第11話 その頃……

「何だか最近、魔法の調子がとてもいいな。『土壁』が今までより五割増しくらい、高く造れるのだ」

「ゲルハルト様も、そうなのですか? 私も最近になって『渦流』が一日に撃てる数が五割増しくらいになっていて……」

「実は私もそうなの。毎日修練を積んでいたとはいえ、こんなに急に魔力効率が上がるものかしら?」


 第二王子とその妃たちが、自らの好調を自覚し始めている。彼らは野心家だが、その野心に見合うよう日々努力を怠らない者たちではあるのだ。毎日毎日、保有する魔力ギリギリまで追い込んだ訓練を続けていれば、ある日から急に余裕が出始めたことに気付くのは、必然である。


 世の中が自分中心に回っているという考え方の持ち主である第二王子は、自らのたゆまぬ修練が実を結んだのだと単純に考えているが、妃たちはそれほど能天気ではない。


「ブリュンヒルト様、これはやはりあの……」

「ええビアンカ、私もそう思うわ。マクシミリアン様が連れてきた、あのみすぼらしい王女の影響と考えるのが自然ね」

「やはり、そう思われますか。このことを、ゲルハルト様には……」

「今お伝えしても、お怒りを買うだけね、しばらく待ちましょう」


 その頃になると、アルスフェルトの高位魔法使いたちもみな異常に気付いていた。その中にはフリーダやアンネリーゼのように、リュシエンヌからあふれ出すおかしな量の魔力を見ることができる術者も、当然混じっている。


 かくして一同、なんとなく真実にたどり着いてはいるが、あえてそれを口にはしない。噂が下手に他国に広がれば、アルスフェルトの最強兵器となりかねない彼女を亡き者にせんと、他国が動き出すやもしれぬからである。立場の違いこそあれ、王宮にある魔法使いたちが、国の安全を第一義としておくのは、当然のことだ。


 そんなこんなで、リュシエンヌの婚約者生活は、とりあえず平和に過ぎるのであった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 一方その頃、魔法王国を自他共に認めるローゼルトでは、魔法使いの間で時ならぬ異変が起こっていた。


「バティストがぶっ倒れた! 火球を二発撃ったところで、魔力切れだ!」

「あいつ、ちょっと前までは三発くらい平気じゃなかったか?」

「そのはずだが……」


 今日も、王宮付きの高位魔法使いが、演習で失神するという恥ずべき失態をやらかしている。この二週間ほどで、立て続けに同様の事故が発生していて、魔法使いたちは自らの評判が下がるのを恐れて演習をセーブしているのだ。厳重に伏せられているが魔法に熟達しているはずの王族の中にも、魔力切れを起こした者がいるのだという。


「いったいどうしたというのだ! 弛んでおるのではないか!」


 玉座から立ち上がった冷徹な国王の一喝に、王族も家臣も震えあがる。この王の辞書に恩情と言うぬるいワードは存在しない、彼の意に染まぬ行動や発言をしたら最後、殺されぬまでも辺境送りは確実なのだから。


「ち、父上。申し訳ございません、必ず立て直しますゆえ、今しばらくお待ちを」

「原因は、分かっておるのか」

「い、いえ……」

「その状況で立て直せるはずもあるまい」


 勇を鼓して第二王子が入れた一時しのぎのフォローも、低いトーンで発せられた国王の一言に粉砕される。


「魔法使いたちの腕が、落ちたわけではなさそうだな」

「御意にございます」

「ならば何かの要因で、全員の保有魔力量が落ちたのか……」


 しかし、その要因がなにかまでは、国王にもとんと想像がつかないのだ。低い唸りを上げて今一度玉座にその身を沈める。


「皆さん、わざと気付かない振りをなさっているんですかね? それとも本当に気付いておられない?」


 その時不意に起こったやや甲高い声は、自称北方プリマス国の貴族という触れ込みで近年国王に取り入って相談役になっている優男のものだ。確かに彼の政治的識見にはうなずかされるものが多く、貴族たちもその存在をいまいましいものに思いつつ、面と向かって彼を排除できないでいる、そんな輩だ。


「気付かないとは、何を指しているのか!」


 相談役のからかうような調子に、応じる国王の言葉も怒気を含むが、優男は動じる様子もなく続ける。


「言わずと知れたこと、切れ者若手秘書官とやらの口車に乗って、隣国アルスフェルトへ王子妃と言う名の人質に差し出した、リュシエンヌ王女様のことですよ。ねえ国王陛下、こうは考えられませんか? あの王女様が自分では使うことのできない過剰な魔力を持て余していたことは周知の事実。実はその過剰魔力が、この王宮内を満たしていて……皆さんはその恩恵を受けていたということですよ」

「まさかリュシエンヌに、そんな大それた力が……」

「信じる信じないは皆さんのご自由ですがね、あの余分な口出しをした秘書官は、数日前から逐電して行方不明だそうじゃないですか。アルスフェルトにすべて仕組まれていたと考える方が、自然では?」

「うむむ……」


 自信に満ち溢れていたはずの国王すら口をつぐみ、御前会議はそのまま散開となった。

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