7日目

 早朝、列車は砂塵を纏わせて、発掘現場隣の駅に停車した。

 仕事を終えた工夫こうふ達と入れ替わるように、僕たちは荷を下ろしてすり鉢状の現場を見下ろす。中央にはいくつも建物が倒壊した後のような瓦礫が砂から露出しており、目をよく凝らすとその中心部に小さな螺旋階段が見えた。

 教授はそれを見ると深く息を呑み、うむ、と唸った。

 「……なるほど。少なくとも意義は無いものではなかったようだな」

 少し悔しそうな教授を横目に、僕はノートに大雑把なスケッチを描いた。

 「当然あの中も見ることができるよな?」

 「もちろんさ。砂も瓦礫も危ないものは取り除いてから手紙を出したからね!さあさあ、気を付けて降りてくれたまえ!」


 仮設された階段を降り、元々街があったであろう場所へと降り立つ。

 風が吹き、砂塵が舞う。堆積した砂は砂岩となってその形を保ちながら、廃墟となった街を城壁のように囲い、崩れる兆候すらも見せない。

 元々建物があったであろう場所は、当時素人同然であった僕でもなんとなくわかったが、殆ど瓦礫が綺麗に片付けられており、どんな建物が建っていたか、どんな生活をしていたかまでは何もわからなかった。

 しかし、それはどうやらその手の知見を持つ教授も同じ思いを抱いていたようで、歩いている間は文句が絶えなかった。

 「建物があったこと以外何もわからんではないか。フロニカやカタリナの技師は雇わなかったのか」

 「雇えなかった、が正しいかな。専門家はみんなフランティアンの歴史研究で忙しい、と取り合ってくれなくてね。——まあ、みんな僕が妄言を吐いているんだ、って思っていたんだろうけれど」

 教授の文句を聞き流しながら、僕は足元の土を見る。砂が湿ってできたものではない、また別の——まるで元あった大地の土のようだと感じた。

 ふと、ノヴァリスに肩を叩かれて顔を上げると、教授とサルバトーレ氏はずんずん前に進んで行ってしまっていた。

 「僕らはゆっくり行こう。有識者達はどうやら興奮して目的地しか見えていないようだ」


 辺りを見渡しながら、言う通りゆっくり中心部へと向かう。目に見えているものを記憶に焼き付けながら、僕は列車でノヴァリスに言われたことを思い返していた。

 「……本当に、ここに人が住んでいたんですか?」

 「どう思う?」

 「——何もわからないです。そこに建物があった、としか」

 ノヴァリスは瓦礫を見ながら、僕の回答にクスリと笑った。

 「だろうね。この史跡の様相じゃあ、何もわからないのは頷ける。……そうだな……これだけの広さの建物を建てることができる、のは、僕たちくらいの大きさの知的生命くらいだろ?こういった建物の跡を見て、誰が、何のためにここにたくさんの建物を建てたか……くらいはわかるんじゃないか」

 辺りに散らばる瓦礫群を見、僕はうんと頭を捻る。考えを頭でまとめるうちに、目の前に大きな遺跡が現れた。

 ほとんど壊れているものの、石造りの壁の跡と、螺旋階段が張られている大穴が視界に映る。

 「手すりはないようだ。落ちないように気を付けて。僕が先導しよう」

 ノヴァリスは僕の前を歩き始め、螺旋階段を降りていく。僕も続いて暗闇に足を踏み入れた。


     * * *


 底まで降りると、広く丸い部屋に出た。教授やサルバトーレ氏の姿は見当たらず、どこから光っているのかわからない、青白くも淡い光と、大穴から差す光とが、部屋を辛うじて照らしている。

 部屋の端には大破した木片とそれを覆う砂の山、そして中央には石の台座と、奥に大きな扉が見える。

 「『ミアリの街の地下、賢人の扉の先、親愛なる友を忘れない』……」

 僕は扉へ歩き、重く開かないそれに手を触れた。冷たく、ざらついた砂の触感を手に感じ、再び頭で情報をまとめる。

 「……きっとこれだけなんですよね。ここが、ミアリの街って証明する手立ては……。それすらも、誰も知らなくて、本当かどうかもわからない……」

 わからないことだらけの頭で推理したが、当時の僕にはこういった感想しか口に出すことができなかった。

 「……ノヴァリスさん。なんとなくですけれど、僕はノヴァリスさんが嘘をついているようには思えない。見聞とメモとを照らし合わせて、氏がここを掘り当てたのであれば、あなたのこれまで語った証言も詩も本当で、ドラグナシアの先文明は実在した。僕の足りない頭でも、そう考えることができます」

 「——そうか。なら、そうレポートにまとめればいいじゃないか」

 「……けれど。本当に何もわからないんです」

 ノヴァリスの言葉を受けて、首を振りながら僕は続ける。

 「学生としてであれば、有意義だった、とまとめて終われますけど。一昨日言いましたよね。歴史を見つめる者として、見聞きして帰ってほしいって。だからこそ言いますけど、このまま何もわからずに、あった事実だけ書いて卒業するのは、なんだか、そうじゃないって思うんです」


 思い返せば、当時の僕は、まるで何かに魅せられていたようだった。夢も無く、ただ親に勧められるまま商社へ勤めようと大学に通っていた僕が、ここまで語ったのは、今の自分からしても、とても驚くものだった。

 そのまま僕はノヴァリスと共に、教授達が穴へ降りてくるのを待っていた。

 扉を背に腰を掛け、どこからか吹き抜ける風の音を聞きながら、入り口の螺旋階段を見つめていた。

 「……ミアリの街は、英雄が拓いた街だ」

 ふと語りだすノヴァリスの方に耳を傾ける。

 「争いが絶えなかったこの大陸に、平定を齎した英雄——人が呼ぶところの救世主ソティラが作り上げた街だった」

 その昔、神の力を賜った人間が争いを続けていた頃、それらを平定するために一人の民が神より“選定”を受けた。

 その人間——ノヴァリス曰く彼女は、大陸を巡り、国の礎を作り、蔓延る争いを止めていった。その旅の道中に作り上げたのが、このミアリの街なのだという。

 「……その英雄はどうなったんですか?」

 ふと持ち上がった疑問を投げかけると、ノヴァリスは寂しそうな表情をして答えた。

 「——裏切られ、死んでいった。彼女は最前線でミアリの街を守ったが、ついに力尽き、見せしめにとアレクサンドラの崖で処刑された。彼女に付いた者たちは、東の森——フィルミアに逃げ込んだ。一方アレクサンドラでは人の英雄が悪鬼を討ち取ったと伝わり、その功績を称えて城と街が作り上げられた。アレクサンドラはその後ミアリの街を制圧し、北方征伐への足掛かりとした……とされている」

 彼が語る歴史をノートにまとめながら、更に浮かんだ疑問を消化しようとする。

 「じゃあ、ミアリの街のこの場所は一体……」

 「……」

 しかし、ノヴァリスは黙して答えなかった。


 ノートをぱたりと閉じ、再び風の音を聞く。よく耳をすませると、入り口の方から陽気に言い合う声が聞こえてきた。

 「——であるからしてだね……っと!君たち探したよ、ここにいたのか!」

 「全く、我々の目を盗んで遺跡を先に見学していたとは。どうだね、何かわかったかね」

 教授が僕に聞くと、僕は首を振った。

 「……何もわからなかったです。サルバトーレ氏が見つけたメモと、ノヴァリスの証言でここが掘り当てられたのであれば、ここはミアリの街で、この扉はメモにあった『賢人の扉』なのだろう……と、それくらいです」

 「ウム。そうだろうな。私も同じ見解だ。街が雑に掘り返されていて、どんなものかが結局わからん」

 そんな教授をよそに、サルバトーレ氏は台座の上に立って語る。

 「けれど、ハイベリー君の言う通り、メモと彼の証言でここが見つかった!つまるところ、ここから研究が始まるということなのだよ。謎は未だ霧の中ってことさ!」

 「霧中行軍も大概にしたまえ。そもそもお前はもっと丁重に発掘作業をだな……」

 教授の文句を背に、サルバトーレ氏は暗闇でも目をキラキラと輝かせていた。


 * * *


 駅に戻り、列車に乗るころには夕方になっていた。

 書いたノートを見直しながら、配給用のサンドイッチを食べ、僕はサルバトーレ氏に質問した。

 「先生は、あの賢人の扉があった部屋、何だと思います?」

 「あれかい?うーん……まだまだ先文明のことはよくわかってないからね……あれだけで考察するなら、何かあった時の避難壕に使われていたのかもしれないね。賢人の扉の先には、たくさんの友が暮らしていて、終末の難を逃れていたとか……」

 「……しかし何でわざわざ『賢人の扉』なんて名前がついているんでしょうか。避難壕なら、避難壕でいいと思いますけれど」

 列車に揺られながらノートに見聞したことを記していく。サルバトーレ氏は横で考え込む素振りをした。

 「何でだろうね……こういうのはノヴァリス君が詳しいんだけれど……彼は言っていることが本当かわからない時があるからなあ……彼自身もそう言ってるみたいだし……」

 ふと上を見ると、ノヴァリスが寝台から顔を出して聞いていた。

 「——道中、彼から色んなことを教わりました。ドラグナシアの伝説を語る詩歌、ミアリの街の成り立ち、フィルミアとアレクサンドラの関係……。創作のように聞こえますけど、僕は彼が歴史を語るとき、嘘をついて語っているとは思えないんです。なんだかまるで、今まで見てきたかのようで、そこはとても不思議なんですけど……」

 ペンを置いて、僕は深呼吸する。

 「……僕は今回学んだことを全てレポートにまとめて、卒業課題とします。そうして卒業したら、僕も先生と、ノヴァリスさんと一緒に、この謎に取り組みたい。良ければ、でいいんですけれど。このまま謎を謎として心の中に遺して、卒業して商社に行こうとは思いたくない」

 僕の発言に、サルバトーレ氏と教授は驚き、ノヴァリスは笑った。

 「ウム。だがこの道は道楽だぞ。商社と比べたら給与も少ない、せいぜい学生に教える授業料で飯が食えるかという道だ」

 「別に良いじゃないか!僕たちは彼の親じゃない。むしろ君が興味をここまで持ってくれて、尚且つ調査に加わってくれるっていうのは僕としても心強い!実に立派Goodだとも!」

 あれこれ言う二人の先生を間に挟み、ノヴァリスはこちらを見てにこりと笑った。

 「君は面白いな。そこまで言うなら、君をザリヴで待つことにするよ。卒業できたら、またあの酒場を訪ねてきてくれるかい」

 「必ず。約束します」

 僕は影に隠れた彼の顔を見つめ、大きく頷いてみせた。


     * * *


 こうして、夏休み2週間を捧げた、学生であった僕のドラグナシアの旅は幕を下ろした。

 再び6日間の復路を経て、僕はフロニカへと帰国した。

 詩歌と歴史の断片を教わり、何ひとつ全貌がわからなかったこと、サルバトーレ氏の見解と、ノヴァリスの語ったことと、僕の考察をまとめ、卒業レポートとして教授に提出した。

 その研究成果が他の教員の目にも留まったようで、僕は代表学生となって大規模な卒研発表会に参加し、プレゼンを行った。会場からは半分小さな笑いが起こっていたが、最終的には多くの拍手を頂けたので、個人的にはいい結果に終われたものだと思っている。


 卒業後の進路について親に話した時は、母親に酷く反対されたが、父親は背中を押してくれた。

 「エディのやりたいようにやればいいじゃないか。やりたいことができたようで、俺は誇らしいよ」

 父のこの言葉を受けて、改めてあの旅には出てよかったものだと僕は感じている。

 それから僕はすぐにサルバトーレ氏に手紙を送り、父から援助を受け取り、旅支度を済ませてフロニカ国際空港へ向かった。母親からは調べ終えるまで戻ってくるな、と勘当を食らったが、それはそれだ。元より全ての謎を解くまで戻ることは無い、と僕は思っていた。


 最初に旅に出た時と時期を同じくした夏の日、飛行船の窓から、離れていくフランティアンの大地を見下ろし、僕は再びドラグナシアへと向かった。

 深い霧の果てに、嘘から産まれ出た謎が、錯覚が隠している真実が、彼の歌った歴史があると信じて。

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