003 第二皇子、悪役令嬢と手を組む


「それでは本題に入りましょうか」


 フィリップがお茶菓子を平らげてお茶も飲み干したら、対面のソファーに座るエステルからの質問。


「本題も何もね~……辺境伯に会いに来ただけだから、お前とは話すことがないんだよね~」


 ここまでよくしてもらったのに、フィリップは酷い。


「同じ学院に通っていたのに、それは酷くありませんこと? 世間話のひとつでもしてはどうですの??」

「通っていたって、重なっていたのは1年だけじゃん。それも僕は後輩だから、接点も少なかったし」

「接点が少なかったというわりには、わたくしの顔を見て『ゲッ』とか言って嫌そうな顔をしていたじゃありませんか」

「いや、アレは……そうそう! まだ嫁いでなかったのかと驚いただけだよ」

「皇帝陛下から婚約破棄された女に、嫁ぎ先があると思っていますのぉぉ~~~?」

「なんかすいません!!」


 フィリップはいい世間話が浮かんだと思ったけど、それは地雷。エステルの本気の怒りが怖すぎて思わず頭を下げてしまった。


「殿下は皇族なのですから、わたくしなんかに頭を下げるのはいかがなものかと……」


 その皇族ならざる行為に、エステルも怒りは吹っ飛んだ。


「悪いことを言ったんだから、謝るのは当然じゃない?」

「いえ、立場というものがありましてよ」

「兄貴ならそうかもしれないけど、僕って出来損ないだからどうでもいいんじゃね??」

「はあ……そちらがそれでいいのなら……」


 エステルはあまり納得していないようだが、話は途切れたのでフィリップは本題に戻る。


「それで辺境伯に会いたいんだけど、いまは留守なの?」

「ええ。領地の視察に出てますわ。帰るのは、早くて明日。遅くとも2日後といったところでしょうか」

「嘘だろ~。時間がないのに~~~」

 

 フィリップは貧乏ゆすりしているので、エステルは不思議に思う。


「そんなに焦ってどうしまして?」

「実は……いや、辺境伯に会うまで言えない。帰って来るまでここで待たせてよ」

「殿下を放り出すわけにはいきませんから、それはかまいませんが……」


 エステルは何かを閃いたのか鋭い目になる。


「お父様は皇家に怒っているから、お会いになるかはわかりませんわよ?」

「はあ? なんでだよ」

「わからなくて? 皇家のほうからわたくしとの婚約を結ぶように命令しておいて、平民にうつつを抜かして勝手に破棄したのですわよ? さらに、減税や兵力の削減を無理矢理やらされて、それはもう、お父様はご立腹でしたわ」

「あ~。そんな設定だったね……」

「設定とは??」

「あ、いや、こっちの話。そりゃ怒るよね~」


 フィリップが話を逸らそうとしているので、エステルも深くは追及しない。


「まぁ僕が頭を下げたら、話ぐらいは聞いてもらえるんじゃないかな~?」

「どうでしょうね。ここには従者も連れずに来ているのですから、最悪消してもかまわないと思うかもしれませんわね」

「マジで? そんなに怒ってるの??」

「オホホホホホ~」

「え? どっち??」


 フィリップのポカンとした顔を引き出したエステルは大笑い。その上品だけど腹黒い笑い方では、フィリップは命がどうなるかわからないのであった。



「そんなに怒ってるんだったら、他を当たろうかな~……」


 自分に被害が来るなら辺境伯との面会は諦めようとするフィリップ。しかし、エステルとしては諦められると困るのか、今度は引き止めにかかる。


「お父様はわたくしには甘いので、口添えしてもよろしくてよ」

「おっ。そりゃありがたい。頼んだよ」

「展開が早すぎますわ。そのかわり条件がありますのよ」

「え~。顔繋ぎぐらいタダでやってよ~」

「わたくしの口は高いのですわ」


 フィリップは条件を聞きたくなさそうだが、聞くだけならタダかと思って質問する。


「条件って?」

「わたくしと結婚してくださいませ」

「ああ。結婚ね……って、結婚!?」


 いきなりの結婚発言に、フィリップは驚いて立ち上がった。


「そう……条件は結婚ですわ」

「いやいや、僕のこと好きじゃないでしょ?」

「立場は大好きですわよ」

「つまり、皇家に入りたいと……」

「いいえ。わたくしのほしい物は、皇后の椅子ですわ」

「はあ!? 僕が皇帝になれると思っているの!?」

「そう興奮なさらず、座ってくださいませ」


 フィリップが着席すると、エステルは悪い笑みを浮かべて続きを喋る。


「わたくし、殿下がここに来られた理由、なんとなくですが察していますの。皇帝陛下とあの皇后が、何かとんでもないことをしようとしているのではなくて?」

「ノ、ノーコメント」

「そんなこと言っていいのですの? 殿下がほしい物は、お父様の兵力と味方。その力を持って、皇帝の椅子を取りに行こうとしてますでしょう?」

「めったなことを口にするな! 噂だけでも僕の命は終わるんだよ!!」


 フィリップの怒りようを見て、エステルはニヤリと笑う。


「ここにいる者は信頼できる者しかいないので安心してくださいませ。しかし、殿下がどちらかに行かれるとなると、噂は瞬く間に広がるでしょうね」

「それは脅しだよね??」

「いえ。わたくしは、殿下に協力関係を持ち掛けているだけですわ。なんでしたら、側室を持つぐらいの譲歩はしてもよろしくてよ。わたくしの子供が第一継承権を持つことが条件ですけどね」

「いや、譲歩するところはそこじゃなくない?」

「女好きなのですよね? いまならウッラも付けますわよ」

「人を売るなよ! この悪役令嬢が!!」


 フィリップが怒鳴り付けても、エステルは妖しい笑みを浮かべた顔は崩さないのであった。



「ちょっと時間をちょうだい」


 自分の思い描いていた展開ではないので、フィリップは談話室どころか屋敷から出て庭を歩き、ブツブツ言うこと30分で戻って来た。


「思ったより早かったのですね」

「いまは嫌味はやめて」

「あら? 初めて嫌味が通じましたわ……失礼しました」


 ここへ来て、フィリップが初めての真面目な目を向けるので、エステルもそれ以上のことは言えない。


「僕の妻になると言うのなら、なんでもしてもらうよ?」

「はっ! わたくしにできることなら全て」

「それだけじゃ足りない。辺境伯も僕の手足になるようにして。それができないんじゃ、この話はなしだ」

「はっ! 身命を賭して、お父様を口説き落としてみせます」


 何やらフィリップの圧が強いので、エステルも背筋を正していい返事になっている。


「その言葉、忘れないでね?」

「はっ!」


 こうしてエステルのたくらみはフィリップが主導権を取り返し、2人は握手を交わすのであった……

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