28.サンタさん

 ※今回は、沙那視点でお送りいたします。


 クリスマス前、最後の日曜日。私はあのアウトレットへと来ていた。

 理由は一つ。


「じゃあ……このマフラーをください。クリスマス用のラッピングとかって、できたりしますか?」


 そう、大切な人のサンタさんになるためだ。そして私の心の中の王子様はもう決まっている。


「みっちー、喜んでくれるかなぁ……」


 ガサガサと紺色のマフラーを赤と緑のラッピングにくるむ店員さんを見ながら、ポツリとつぶやいた。


 私にさんざんイヤなことをしてくれた櫂斗くんには、まず仕返しをしてやる。じゃないと割に合わない。


 ただ……、それだけじゃ寂しい。人を陥れることが幸せだとは思えないよ。

 私にとっての幸せ……、やっぱりだーいすきな男の子と一緒の時間を過ごすことには何も勝てない。だってちょっとわがままな女の子なんだもん。


「だから伝えるんだ、私の気持ち……」


 櫂斗くんと付き合い始めたときに意識したけど、やっぱりクリスマスは好きな人と過ごすのが憧れだった。

 女の子の心って不思議だね。何年も一緒なのに、今さらこんなにジンジンと熱くなるなんて。みっちーのことを想うとぎゅうっと胸が締め付けられて。


 けど、伝えずに後悔はしたくない。

 ここにきて幼なじみを好きになっちゃうなんて変な気しかしないけど、そんな怖さだけで諦めきれない。


 私は店員さんから渡されたマフラーを胸で抱いて、アウトレットの外へ出た。




 ♢




「さっぶいなぁ~。もう今年も終わっちゃうもんね」


 いいなぁ、周りはカップルばっかりで。クリスマスがこんな特別ロマンチックに感じられるのは、きっと寒いからだ。寒いから人といたくなる。家族・恋人・親友。誰でもいい。誰かのこぼれるぐらいの愛情に包まれたくなってしまう。夏ぐらい暑いと、なんか違う。


 吐く息が白い。紙袋を持つ手が痛い。


 そして……。


「ちょっと、さびしい」


 ダメだこりゃ! 誰かのことを考えれば考えるほど沼にハマっていく……。この感じは櫂斗くんで予習済みだ。


「明日は私にとって大事な日。風邪ひかないように早く帰んないとだね」


 櫂斗くんへ痛烈な復讐をお見舞いして……、そして大好きなみっちーに想いを伝えるんだ。

 ゴール地点とスタート地点が同時にあるような日。今からソワソワしてしまって、お腹の下のほうがクチュクチュとざわめく。


 そんなときだ。私の思考が一瞬でショートしてしまったのは。


「ゆ、雪……」


 も降ってきたけど! そうじゃなくて、あの人混みの中にいる男の子……!




「みっちー……、みっちーだっ!!!」




 間違えるはずもない。私がいま一番会いたくて、大好きな男の子。彼が一人で、真っすぐ歩いているのを見つけてしまった!


 私は走った。人混みを押しのけつつ、「ごめんなさい」と言いながら。


 そしてとうとう……、


「さ、沙那……?」

「なにしてんのさ、みっちー!」

「いやそれはこっちのセリフなんだけど……」


 地下鉄に続く階段を下っていこうか、という寸前で捕まえることができた。

 今日こんな場所で会えるとは思っていなかったから驚きが大きい。


 けれど。そんな驚きを飲み込むがごとく押し寄せてきた感情。


「え、ちょ、いや! みっちー待ってよ、この持ってる紙袋はそういうことじゃなくて……っ!」


 ――そう。『照れ』である。


 文化祭のとき、あんなに挙動不審でアピールしたもんだから私たちが一緒にいるときはほんの少しお互いに変な意識をするようになってしまった。

 だが、それだけではこんなに照れない。


「お、俺だって!」

「……」

「……」


 たまたま出会った私たちは、たまたま同じ紙袋を持っていた。アウトレットの中にある洋服屋さんの紙袋。


 私はみっちーのためのプレゼントを買ったんだけど、まさかみっちーも同じことをしてくれた……?

 いやいや落ち着け私! ただ一人で買い物をしにきただけかもしれないじゃん! それにサプライズ的にプレゼントは渡したいから、変な察しをされないようにしないとだ!


「沙那、それ……」


 みっちーが紙袋を顔の前まで上げる。『同じものだよな』って照らし合わせるように。


「じ、自分のお洋服を買っただけだもんっ! あ、あははー! こんな偶然ってあるんだねー!」

「はっ……! 俺も自分の買っただけだから!」


 この図星感――かわいすぎるんだけど⁈ え、ちょっと期待してもいいですか?


「じゃあなんでそんなにドギマギしてるのさ! 焦んなくたっていいじゃん!」

「そ、そんなのお互い様だろ⁈」

「私はみっちーにばったり会ったことにびっくりしてるんです~」

「なんだよそれ……。俺をエンテイとかスイクンみたいな扱いすんなよ……」


 あはは、めっちゃ楽しい。こうやってみっちーと気兼ねなくおしゃべりするのはやっぱり一番しあわせだ。


 冷静になって見てみると最近、みっちーの様子が少しおかしくなってきてるのは明らかで。あの文化祭の日、ちょっとは頑張ったかいがあったかな?


 明日の聖なる夜に、どんな結果が待っているんだろう。


 うん、それも全部わたし次第だもんね! だから私は頑張ると決めてる。『終わらせる』ことも、『始める』ことも。


 そんな強い気持ちを持ちながら紙袋を抱きかかえて、


「ねぇみっちー」

「なんだよ改まって」

「みっちーは、サンタさんっていると思う?」

「高校生の会話とは思えんな……。いないよ。さすがのぴゅあぴゅあ沙那さんだって

 サンタはさすがにいないってわかってるだろ?」


 私は一歩、みっちーのほうへにじり寄る。


「ちっちゃいころはママやパパが枕元にプレゼントを置いてくれてたのはさすがに知ってるよ。でもね――」


 そして、少し緊張しつつ口を真一文字に結ぶみっちーに上目遣いでこう言ってやった。


「明日はみっちーのところにちっちゃなサンタさんがやって来るかもね、楽しみにしててよねっ!」


 みっちーは口をパクパクして、「むぅ」と難しそうな顔をしていた。私をウブだってずっと言うけど、キミも大概だね???






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る