007 疑念


 フィリップの夜遊びがバレてエステルにこっぴどく怒られたその日の朝食の席は、ホーコンが大笑い。


「わははは。元気があってよろしいではないか。わははは」

「お父様、笑い事ではありませんことよ。しばらく身を隠すと言っていた本人が出歩くなんて、もってのほかですわ」

「確かに顔でバレる心配はあるな。よし! エリクの好みの女性を連れて来てあげますぞ」


 ホーコンにもバレてしまっては、フィリップも反省……


「娘と結婚を約束しているのに、それでいいの??」


 いや。結婚相手のお父さんが娘以外の女性をあてがうと娘の目の前で言っているから、フィリップもどうしていいのかわからないのだ。


「発表もまだまだ先ですからな。その間は好きにしてもらってかまいません。それとも、もう私に孫を見せてくれるのですかな?」

「おお~い。だからそういう話は娘の前でしないでよ~。お姉ちゃんも止めて……何モジモジしてんの?」

「そ、そんなことしてませんわよ!」

「いや、顔も赤いし……」

「わははは。娘はまだ経験がないですから、照れているだけですぞ」

「お父様は黙ってらして!!」


 デリカシーのないホーコンの言葉に、エステルは顔を真っ赤にして食堂から出て行く。フィリップもホーコンと同じ空間は嫌なのか、そそくさと退室するのであった。



「お姉ちゃんも大変だね」

「キャッ!?」


 立派な庭園のベンチで顔の火照りを冷ましながら「恥ずかしい」だとか「お父様なんて毒殺してやる」とかブツブツ言っているエステルの後ろからフィリップが声を掛けると、飛び跳ねて驚いた。


「そんなに驚かなくてもいいでしょ~」

「あんな話のあとでしたので……」

「オヤジさん、デリカシーの欠片もないもんね~」

「本当ですわ。お母様の前でも他の女の話をするのですわよ。どれだけお母様が傷付いたことか」


 エステルの愚痴に付き合っていたフィリップは、ポカンとした顔に変わった。


「どうかしまして?」

「いや。僕に側室を許可した人の言葉に思えなくて……お姉ちゃんは意外とピュアなんだね。クックックッ」

「からかわないでくださいまし……」

「おっ! その顔、なかなかいいよ。キュンです」

「キュンって、なんですの?」

「かわいいって意味だよ。アハハハ」

「もう! いい加減にしてくださいませ!!」


 しおらしい顔も火照った顔もからかわれたエステルは、ダッシュで自室に消えるのであったとさ。



 それからエステルは、ホーコンとフィリップとは目を合わせなくなったので、2人は悪巧み。といってもホーコンは忙しいので、「従者をつけるから出歩くなら連れて行くように」とフィリップに釘を刺しただけ。

 しかし、フィリップとしてはコソコソやるのが面白かったのか、それ以降は夜遊びに行かなくなった。


 そんななか、ホーコンとエステルが内緒話している姿があった。


「どうもおかしいですわね」

「おかしい?」

「エリクですわ。当家に来られた時は、手ぶらで荷物も持っていなかったのですよ。それなのに、変装までして遊んでいるなんて、どこからお金が出ているのでしょう……お父様ですの?」

「いや、俺のところには来てないぞ。エステルじゃなかったのか?」

「わたくしのところにも、金銭の要求なんて来てませんことよ。気になって部屋と帳簿を調べましたけど、物を売った形跡も盗んだ痕跡もありませんでしたわ」

「エリクのこと、疑いすぎじゃないか?」


 フィリップのことをエステルが泥棒扱いしてるのだから、ホーコンもツッコんじゃった。


「1人でこんなに遠くの土地までどうやって来たのかも、謎なのですわ」

「従者は盗賊に襲われたとか??」

「でしたら、第一声に言うはずですわ。全滅ですわよ? 助けを求めるのが普通ですわ」

「確かにおかしいな……それとなく探りを入れてみよう」


 

 そして翌日、朝食の席でさっそくホーコンが行動に移す。


「エリクはこんな遠くの土地まで、どうやってやって来たのですかな?」


 けど、ド直球。エステルも開いた口が閉じないのでスープがこぼれ落ちた。


「馬。飛ばしすぎて途中でいかれたから、そっからは歩き」

「ということは、帝都からずっと1人で……危険ではないですか」

「味方がいないんだから仕方がないでしょ。それに、人に知られるわけにもいかないし、1人のほうが早いんだよ」

「なるほど……」


 ホーコンが頷くと、エステルが話に入る。


「旅費はどうしていたのですの?」

「旅費は……てか、何この尋問? 僕、なんか疑われてるの??」

「いえ、そういうわけでは……」


 ホーコンの質問には普通に答えていたのに、エステルの番になると止まったので、エステルは「なんでわたくしだけ……」って恨めしくフィリップを睨んだ。

 その目が怖かったのか、フィリップはポケットをゴソゴソして、1枚のコインを指で弾いてエステルの前に落とした。


「「白金貨……」」

「それ1枚で余裕でしょ? 服とかは荷物になるから使い捨てだ。だから、ここに来るまでにお釣りで貰った金貨とかはほぼ使い切った。これでいい?」

「はあ……」


 ホーコンは納得したようだけど、エステルは騙されない。


「城から盗んで来ましたの?」

「お姉ちゃんはひどっ!? 小遣いで貯めた分だよ!!」


 なので、めちゃくちゃゴネてこの話を終わらせるフィリップであったとさ。

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