第38話 合宿って楽しいです!

 ある意味予想通りではあったが、全滅した畑をあれよあれよという間に蘇らせ、豊かな実りの奇蹟をもたらしたこの「女神」と「精霊」の集団を、未曽有の凶作に苦しむ民たちが離してくれるはずもない。


 彼女たちは次はこっちその次はあっちと連れまわされ、結局先程見せた奇蹟を、その日のうちに六回繰り返させられる羽目となった。


「あの……皆さん、体調は大丈夫ですか?」

「これしきのこと、楽勝ですわ」「なんともありませんね」

「むしろ調子いいくらいです、心配なのはリュシー様の魔力量です」


 一番驚くべき魔法を連発させていながら、リュシエンヌのことを心配してくれるところがアンネリーゼの性格を表しているが、リュシエンヌはもちろん何ともない。彼女の保有魔力量は、並の王族とはふたケタ違うのであるから。


「私の魔力は心配ご無用です、むしろもっと使って欲しいと言うか……」


 今までにないほど余分な魔力を抜いてもらったので、リュシエンヌの体調は最高である。


「それにしても、少し派手にやり過ぎたかも知れませんわ。しばらく王都へは、帰してもらえそうもありませんわね」


 ブリュンヒルトがぽつりと漏らした一言に、皆がはっと顔を上げる。


 そうであった。今日の魔法大会は一つの大きな村を干ばつから救った。それを周辺の農民だけではなく、近在の領主も見てしまったのだ。「ぜひ我が領地も救い給え」となるのは、自然の流れである。すでに王都に向け早馬が出ている。その使いはおそらく北部領主の連名で「精霊と女神の助力」を乞うものであり、干ばつ被害に心を痛めている国王は、無論それを承認するはずだ。とりあえず明日は隣領に赴くことが、確定してしまっている。

 

「災害地域を全部回ろうとしたら、大変なことになるわね。ねえリュシー、こんな面倒に私たちを巻き込んだ責任、とってもらいますからね!」


 口では文句を言っているようでも、やたらと嬉しそうなブリュンヒルトである。王都に早く要請を出せとせっついたのは、実は彼女なのだ。


「陛下に御諚を賜れば、ゲルハルト様がいくら怒っても、呼び戻すことはできませんからね」

「そ、そうなのよ……」


 ビアンカが核心をつく。いくらブリュンヒルトが農民を救いたくとも、彼女らは夫ゲルハルトの命には逆らえない。国王の指示でもなければ、王太子レースに燃えるゲルハルトが、アンネリーゼの名声を高める行動を続けさせるわけもないのだから。


「ありがとうございます、明日からもご協力いただけるのですね」

「アンネリーゼ様のためではなくってよ! これは魔法に長けた王族の神聖な義務、ノブレス・オブリージュですもの!」


 無理矢理ツンケンした振る舞いをつくろうとするブリュンヒルトに、アンネリーゼが優しげに眼を細めた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 結局のところ、三人の妃とリュシエンヌの珍道中は、それから四十日ほど、北から木枯らしが吹き始めるころまで続いた。北部の領主たちによる共同請願を、国王が最優先と認め、王子妃たちに当面専従を命じたからである。


 そして彼女たちが飢饉から救った村は、八十ケ村を超えた。ビアンカが雨をもたらし、ブリュンヒルトが土を整え、民が種をまき、麦の精霊という二つ名が定着したアンネリーゼが育てる……三人の活躍譚は村から村へ語り伝えられ、北部だけではなくアルスフェルト全土に鳴り響いた。


 最初はぎこちなかったアンネリーゼとブリュンヒルトの関係も、二~三日もすれば打ち解けたものとなった。無理もないだろう、互いの力を信じ合いかつ頼り合うことで、信じられぬほど大きな成果が日々生まれるのだ。親友とは言えないまでも、確かな同志として認め合う関係になるのは、ごく自然な成り行きである。


 やがてツアーの半ば頃にもなると、四人の逗留する宿舎は、さながら合宿のような雰囲気となる。食事を共にすることはもちろん、オイルランプの柔らかい灯りの下、秋の夜長にガールズトークを満喫する。三つ年上のビアンカ、四つ上のブリュンヒルト、そして九つ上のアンネリーゼ……齢は離れていても、一番年上のアンネリーゼが控えめなこともあって、あたかも同年代の仲間であるかのように、実にかしましくも和やかな雰囲気である。


 たまには領主からワインが差し入れられ、ささやかながらもにぎやかな宴となる日もある。醜態を晒した前科を持つリュシエンヌも大人の飲み方を覚え、彼女なりに楽しんでいる。意外なことに、一番酒精に強くいくら飲んでも顔色も変えないのは、一滴も飲めなそうな顔をしているアンネリーゼで、逆に一口で可愛らしく頬を染めるのがブリュンヒルトなのだ。人は見た目に……とか言ったら叱られそうだなと、口をつぐむリュシエンヌである。


 そして、これだけ妃たちが打ち解け合っていれば、初めはお互いに張り合っていた侍女同士も、いつしか垣根を取り払い、ああだこうだと交流を始める。化粧の技術に秀でるブリュンヒルトの侍女がその腕前を皆に披露すれば、紅茶の淹れ方はアンネリーゼの侍女が講義する。そしてリュシエンヌの侍女頭フリーダは、一言も聞き漏らすまいとこの先輩たちの教えに、耳を澄ましているのだ。


「う~ん、公務のはずなのに、どうしてこんなに楽しいの!」


 リュシエンヌにも、ようやく人並の青春が訪れたようであった。

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