34.斬撃

「私を大切に考えてくれて、鈍くさくてノロマな私のペースにも合わせてくれて、一緒にいて安心させてくれる人。これが私のだーいすきな人です。ほら、櫂斗くんとは大違いでしょう?」


 え、今から何をするつもりだ? この場面で桐龍にそんなことを言う必要ってあるのか? 


「しょーじき、私がウブで怯えてるときから櫂斗くんはどんどんハレンチなことを求めてきました。それがきっかけで私の心は離れて……結局、まともに私に触れたりすることはできなかったですよね?」


「それはそうだけど……」


 桐龍が悔しそうに顔をしかめる。きっと、可愛くて完璧に女の子っぽい丸みを帯びたスタイルの沙那を、一回でいいから好き勝手にしてみたかったと悔いているのだろう。哀しき男の性。


 そして、この変な空気感に俺の心拍数も次第に上昇していた。


 だって沙那の言い分はまるで、


「でも、もう私の全部を許しちゃう人ができました。そういうはれんちなことを好きな人とするのはまだちょっと恥ずかしいけど……、それを頑張ってこらえてでも全力で大好きを伝えたい人ができたんです」


 もう、好きな人を紹介しているようにさえ感じられたから。新たな恋の報せをもって桐龍との決別としたい。それが、沙那なりの最後の斬撃。


 そして、桐龍の前に立っている男なんて当然一人しかいなくて。


 呆然と棒立ちしている俺のもとへ、沙那が歩を進めてくる。

 そしてねっとりと、まとわりつくように華奢な腕を俺の体にからめる。


「ひっ……!」

「う、やっぱりいざハグしてみるとすっごく恥ずかしい……。おかしくなっちゃいそぅ……」


 ボーっと上気した顔で、沙那が軽く俺を見上げる。俺は既にオーバーヒート寸前。頭から湯気が上がりそうだ。


 だって、女の子として意識し始めた沙那とするハグは今までと全く違う意味を持つのだから。


 そして、心臓が爆発しそうなぐらい跳ねている自分を認めて、すべてを悟る。


「好きだから、緊張する。緊張するから、今までみたく不用意に近づけない」


 文化祭以降の沙那のおかしい行動について、すべて合点がいってしまった!


 あぁ、俺は鈍感な童貞だからここに来るまで気づけなかった。意識をし始めたのは、俺だけじゃない。


「……せいかい」


 ――気兼ねない幼なじみだった俺たちは、いつの日かこんなに想い合っていた。


 相手を欲して、好きで好きでたまらなくて、でも幼なじみという壁に阻まれそうになってモヤモヤして。


「沙那、おれ……俺さ!」


 こうなったら、しっかりと思いを言葉にして伝えないと!

 と、思った矢先、沙那が細くて白い人差し指で俺の唇に封をする。


「うぷ」

「私もね、こういうのは初めてだからあんまりよくわかんないんだけどさ。むーど?  ってのが一番大事らしいよ? 勢いに任せて言っちゃダメ」

「あぁ、そっか……」


 お互いに慣れてないのがバレバレだ。まして、経験豊富な桐龍の眼前で。


 だが、これでいい。これがいい。


「でも幼なじみなんだから、考えてることはなんとなくわかるよ?」

「へ、へぇ。俺の心バレてんのか」

「うん」


 コクリと首肯する沙那。ジトっとした視線が俺を捉えて離さない。


「みっちーが考えてること、当ててもいいですか?」


 そして沙那は覚悟を決めたように言う。一歩踏み出してきて、柔らかい体が俺の前部に押し当てられる。まるで自分のフェロモンをこすりつけるように。


 ――これに頷いたら、俺たちの関係性が変わる。


 でも沸騰しそうな俺の思考回路は、反射的に沙那の発言を促していて――。




「沙那のこと、だーいすき。でしょっ?」




 少し無邪気にはにかんだのち、自分の唇を俺のものに重ねてくる。


「……っ!!!!!」


 やらかい、めちゃくちゃ弾力があってやわらかい……。この世界に、これほどまでに柔らかくて優しいものがあったのか? お互いの熱が唇越しに伝わって、体ごととろけてしまいそうだ。


「はむ、はむ……っ!」


 不器用ながらも、一心不乱に俺の唇をはむはむする沙那。ここまで耐えてきた想いをすべて発散するように。


「みっちー、めっちゃお顔赤いよ? 照れてる?」

「そんなの、沙那も一緒だろ……」

「う、うるさいなぁ……」

「お、お互いさまってことだよ……」


 桐龍はもう力尽きて、へなへなと地面に倒れ込んだ。


「お、俺の前でなんてもん見せてくれてるんだよ……。俺があんなに欲しくてたまらなくて、でも届かなかった沙那に……」


 だが俺たちは目もくれず、目の前の幼なじみ――いや、大好きな人に夢中。


「しゅき、だいしゅきみっちー……」

「にしてもこんな外で……。ハレンチだな俺ら」

「うぅ……。冷静に言わないで、また恥ずかしくなってくるからぁ……」


 え、沙那を恥ずかしがらせるのはよくないよな。そこで俺はとてもストレートに、


「じゃあ、やめる?」


 と訊いてしまう。だがそれが沙那の心に火をつけたようで。


「…………や、やめたいわけないじゃん、バカみっちー」


 再び唇の水分同士がパツパツと弾けるような音を鳴らし始め、


「もう終わりだ……、もう二度と沙那にも奏にも近寄らない!!!! ここまでされたら降参だよ!!!」


 と、桐龍の絶叫を消し去った。


 そんなお化けを見たみたいな反応は心外だな。俺らはこんなにも幸せにキスをしてるってのに。


「みっちー、だーいすきだよぅ♡」

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