僕たちは全員、会議室にいただろ?」

「そうだけど……」

「ということは、僕らの中に犯人がいるという可能性も否定できないわけだ」

「ああ、そういうことね」


※私による記述※


 この大いなる謎に新里述は混乱しているようだ。

 その混乱のもとは、またもや私にあったのかもしれない。

 赤池と西山は警察署の会議室で事件について話しているのだ。それを明示しないせいで、新里述は会議室も現場となった書斎と同じ建物内にあると認識したのであろう。

 赤池と西山も容疑者に入ってしまったのはそのためだ。

 だが、彼の推理をまとめるとこういうことになる。


・犯人は男

・ダイイングメッセージを残したのは犯人


 となると、新里述は被害者の息子である誠司だと言いたいのかもしれない。

 それにしても、はっきりさせておきたいのだが、西山は赤池の部下である。確かに、彼女に頭が上がらないのは事実だが……。

 それでは、次の修正ポイントは以下のようになる。


・赤池と西山は刑事

・二人が話し合っているのは警察署の会議室

・犯行現場は内村家


 新里述に事件を解決させるためのお膳立ては容易ではない。

 新里述よ、ダイイングメッセージを解読してくれ!



※読むのが面倒な人へ……冒頭にさきほど提示した「新里述に必要な情報」を付加した。最初の西山のセリフ以降は手を加えていない。


 とある警察署の会議室。赤池警部補と西山刑事が神妙な面持ちで膝を突き合わせている。二人の間には昨夜発生した殺人事件の資料が表示されていた。

 現場となった内村家の書斎のデスクに顔を突っ伏したまま死んでいるのは、この家の主・内村和也(うちむらかずや)だ。デスクは部屋の奥に置かれていて、部屋の入口の方を向いている。

「胸を一突きですね」

 西山がタブレットに表示した現場写真に目を落としていた。それを聞いた赤池はにやついた。

「“一突き”だけに、ひとつ気になるんだが」

「はい?」

 西山の冷たいリアクションに赤池は顔を引きつらせる。

「いや、“ひとつき”が掛かってるだろ」

「だからなんですか?」

 会議室の空気がピリつく。二回りも下の女子に無感情に返されて、赤池は野暮な解説を諦めた。

「凶器は何なんだ?」

 困惑したような表情を浮かべた西山は首を傾げた。

「それがまだ見つかってないんですよね。胸の刺創は直径三センチほどの円形で……」

「ずいぶん太いな」

「そうなんです。何か尖った棒状のもので刺されたんでしょう」

「そんな“刺創”を作る凶器を探し出すのは難航“しそう”だな」

「そうですね」西山が二、三人は殺していそうな目つきで赤池を睨みつける。「第一発見者はハウスキーパーのか木南幸恵(きなみさちえ)さん」

 赤池は口元を歪めた。

「ハウスキーパーって?」

「家事を代行してくれる人のことです」

「家政婦のことか」

 西山の厳しい視線が投げつけられる。

「性差別ですよ」

 赤池にとっては思ってもみないタイミングで想定外の言葉だった。その一瞬でどっと脂汗を流した彼は、話を逸らすように口を開いた。

「で、警察に通報したんだろ? 家にいた家族は?」

「被害者の奥さんの由紀子(ゆきこ)さんと息子の誠司(せいじ)さんです。死亡推定時刻の夜九時半に家にいたのも、この三人です」

「そのうちの誰かが犯人……」

「それで、これを見て下さい」

 西山は新しい写真を赤池に見せた。

「これは?」

「被害者が亡くなっていたデスクの天板の裏側にペンで書いてあったものです」

 そこには、

 や-3

 か-2

 か-5

 と書かれていた。

「ペンは被害者の足元に落ちていて、彼が書き遺したものと思われます」

「ダイイングメッセージか……」

「今どきそんなもの残す人いるんですね」

 赤池は思わず目をパチクリさせてしまった。

「きみ、結構毒舌よね」

「だからなにか?」

「いや、別にいいんだが、きっと被害者は殺されると思って、咄嗟にこのメッセージを残したんだな」

「咄嗟に暗号を?」

「それは……まあ、もし見つかった時に分からないようにだな………」

 西山は納得がいかないような表情で曖昧にうなずいた。

 会議室のドアが勢いよく開く。若い男が顔を覗かせた。

「ああ、ここにいたんですか」

「なんなの、古屋?」

 晴れやかな表情の古屋に西山が鋭い目を向ける。

「凶器が見つかりましたよ。家の納戸にあったホウキの柄が鋭く削られていて、被害者の血液もたっぷり付着していました」

 西山のタブレットに送られてきた写真では、木でできたホウキの柄の尻の方が鋭く削られており、それを隠すように、紙の筒が被せられていた。

「今どき家でホウキなんて使う人いるのね」

「ハウスキーパーに掃除やらせてるからこれでいいやって思ってるんじゃないですか?」

 古屋がそう指摘すると、西山はまたあの冷たい視線を送った。

「ああ、まだいたの? もう行っていいわよ」

 古屋は苦笑いを浮かべて会議室を出て行った。物言いたげな赤池を真っ直ぐと見つめ返して、西山は言う。

「なにか?」

「いや……」彼に文句など言えるはずもなかった。「だが、これで犯人は分かった」


※新里述による記述※


「はい?」

「この暗号だよ。3か2か5だ」

「あっ、なるほど!」

「これはおそらく『殺す』という意味だろう」

「じゃあ、犯人はやっぱり奥さんか息子さんのどちらかなんですかね」

「いや、そうとは限らない」

「どういうことですか?」

「この暗号は、犯行時間を示している可能性が高い」

「殺害時刻ですか?」

「そうだ。3なら夜9時30分から10時までの間、2なら同時刻、5ならそれ以降だな」

「じゃあ、奥さんが殺した可能性は?」

「それも違う。なぜなら、被害者の死因は刺殺ではなく失血死だからな。胸に刺創があるのは間違いないが、心臓を一突きされているんだ。出血多量で死ぬのは明白じゃないか」

「確かに……」

「犯人は、まず被害者の胸を刺してから、背中側に回ってトドメの一撃を加えたと考えられる。つまり、この殺人は計画的なものだ」

「そうなると、やはり奥さんか息子さんが……」

「いや、それはないだろう」

「どうしてですか?」

「もし内村和也が殺されたとして、その凶器が家の納戸にあるのは不自然だ。わざわざそんなところに置いておく必要がどこにある」

「でも、もし家族がやったとしたら……」

「その可能性も薄い。そもそも、なぜそんなところに凶器を隠したのか。それこそ不自然な行動だ」

「確かにそうですね。わかりました。私は、警察に連絡します」

「頼むぞ」

 西山は携帯電話を取り出すと、捜査本部の番号をタップした。


※私による記述※


 新里述よ、君に事件解決の快感を教えてやりたいのだ。

 小栗虫太郎みたいな複雑な暗号解読法を目の当たりにするとは思いも寄らなかった。

 分かった。被害者は胸を一突き。傷はそれだけ。他の外傷は一切なし。そして、ダイイングメッセージの解読がそのまま犯人に繋がるということを明記しようではないか。

 こうなれば、ヤケクソである。



 とある警察署の会議室。赤池警部補と西山刑事が神妙な面持ちで膝を突き合わせている。二人の間には昨夜発生した殺人事件の資料が表示されていた。

 現場となった内村家の書斎のデスクに顔を突っ伏したまま死んでいるのは、この家の主・内村和也(うちむらかずや)だ。デスクは部屋の奥に置かれていて、部屋の入口の方を向いている。

「胸を一突きですね」

 西山がタブレットに表示した現場写真に目を落としていた。被害者には致命傷となった胸の刺創の他の外傷はないようだった。西山の言葉を聞いた赤池はにやついた。

「“一突き”だけに、ひとつ気になるんだが」

「はい?」

 西山の冷たいリアクションに赤池は顔を引きつらせる。

「いや、“ひとつき”が掛かってるだろ」

「だからなんですか?」

 会議室の空気がピリつく。二回りも下の女子に無感情に返されて、赤池は野暮な解説を諦めた。

「凶器は何なんだ?」

 困惑したような表情を浮かべた西山は首を傾げた。

「それがまだ見つかってないんですよね。胸の刺創は直径三センチほどの円形で……」

「ずいぶん太いな」

「そうなんです。何か尖った棒状のもので刺されたんでしょう」

「そんな“刺創”を作る凶器を探し出すのは難航“しそう”だな」

「そうですね」西山が二、三人は殺していそうな目つきで赤池を睨みつける。「第一発見者はハウスキーパーのか木南幸恵(きなみさちえ)さん」

 赤池は口元を歪めた。

「ハウスキーパーって?」

「家事を代行してくれる人のことです」

「家政婦のことか」

 西山の厳しい視線が投げつけられる。

「性差別ですよ」

 赤池にとっては思ってもみないタイミングで想定外の言葉だった。その一瞬でどっと脂汗を流した彼は、話を逸らすように口を開いた。

「で、警察に通報したんだろ? 家にいた家族は?」

「被害者の奥さんの由紀子(ゆきこ)さんと息子の誠司(せいじ)さんです。死亡推定時刻の夜九時半に家にいたのも、この三人です」

「そのうちの誰かが犯人……」

「それで、これを見て下さい」

 西山は新しい写真を赤池に見せた。

「これは?」

「被害者が亡くなっていたデスクの天板の裏側にペンで書いてあったものです」

 そこには、

 や-3

 か-2

 か-5

 と書かれていた。

「ペンは被害者の足元に落ちていて、彼が書き遺したものと思われます」

「ダイイングメッセージか……」

「今どきそんなもの残す人いるんですね」

 赤池は思わず目をパチクリさせてしまった。

「きみ、結構毒舌よね」

「だからなにか?」

「いや、別にいいんだが、きっと被害者は殺されると思って、咄嗟にこのメッセージを残したんだな」

「咄嗟に暗号を?」

「それは……まあ、もし見つかった時に分からないようにだな………。つまり、このダイイングメッセージを解読することによって、犯人が明らかになるということだ」

 西山は納得がいかないような表情で曖昧にうなずいた。

 会議室のドアが勢いよく開く。若い男が顔を覗かせた。

「ああ、ここにいたんですか」

「なんなの、古屋?」

 晴れやかな表情の古屋に西山が鋭い目を向ける。

「凶器が見つかりましたよ。家の納戸にあったホウキの柄が鋭く削られていて、被害者の血液もたっぷり付着していました」

 西山のタブレットに送られてきた写真では、木でできたホウキの柄の尻の方が鋭く削られており、それを隠すように、紙の筒が被せられていた。

「今どき家でホウキなんて使う人いるのね」

「ハウスキーパーに掃除やらせてるからこれでいいやって思ってるんじゃないですか?」

 古屋がそう指摘すると、西山はまたあの冷たい視線を送った。

「ああ、まだいたの? もう行っていいわよ」

 古屋は苦笑いを浮かべて会議室を出て行った。物言いたげな赤池を真っ直ぐと見つめ返して、西山は言う。

「なにか?」

「いや……」彼に文句など言えるはずもなかった。「だが、これでダイイングメッセージが示す犯人は分かった」


※新里述による記述※


「そうですね」

「被害者の妻・由紀子が容疑者だ」

「はい」

「動機もあるだろう」

「そうですね」

「警察への恨みとか、家族仲が悪かったとか、色々あるだろう」

「はい」

「……」

「どうしました?」

「いや、なんでもない」

 赤池は少し焦りを覚えていた。しかし、それを悟られまいと必死に取り繕った。

「じゃあ、早速捜査を始めよう」

「はい」

「まずは現場検証だな」

「はい。すぐに手配します」

「頼んだぞ!」

「はい。赤池警部補」

 西山は敬礼をして、会議室を出た。一人残された赤池は呟く。

「なんか違うんだよな……」


「お疲れ様です。警部」

「おう、ご苦労さん」

 内村家の事件から一週間後。赤池は署の休憩室でコーヒーを飲んでいた。そこへ、部下の刑事がやってきた。

「今朝のニュース見ました? 例のダイイングメッセージの件」

「ああ、あれな」

 赤池はカップを置いて椅子の背もたれにもたれた。

「犯人が捕まったらしいですね」

「みたいだな」

「なんでしたっけ、確か名前は……」

「上村(うえむら)真治(しんじ)。四十三歳。無職」

「なんでしたっけ?」

「え? だから、犯人の名前だよ」

「ああ、すみません。覚えが悪くて。どんな字を書くんでしたっけ?」

「上村は『かみ』に、『むら』、『しんにょう』は真ん中に点が二つあって、右上に伸びる棒みたいなのがあるだろ?」

「ああ、はい。分かりました」

「で、問題は犯人の動機なんだが……」

「そうなんですよね」

「まあ、今は言えないが、ちょっと複雑でね」

「どういうことですか?」

「それも言えんが、とにかく複雑なんだよ」


※私による記述※


 誰なんだ、新里述よ。上村真治って。

 君には、犯人は由紀子・誠司・幸恵の三人のうち誰かだということも教えたはずだ。なぜ、いきなり知らない奴をしょっ引いてきたのだ? 君は捻くれ者なのか?

 仕様上、文章は数行だけ生成される。繰り返し続きを書かせることで、その先の展開が現れる。「由紀子が容疑者だ」と出た時には、小躍りしそうになったが、そこで止めておけばよかった。

 新里述よ。まさか、君は物語にオチをつけられないのではないか?

 それとも、ダイイングメッセージというものに懐疑的なのか?

 そうだとすれば、君は相当なミステリフリークと言わざるを得ない。

 どうでもいいことだが、赤池を一週間で昇進させたのは、君が彼をリスペクトしているからなのだろうか。彼に教えてやったら、きっと喜ぶだろう。


 新里述の結論は、一応「犯人は由紀子」ということにしておこうではないか。

 しかし、赤池は自らの出した結論に疑問を感じていた。意味深だ。


 では、私が用意した結末を記しておこう。



 西山は期待していないような顔だ。

「ホントですか……?」

 赤池は出っ張り始めた腹を叩いた。任せろ、ということらしい。彼はタブレットに指を置いてスワイプすると、例のダイイングメッセージの写真を表示させた。

「このメッセージは被害者が犯人の名前を伝えようとして遺したものだ。 『や-3、か-2、か-5』……これは五十音順に着目すれば自ずと解る」

 赤池は立ち上がってホワイトボードにペンを走らせる。

「や-3はや行の三番目ということだ。つまり、『ゆ』。この調子で他の文字はか行の二番目、か行の五番目ということになり『ゆきこ』となる。つまり、犯人は被害者の妻である由紀子なんだ」

 それは赤池によるこの事件への終止符であった。

 目障りな得意顔を存分に見せつけると、赤池は上司の威厳を保ったと言わんばかりににんまりとした。



 新里述よ。

 これが赤池が導き出した真実だ。まっすぐとダイイングメッセージと向き合わなかった君の姿勢には、正直な話、感服した。

 というのも、この話には続きがあるからだ。



「そんなわけないと思いますけどね」

 西山が赤池の結論をこともなげに一蹴した。

「いや、ダイイングメッセージでこう書かれてるんだから、犯人は由紀子だよ」

「被害者はどんな状況でこれを書いたんですか?」

 西山が急かすようにタブレットの画面をコツコツと叩く。

「そりゃあ、奥さんに殺されると思って書いたんだろう」

「ってことは、被害者は犯人を目の前にしながらメッセージを書いたってことになりますけど」

 赤池は肩をすくめた。

「それが何か問題でも?」

「どうやって犯人と向かい合いながらメッセージを書くんですか? デスクの天板の裏ですよ。わざわざ机の下に潜って書いたっていうんですか? 今から殺されそうだって時に」

 赤池は得意げにほくそ笑む。ホワイトボード用のペンを手に取って椅子に座る。椅子を引いて長テーブルの下に両膝を突っ込んだ。

「被害者は座ったままデスクの天板の裏にペンでメッセージを書いたんだよ。そうすれば、奥さんに気づかれずに書き遺すことができるだろ?」

 西山は手元のファイルから紙を一枚破り取って赤池に渡した。

「じゃあ、書いてみて下さい」

 赤池は渋々と実演してみせた。そして、膝の上から紙を引き抜くと、「あっ!」と声を上げた。出来上がったメッセージは鏡文字になっていたのだ。西山は我が意を得たりといった顔で、赤池から受け取った紙をホワイトボードに貼りつけた。

「デスクの天板の裏に座ったまま文字を書こうとすると、どうしても鏡文字が出来上がってしまうんですよ。この写真のように正しい向きの文字を書くには、机の下に潜り込んで上を向いて書かなきゃいけないんです」

「なんてこった……」

 赤池は茫然と自分の生み出した鏡文字を見つめていた。

「だいいち、おかしいと思いませんか?」西山は追い討ちをかける。「ハウスキーパーがいるのに由紀子さんがホウキを持って書斎にやって来たら、被害者はきっと怪しいと思うでしょう。ホウキを持って書斎にやってきても不思議に思われないのは、ハウスキーパーの木南さんだけですよ」

「じゃあ、犯人は……」

「そう。だから、自分以外の名前をダイイングメッセージとして残したんです。その人に罪をなすりつけようとして」

「だけど、被害者の身体が邪魔でメッセージなんか残せないだろ」

「あらかじめデスクの天板の裏にメッセージを書いておいたんですよ。誰もそんなところに何かが書いてあるなんて思いませんし。あとは、被害者を殺害した後にペンをデスクの下に落としておけばいいだけです」

「なんてこった……」

 西山は呆気に取られる赤池に手を叩いて発破をかけた。

「ほらほら、早く木南幸恵をしょっ引きに行きますよ」

「ちょっと待った! 便所行って来るから!」

 西山は舌打ちをして、うなずいた。

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