第52話 サタージュ神殿に集う賊
「ここが……」
「ああ、列聖識別式が行われるサタージュ神殿だ」
今日は列聖識別式のための下見に、メイとロージェ、さらにクリスティアンやカリナが神殿の前の広場に立ち寄っていた。
シャルルリエ通りを東に突き当たると、大学や図書館などの施設が立ち並んでおり、さらにその向こうに、エルシアン帝国の国教、サタージュ教の神殿がある。
神殿というので、西洋の教会のような建物をメイは連想していたのだが、それは大きく裏切られた。
柱だけが林立しており壁はない。
西洋は西洋でも、古代ギリシャのパルテノン神殿にどちらかと言えば似ている。
帝都の西にある宮殿は近世ヨーロッパに建てられたものと似通っているな、と、メイは感じていた。
古代様式の神殿も近世のバロック形式に似た宮殿も、どちらも前の世界では観光名所となる類の建築物だが、エルシアン帝国では今も住居や政治の舞台として使われている。
「式の時も外から丸見えなのね」
メイは建物の様子から推測して言った。
「いや、重要な式のある時だけは聖力で『暗幕』を作って壁にするんじゃなかったかな。中に入れるのは神殿関係者と皇族や高位貴族など国の重鎮のみ」
なるほど、と、ロージェの言葉にメイはつぶやいた。
数日前、メイこと『アイシャ』のもとに識別式に着用するためのドレスが、お針子と一緒に届いた。
どうやら本物のアイシャは、識別式用のドレスだけはちゃんと注文をしていたようだ。
模様の浮き出た銀白色のダマスク織の生地のドレスの上に、紫紺に金糸の刺繍があしらわれたオーバードレスがかぶさったデザイン。横幅は問題ないが丈が少し長かったので、やってきたお針子たちが修正をしてくれた。
識別式の準備は滞りなく進んでいる。
あとは終わった後、どんな形でルゼリア公爵邸を出ていくかだ。
すんなり追い出してくれればいうことないのだけどな。
「な、なあ……、メイ、ロージェ、悪いんだけど……」
神殿を見上げる二人に対しクリスティアンがおずおずと声をかけた。
「やっぱ俺たちダメだ。広場も聖力が満ちていて、めちゃくちゃ力が抜けていく感じがするんだ」
魔導士たちの魔力は聖力と相殺される。
聖力に満ち溢れている場所に来ると、魔導士はだるさを感じるらしい。
「図書館まで戻る。そこで待ってるからな」
クリスティアンはカリナをおぶってその場を離れた。
「そうか、俺たちはここを一回りしてから行くわ」
ロージェがクリスティアンに軽く手を振った。
神社に似て清らかな感じがするな、と、いう感覚しかないのだが、魔導士はそう感じるのか。特別な能力があるのも大変だな、と、メイは思った。
広場には神殿を見学に来た観光客や、ひざまずいて祈りを捧げる熱心な信者などさまざまな人であふれていた。
「当日はもっと多くの人でごったがえすと思うぜ。中は暗幕で遮断されるけど」
「ウ~ン、その中で聖力を持ってないことが明るみにされるのか……」
メイの言葉にロージェも少し考えている風だった。
たしかに、識別式の時にはメイ一人で対処せざるを得ない状況になる。
その時、皇家や貴族たち、神官たちはどう反応するのかが読めない。
その時だけは自分が彼女の盾となってあげることはできないのだ。
考え事をしていたこと。
聖力に満ちた清らかな場所で人も多くいたこと。
それゆえ気づくのが遅れた。
ロージェとメイはある集団に囲まれていたことを。
「動くな、ここで騒ぎを起こすのはお前らにとっても本意ではないだろう。ちょっと付き合ってもらえば命まではとらねえ」
確かに囲んでいるがそれ以上のことはしなさそうだ。
ロージェはコッソリ連絡用魔道具でクリスティアンに緊急信号を送った。
この道具は携帯電話の役目を果たすと同時に、緊急信号で近くにいる団員たちに救援を求めることができる。
クリスティアンには携帯から聞こえる音声をそのまま流して知らせることにした。
人数と彼らの能力から言って何とかなると思ったロージェはメイとともに、彼らに言われるとおり馬車に乗った。
馬車は神殿から林の中の通りを北上し、帝都の北東部にある小山の中腹部の開けた場所まで走った。
そこでメイとロージェは馬車を下ろされ、さらに数十名の男に囲まれた仮面の男に迎えられる。
「お久しぶりです、聖女、いや偽聖女さま」
「カスティヨン侯爵!」
メイは叫んだ。
「ほう、よくわかりましたね」
デビュタントボールの時と同じ仮面を、同じ体格の若い男がかぶっている。
分からいでか!
「いきなりずいぶんなあいさつですね、侯爵!」
「いやいや、偽物のくせに、ぬけぬけとデビュタントボールで私と交渉したあなたの度胸には負けますよ」
好きで交渉していたわけじゃないわよ!
と、いいたいところをメイがぐっと答えた、その代わりに、
「偽物と気づかず悪代官トークを繰り広げていた間抜けに言われたくありません」
生意気と言われるのを覚悟で毒づくことにした
今度は侯爵が言葉につまる番だった。
「デビュタントボールの時は私を本物と信じていた。でも今は違う。いつ、どうして、あなたは私を偽者と見破ったの?」
核心に迫る質問をメイは投げかけるのだった。
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