30.試合開始

 20時。沙那と一緒に公園の隅のほうで張り込んでいる。

 そろそろ奏さんと桐龍がこっちに来るらしいけど……、


「さっむ」


 さすがに体が冷えてきた。黒のダウンを着ているが結構限界。暮れの野外はしんどい。早く出て来てくれないかな……。


「ありがとね、付き合ってくれて!」

「おっとっと」


 震えながら組んでいた俺の手に沙那がねじ込んできたもの。自販機の缶コーヒー。


「……」

「おーい、みっちー? 最近ボーっとすること増えたね?」

「はっ……!」

「ブラックでよかったよね? これが一番好きでしょ?」

「あ、あぁ。一番好きだよ。ありがとう」


 俺ときたら接近戦をされていた過去とは比べ物にならないぐらい沙那といると変な意識が芽生えるようになった。そう、『幼なじみ』というより『女の子』としての意識だ。


 こんなに可愛い女の子が。

 こんなに俺の好みや性格を知ってくれていて。

 楽しそうに笑ってくれる。


 ミスターチェリーからすれば、一度意識させられてしまえば最後。もう抜け出せない理由がてんこ盛りだった。


「じゃじゃーん! 私もおそろ~♪」

「え、でも沙那苦いのニガテだったんじゃ……」

「えへへ~。味覚さんをみっちーと同じにしたかったんだ~!」

「なんだよそれ……」


 そう言って沙那は、ありがたそうに『あったか~い』缶を撫でながら自分のほっぺに押し当てる。


「ごくごくごく……っ。ぷは~!」

「ど、どう? 人生初ブラックコーヒーのお味は」

「ううぅ、にっがぁ~いっ! こんなの罰ゲームで飲むやつじゃあん!!! 私の舌がまだおこちゃまってこと⁈ ぶー!」


(か、かわええ……)


 こんな風に、自分の気持ちをごまかすのはもう限界に近かった。


「だからプレゼントまで買ってきちゃったんだよな……」

「え、なんか言った⁈」

「いやなんにも!!!!」


 トートバッグの中に隠し持っているプレゼント。昨日わざわざ買いに行ったものだ。もちろん沙那に渡すため。

 ……まさかアウトレットの外で沙那と遭遇するとは思わなかったけど。


 俺はド童貞。一応とはいえ恋愛経験を踏んできた沙那と比べたら、どうしても奥手で情けないところがある。

 手を繋いだり、スキンシップをとったり、わざとらしく甘えたり。沙那が俺と過度に近づくのを恥ずかしがっているのは明らかで、その真意だって正確にはわからない。


 俺だけが浮足立っている可能性、『幼なじみ』という一生かけがえのないポジションをこんな気の迷いみたいなドキドキで無くすリスクだって怖い。


 けれど。


 ――もう、伝えずにはいられない。桐龍と沙那が偽装デートをしているときに気づいた、あの欠如感は二度とごめんだ。


 俺は沙那に幸せになって欲しくて、俺が沙那を幸せにしたかったのだと気づいたから。


「こんなに苦いのが飲めるなんて、みっちーはカッコイイね?」

「げ……。大げさだって!」


 沙那が俺の様子をうかがいつつ、上目遣いで言ってくれる。

 極めて好意的にとるならば、俺にアピールしているようにも見えてしまう。最近の沙那のこういう『かわいさ』の積み重ねで俺の心は徐々に揺れ動いてしまったわけだが……。


 まあ、関係ないよ。沙那が俺のことをどう思っていようが、俺は今日しっかりと気持ちを伝える。そう、めちゃくちゃ頑張って……。


「ううん、かっこいい! めちゃかっこいいと思う!」


 キラキラと瞳を輝かせながら見られる。もう吸い込まれて『俺、この戦いが終わったらお前に……』って言いそうになる。


 いやいやそんな死亡フラグみたいなのは建てないっ!!!


 なんて心の中をわちゃわちゃさせていると、


「あ、二人がお店から出てきてこっちに歩いてきてる!」


 沙那が遠くのほうを指さす。その延長線上には……もちろん高身長の爽やかイケメンとロングヘアーのモデル級美女。


「ごっほん! いよいよか……」

「なにそのわざとらしい咳!」

「うっせうっせ、マジでうっせ」


 2人揃って、木陰に身をひそめる。

 公園の入り口に足を踏み入れた奏さんはまるで合図をするように俺らにだけ見える角度で親指を突き立てた。



 仇敵・桐龍櫂斗が罠にかかった。いよいよ、試合ショーが始まる。


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