26.沙那の計略

「なんだったんだよ、沙那のあの感じはさ……」


 そろそろ桐龍との偽装文化祭デートとの時間だということで、俺は一旦沙那と別れた。が、心はずっとざわざわとしている。


「10年近く一緒にいるのに、今さら態度や接し方が変わるなんてことがあるのか……?」


 あまりないと思う。インターネットの『これで好きな人と付き合えるかも⁈ 必勝テクニック7選!』みたいなキショい記事には3回目のデートで告白しろ、と書いてあった。


 なんで回数で恋のゆくえを決めることが必勝なんだ?

 なんて童貞なりにいっちょ前にムカついたが、今ならなんとなく意味がわかるような気がする。


 時間が経てば経つほど、誰かを思う気持ちは良い意味で落ち着いていくからだ。

 でもそれは、熱量が下がったわけじゃない。

 ごうごうと燃えている赤い焚火より、実はパチパチと音を立てながら橙色に燃える焚火のほうが高温なのと同じ。


 けど。異性としての『好き』はまた話が違っている。燃え盛るような情熱があるときに衝動的に、一気に薪をくべてしまうような激しい営み。これが、恋愛における『好き』だ。


 さっきは変な妄想をしてしまったが、やっぱりどれだけ考えても沙那がホンキで俺に恋愛的な『好き』を持ち始めるなんてことはありえない気がする。だって俺らの関係はもう、橙色に燃える焚火なのだから。何年も前から。


「どれだけ相性がよくて、どれだけ信頼できて、どれだけ人間的に魅力があっても……ここにきて沙那のフラグが立つことはないだろ」


 羽井田沙那という女の子が、可愛くない。付き合いたくない。そんなことを言う男はまずこの世にいないと思う。

 それは俺も一緒だ。それに俺は、他の男よりもきっと沙那に近い場所にいる。


 けど、近いのに絶対に届かない距離。伸ばした手が不思議な力でぐにゃりと曲げられてしまうような、そんな魔法の壁がある。そう、幼なじみという壁が。


「はぁ。冷静にいこうぜ俺くんよ」


 余計なことは考えなくていい。今は、クリスマスの計画に全力で集中だ。

 そのカタルシスの先に――沙那の次の恋だって待っているはずだから。




 ♢




 沙那と桐龍の偽装デートが始まった。俺は物陰に隠れつつ、2人を尾行。沙那は桐龍の『好き』ポイントを貯め、俺は騙されている桐龍の滑稽さを陰で笑う。


「おまたせです、櫂斗くんっ!」

「さぁちゃん、久しぶり……っ!」

「私、すっごく会いたかったですよ!」


 沙那はしっかりと『おにゃのこモード』の仮面をかぶっていて。

 清楚っぽく落ち着いているのに、ちょっとあざとい。好きな男にぶっ刺さるために、沙那が頑張って演じる女の子像だ。


「ホントにごめんね。自分勝手にさぁちゃんのことを蔑ろにして、いっぱい傷つけた。目いっぱい反省したよ」

「……いいんですよ。櫂斗くんのことがだーいすきですから、ずうっと信じてました!」

「……やっぱりさぁちゃんは最高の彼女さんだな。もう一生裏切るようなことはしないから! 俺はさぁちゃんのことしか見てない!」


 見事なまでに二人ともウソしかついていない。ここまでくるとコントみたいだなおい。沙那と俺は桐龍がウソを吐いていることを知っているのだが、桐龍は知る由もない。


「その言葉、信じますよ?」

「うん! ウソはないから!」

「……櫂斗くんとこうやってまた仲良くできて、しあわせですっ!」

「俺もだよ! さぁちゃんちゅきちゅきっ!」

「もう、すぐ調子をよくするんですから~」

「あはは、ごめんね! 俺、こういう性格だからさ!」

「はい、よく知ってます~。私も、そういう櫂斗くんのことがちゅきちゅきですっ!」


 目を見合わせて笑い合う2人。沙那はマフラーに顔をうずめてまでいる。それがいじらしくて可愛すぎる。


「2人は、こんなカップルだったんだろうなぁ……」


 ぽつりと呟く。お互いがお互いの機嫌をとるために媚び媚びの演技をしているという奇妙な状況なのだが、まるでアツアツだった時期の再現を見せられてるみたい。


 桐龍が調子のいいことを言って、沙那が照れつつそれに応える。

 めっちゃいい恋人どうしだ。


「じゃあ行きましょうか、櫂斗くんっ!」


 沙那が、桐龍に手を差し出す。


「さぁちゃんから手を繋いでくれるの? めっちゃ珍しい!」

「仲直りの記念ですよ~。……私も、もっと櫂斗くんが喜んでくれるようなカノジョさんになれるように頑張りたいんですっ!」

「ねぇ、ほんとだいすきだわ。こんなことされたら、さぁちゃんのことしか考えられなくなっちゃうよ?」


 それでいい……はず。だって、桐龍が沙那に惚れ直せば惚れ直すほど聖夜に振ったときの落差ができるから。

 そのために沙那はこうして、桐龍を誘惑するような演技を頑張っている。


「…………それでいいんじゃないですか?」

「えっ」

「私のことで頭い~~~~~っぱいになって、おかしくなってくれてもいいんですよっ!」

「さぁちゃん……」


 桐龍が完全にうっとりとした顔をして沙那と手を繋ぐ。

 沙那の細くて白い指が、桐龍のゴツゴツした大きな手におさまっていく。


「おらおら、そんな男をたぶらかすようなことを言う娘にはお仕置きが必要だね?」

「ちょ、ちょっと……っ! 手をもみくちゃにされたらくすぐったいですよ櫂斗くんっ!」

「あはは、その声もかわいいっ! さぁちゃんだいすき!」


 ねっとりと指同士が恋人繋ぎで絡み合い、2人は肩が触れるほど距離を近くする。


 これでいい。

 計画的にはこれで完璧で、最高なはずなんだけど……。


「なんで俺は……ちょっとダメージを喰らってるんだ?」


 桐龍に天真爛漫な笑顔を向ける沙那を見て、俺はぽっかり胸に穴が開いていることに気づかされた。

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