13.幼なじみじゃなく、『女の子』として

「じゃじゃ~んっ! こちらが私の因縁の地になりまぁす!」

「いや血の気モリモリバスガイドみたいに言うな」


 俺のナイスフォロー(自分で言う?)のかいもあって気楽そうにはしゃぐ沙那と手を繋ぎながら歩いてきたのは……、


「ここいらで一番大きなアウトレットか」


 ついつい見上げてしまうぐらいの規模。色んな建物が立ち並ぶこの繁華街でも際立って大きい。まるで魔王城みたいだぜ。


「ほら、ここだよここっ!」


 沙那がとある写真を見せつけてきた。それは、このアウトレットをバックに桐龍と沙那が自撮りをしているものだった。桐龍の両手にはブランドものの洋服やアクセサリーの紙袋が握られているのに対し、沙那はがら空き。


 きっと、自分が周りたいコースに沙那を好き勝手連れ回したんだろう。写真の沙那も心なしかつくり笑顔。


「櫂斗くんは自分の行きたい場所ばっかりあっちこっち連れ回してさぁ! 私、ワンちゃんじゃないのにね~」

「あぁ、なるほどな。でも、俺はなにをしたらいいんだ?」

「かんたんだよ。楽しい思い出に変えてくださいっ!」


 沙那のトラウマじみた記憶が俺なんかで上書きできるなら何でもやるが……。いかんせん俺もベタなデートコースというのがわからない。沙那がやりたいことに、そのまま付き合ってあげるのがいい気がするな。


「ちなみにしたいこととかはあるのか?」

「したいこと~?」

「うん。食べたいものとか買いたいものとか……」

「ねぇ、ちょっと意地悪なこと言ってもいい?」

「え、あ、そういうの大好きだ」


 ナチュラルアナ雪みたいになったんですが? 王子様が役不足すぎるだろ。ほっといたらオラフより地蔵だぜ俺。


「みっちーの考えたデートコースで今日は楽しみたいなぁ~(ちらちらっ)」

「えぇ……」

「めんどくさいよね? ごめんっち!!!」

「死ぬほどめんどくさい」


 し、定番のデートコースってそもそも何なんだ。今まで縁のなかった話すぎて困るんですが……。女の子と男の喜ぶものって絶対違うもんな。


「だってぇ~、私が行きたい場所に行ったらそれだけで勝ち確定じゃん!」

「それはダメなことなのか……?」

「ダメだよぅ! 『はわわ~、男の子がこんなステキなデートをしてくれたんだぁ!』で、塗り替えたいのっ!」


 注文が多いな。俺以外の人ならもっと怒ってるんじゃないか? 


「ほら、私を喜ばせてみてよ~!」

「意訳すると、『殴って良いよ』ってことでおけ?」

「ひゃう! だめっ! ぼうりょくはんたーいっ!」


 沙那はスマホに映る桐龍との写真をふんふんと俺の目の前で振り、


「ねぇ、これより楽しいデートしたい~っ! 今日は私をカノジョだと思って!」

「俺だからってワガママばっかり言って……」

「悪いとは思うけどさぁ。ね、この通りだよっ!」


 それだけ言われたら断れないって。それに桐龍ごときのデート内容、完勝して悦に入りたい自分もいる。というか、負けない……でしょ。沙那の好みはある程度わかるし。


 なにより! これはいつか来たる俺のデートの模擬戦だと思って! よっしゃ、絶対に沙那を楽しませてやる! いつか、本番のデートが来るもんな! 俺の人生にも!(信じ込ませるように)


「わかった。じゃあ今日はデートの想定でいこう。苦痛だったアウトレットデート、全部塗り替えようぜ」

「ねぇ、みっちーホント優しい。しゅきしゅきっ!」


 軽口を叩きながらも俺の手を大事そうに握ってくる沙那。ふにふにと指がいじくり回されて……俺の手は玩具じゃねえぞおい。


「……ホント、良い家の子らしくお淑やかにしてたらもっとかわいいのになぁ」

「よそではもっとレディーやらせてもらってますぅ~」

「桐龍を釣りあげたときみたいにな」


 ……電話のときの沙那、今思い出しても可愛すぎた。俺がこのグイグイ幼なじみモードに慣れているのもあるけど、新鮮で清楚系女優みたいで……。ギャップ萌え? ってやつ。あれで絡まれたら、多分俺がオチるのも時間の問題だったな。


「アレは好きな男の子にしか見せられないお顔なんで~。撃墜数ゼロには言われたくあっりませーん。べぇ~」


 ぐ……。今のは墓穴。野球中継を見てるオジサンがプロの選手にやいのやいの文句を言っているような滑稽さがあった。テレビでW杯を見てるだけなのに『日本はPK下手』とか知った口で言ってしまえる滑稽さ、でもいい。


「あ、でも今日は私とみっちーのおデートだもんね?」

「そう、だけど」

「それじゃあ、特別ね~」

「え、なにが?」


 おいまさか。


 急展開にあたふたしていると、沙那は俺の鼻先をツンとつついて。


「今日だけは、ホンキの『おにゃのこモード』で横を歩いてあげるっ♡」

「ちょ、マジ?」

「まじだよー。ほんっとに特別ね?」


 トテトテとどこかへ走り去っていった。


「おにゃのこ……モード……?」


 普段、俺に接する沙那は完全に幼なじみモードってことか。あけすけと無遠慮に接してくるし居心地は抜群だけど、いわゆる男と女の感じじゃないと。


「も、もしかしてヤバいんじゃ……」


 でも今から、あの桐龍をオトした小悪魔の沙那がやってくるわけだろ⁈ 俺も危うく理性を吹っ飛ばされそうになったアレだろ⁈


 「震えてきたかもしれない……」


 そもそも沙那に泣き疲れて以降、『うわ、今めっちゃかわいかった……』とときめいたのは一度や二度じゃない。


 飽きるほど知り尽くしているはずの幼なじみモードで俺のことをドキドキさせてきた沙那が、ホンキで小悪魔女子の一面を見せてくるならば――。




「みっちー……いや、道貴くん。お待たせしました!」



「これ、何かが歪んじゃうのでは……?」


 戻ってきた沙那はラフなビッグシルエットパーカーから、なんと服を着替えていた。

 白いもこもこニットに、ベージュのふわふわスカート。アウターに大きめのコートを羽織り……頭には小さなベレー帽まで⁈


「今日のデート、ずうっと前から楽しみにしてました! 道貴くんはどうですか?」


 アゴの下に指を当てながら、上目遣いで問われる。


「大人っぽくて、ちょっとあざとい……ッッッ!!!!」


 なんっっっだよこれ⁈ 男からしてもはや完璧、としか言いようがないフォルム、バランス感覚! いつものわがままで奔放な沙那はどこへ行ったんだ⁈


 ……これが。羽井田沙那という女の子の。ホンキ。

 どうやら桐龍との恋愛を経て、とんでもなく化けてしまったようです……!


「うわ、うわうわっ……可愛すぎるって……」


 俺らは異性としての目線は一切なしで関わってきたというのに……。

 幼なじみとしての俺、そしてれっきとした思春期の俺。両方の自分が心の領地争いをして、グラグラと惑わされるような感覚……っ!! 怖い、沙那にオチてしまう可能性がじんわり見えてしまうのが怖いんだ!!


「かわいいですかぁ? ふふ、道貴くんは正直者ですね。私ももっと好きになっちゃいますよぉ♡」

「どうどう落ち着け。もっとわがままに俺を振り回してくれないと沙那らしくないぞ!」

「振り回す……ですかぁ?」

「そう。俺にして欲しいこととか、自分がやりたいことを容赦なく叩きつけてくるのが羽井田沙那という幼なじみで……!」


 そうだ。何かこの女の子からわがままを引き出せばいいんだ! そしたらこの蠱惑的な化けの皮も剥がれて、俺も一旦落ち着けるはず……っ!


「なんでもいいからお願いを言ってみろ! いつもみたくわがままにっ!」

「お願い……そんなのないですよぉ!」

「ちょ、沙那……!」


 だが、沙那は俺の想像の何十倍も仕上がっていたようだ。自分がガンガン前に出るのではなく。あくまで好きな男を撃墜するミサイルのような凶悪な可愛さを持つ、『おにゃのこモード』の羽井田沙那として……!


「ふふふ。道貴くんのそばにいられればそれだけで十分ですん♡」


 ――脇の下から腕をくぐらし、俺のそれと組んだ。


 桐龍相手だから使っていただろう敬語。『みっちー』としか呼ばれたことがなかったのに、名前+くん呼び。


 これは……、これは……!


「さ、今日は目いっぱい二人で楽しいことしましょう……ね?」

「あぁ、あぁ……」


 ニットで強調された胸元に、俺の肘をわざと押し当てながら沙那が言った。

 もう一ラウンドKO負けは確定的。お手上げだよ。こんなギャップで萌えさせられたらもう……さ。


 俺の幼なじみ、知らない間にこんな魔性の女性になっていたんですか……?


 正気ではいられなさそうな疑似デート、俺が骨抜きにされるか沙那がさすがに恥ずかしくなるか。

 わけのわからない場外乱闘が始まりました……!

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