学園一のブスと付き合うことになったんだが、実は呪いをかけられたアイドル級美少女だった

華川とうふ

第1話 罰ゲームで嘘の告白


姫宮ひめみや萌々香ももかさん……俺と付き合ってください!」


 そう言って俺、袴塚はかまづか しゅうは右手を握手をするように差し伸べたまま、頭を深く下げた。

 放課後の教室は、熟しすぎた柿のような夕陽に照らされたせいで、俺と目の前の女の影を恐ろしいくらいくっきりと黒く浮かび上がらせていた。

 ふたりの影は、まるでアニメのワンシーンのように完璧な男女のシルエットになっているなと俺は床を眺めながら思った。

 俺は姫宮の表情かおをまっすぐ見ることができなかった。

 なぜならば、これは罰ゲームでやらされている嘘の告白だからだ。

 本当はこんなことなんてしたくなかった。

 罰ゲームで嘘で告白するなんて、たとえ付き合う可能性がゼロの女の子だって傷つくはずだから。

 だけれど、中学のときはどちらかというと陰キャよりだった俺には、高校の陽の気をまとった連中から『空気が読めないやつ』というラベルを貼られるのが嫌だったんだ。


 まだ、頭を上げることができない。


 俺が振られたら、さっきまで一緒に大富豪をやっていたクラスの連中があらわれて、『ドッキリ成功!』と書いたルーズリーフを掲げてくれる手はずだった。

 だけれど、姫宮は何も言わない……。


 まさか、俺の告白を受け入れる気なのだろうか?


 そんなことはあり得ない。


 なぜなら、姫宮萌々香は学園一のブスだからだ。

 そして、それが俺が嘘の告白の相手に選んだ理由でもある。

 誰もが彼女をブスだと思っている。

 もちろん、本人もそのことを誰よりも自覚しているはずだ。

 その証拠に姫宮はいつも背をまるめ、長い髪で顔を覆うようにうつむいて歩いている。

 勘違いブスとは違う。

 正真正銘、心の底から自分のことをブスだと思っている人間の言動だと俺は確信した。

 だから、誰かに告白されたとしてもすぐに罰ゲームだと気づくだろうと思った。

 もしかしたら、俺以外にも姫宮に嘘の告白をした男は大勢いるかもしれない。

 いや、あれはきっと百人切りだろう。

 中学、いや、あのブスさは小学生のころから変わらないだろうから、小学生のころから数えて百人以上の男が姫宮に告白をしているに違いない。

 もちろん、嘘の告白だけど。



  「……99、  ……100」


 よくよく耳を澄ませると、姫宮は小さな声で何かを言っていた。

 ひゃく?

 もしかして、俺の心の中を読んでいた??

 俺は背筋が冷えるのが分かった。

 中学のころとか、根暗な女子が占いとかおまじないの本をよく読んでいたことを思い出す。

 憧れの男子と付き合うために、可愛くなろうと努力するのではなく、おまじないとか呪いとかそんなものに頼ろうとしている姿は滑稽だった。

 俺だって、ここまで来るのに努力した。

 陰キャといって馬鹿にされていたけれど、勉強も頑張ってまあまあいい高校に入学できた。そして、陽の者に紛れられるように受験のあとは身だしなみとか流行りのものとかを研究してここまできたのだ。

 今更、ここで俺の人生を台無しにされては困る。

 一秒でもはやくここから離れなければ呪われる。


「あのう……姫宮? 実は……」


 俺はおずおずと顔を上げて姫宮の様子をうかがおうとした。

 もし、逃げ出すにしても相手に背を向けて一目散に逃げるのは危険だと思ったから。

 できるなら穏便に済ませたい。

 だけれど、まだクラスの連中はでてくる様子はない。

 俺が助けを求めて、教室の外に目をやろうとすると、姫宮は突如としてはっきりとした声で宣言した。


「100人目。あなたが私に告白してきた100人目なの。おめでとうございます。子供のころから100人目に告白してきた人と付き合うって決めてきたから。いいよ。私たちお付き合いしましょう」

「えっ、100人って本当に?」

「ごめんね。本当に100人目か確かめるために最初から数えていたら時間がかかっちゃって」


 本当に百人切りかよ……。

 俺はあまりのことにあきれると同時に驚いた。

 そして、だれも出てこない。

 きっと、クラスの連中も俺たちのやり取りをみて唖然としてるのだ。


「じゃあ、せっかくだから一緒に帰ろうか?」


 俺は、「ごめんなさい。嘘の告白でした」ということができなかった。

 目の前にいる女子の瞳があまりにもまっすぐできれいだったから。


 そう、何かの間違いだと思う。


 俺の目の前にいる、姫宮萌々香は学園一のブスのはずだ。

 だけれど、ゆっくりと闇に包まれた教室でこちらをまっすぐ見つめる彼女は思っていたよりも、いや、かなり美人だったかもしれない。

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