4.幼い笑顔

「うわ~通信繋がったぁ~!」

「今でもいけるもんなんだな、サンテンドーDSの通信って」


 ノルマでもあんのか? って勢いでポテチをせっせと口に運びながら、画面をキラキラした瞳で見つめる沙那。


 DSの通信、これは小学校のころ毎日沙那としていたこと。


 桐龍に振り回されて、今の沙那は疲れきっている。きっとイイ女の子になろうとして、背伸びや努力もしてきた。

 それ自体は素晴らしいことだけど……やっぱり大変。


 だから一旦、俺と肩の力を抜いた遊びでリフレッシュがしたいというわけ。

 迷う理由もなくオーケーだ。


「ってか、みっちーのDSもなっつかし~」

「変わってないでしょ?」

「そうだね~、相変わらずバケモンパンのシールを貼りすぎてる」

「小学男子にとってシールの多さはステータスだからな」


 目をまん丸にしながら、爪を立てて俺のDSの背面のシールをカリカリする沙那。


「わ、やっちゃったごめん」

「うわーなにしてんだよー。これは処刑ですね」


 サナ の ひっかく!

 こうかはばつぐんだ!

 キラチュウは たおれた!


 ……要するに『キラチュウ』のシールが取れた。


「でもでもでもぉ! 処刑はやりすぎだと思います、さいばんちょー!」

「……うん、やりすぎだな」

「さいばんちょー! ちょーえきぐらいがふさわしいと思いますっ!」

「ふさわしくねえよ重すぎんだろ。なんだそのガバガバ弁護士」

「え~、でも刑務所ってどんな感じか気になるし一回は入ってみたいんだよねぇ~」

「そんなメイドカフェぐらいの好奇心で行くとこじゃねえよ」


 そうそう、この感じ。沙那がぽわぽわと天然ボケをかましてくる感じ。

 ずっとこんな会話で笑ってたなぁ。


「さっすがみっちー。ナイスツッコミ。この世で一番面白いよ~」

「いや冷めるわ。一番じゃなさすぎて!」


 少なくとも俺より嘉門達夫とアンミカと今のジャイアント白田のほうがおもしろい。異論は認めません。


「褒めるならちょうどいい感じで褒めろよ」

「あははっ! このノリもなつかし~っ」

「ホントにな。小2ぐらいからやってんじゃない?」


 沙那と話すのマジで楽。付き合いが長い分、相手の考えていそうなことがわかるし、お決まりの会話パターンがあったりするからな。

 

「みっちー、コースどこがいい?」

「んー、久しぶりだし簡単な『マリ男サーキット』とかかなぁ」


 俺たちがやっているゲーム――マリ男カート。サンテンドーの人気おじさんキャラ・マリ男が主役のレースゲーム。高校生になった今でも当時のデータが残っててスゴい。


「じゃ『マリ男サーキット』にするね。みっちー……じゃなくて

「おい頼むから俺のユーザーネームに触れないで」


 マジではずいから勘弁してっ!

 小学生のころはこれがおもろいと思ってたんだよっ! 小学生なんて、この世の何より下半身の部位とそこから出る有象無象がツボなんだからさ!


「こんな名前にするほうが悪いんじゃ~ん」

「それはそうだけど……」

「あ~あ。将来生まれるみっちーの子ども、超かわいそう」

「こんなふざけた名前つけるかあっ!」


【命名】市川おしっこマン


 ……なんでデフォルトで呪いの装備ついてんだよ。どんだけ不憫な子なんだよ。


「沙那は普通に『さな☆』でズルいぞ」

「女の子はそんなつまらないことでキャッキャ笑わないんですぅ~。男の子っておバカさんばっかりぃ~」

「お前に言われるか……」


 沙那が唇をとんがらせていると、DSのロードが終わりスタート前の映像に変わる。


「よぉし、負けたら帰りに肉まんおごりね?」

「言ったな? 俺のほうが圧倒的に勝ち越してたのに」

「だいじょーぶ! 最近よくないこと続きだったから、そろそろ良いことがくる順番だもんっ」

「すっごいギャンブラー思考……」


 目を大きく見開いて画面に集中。ふんすという沙那の鼻息が荒い。

 今月は金欠だから肉まんのおごりもイヤだけど……それ以上にプライド的に負けたくないっ!


「ぜーったい負けないよぉ~! たたき潰してやるぅ~!」

「普段おっとりしてるのに、ゲームになると急にメラメラ燃えるのも相変わらずだな……。でも、勝つのは俺だ!」


 だって俺はVS沙那で勝率7割ぐらいを誇っていた名レーサー!

 数年のブランクがあったとはいえ、衰えたとは思われたくない!


 3、2、1……プーン!

 というスタート音でレース開始!


「うわっ!」

「ひっひ~、スタート失敗してるじゃ~ん」


 くっそ! スタートダッシュをしようとしてアクセルを早くかけすぎた!

 黒煙のあがった車がバフン! と揺れ、1秒ほど出遅れる。


「おっさきぃ~♪」

「こんなの全然大丈夫。コンピューターなんていないも同然っ!」


 俺と沙那は何百回とレースをしてきて、追いつけ追い越せでゲームを上達させてきた。つまりCPUなんてまともに勝負にならない!


 10/12を占めるCPUは俺らのレースを特等席で観戦しているだけの賑やかし! 授業参観!


「……つまり、敵は沙那だけだっ!」


 出遅れた俺は終盤に逆転を狙う『まくり』に作戦変更。

 上位集団を走っていても標的にされるし、アイテムだって弱い。


 なら終盤まで後方で待機。

 雑魚CPUなら地力でかわせるし……うん、理にかなってる!


「みんなおっそ~い! これレースだよ⁈ 『マリ男ドライブ』じゃないんだよっ⁈」

「そう言ってられるのも今のうちだよ」


 2位に半周近く差をつけて独走の沙那。

 曲がり角ギリギリを攻めるドリフトでどんどんと差を開いていく。


「よし、そろそろ仕掛けるか」


 あと1.5周ぐらいでゴール――折り返しに到達して、俺が動く。

 思い描いていた目当てのアイテムをボックスから引き当てる。


「……忘れたのか、沙那」

「んぐ、まさか……っ」


 俺の作戦を察して、沙那がわかりやすく焦る。


 さぁ思い知れ沙那。

 独走しながらも首元に刃が突き立てられていたことを……。

 単騎の逃げが、なにより無防備で格好の餌食にしかならないことを……っ!


「何事も……追うより追われる方がしんどいんだ…………ぞっ!」


 シュイン、という音を放って俺のカートからアイテムが飛び出す。


「ハネこうら……ッ!」


 1位をめがけて飛んでいき、大爆発で車体を空中に打ち上げる最凶妨害アイテム――ハネこうら。


 くっくっく。沙那よ、お前の天下もそれまでだ。

 ハネこうらという名の余命宣告、青い爆撃が間もなくお前を地獄に叩き落とすっ!


 それまで――、




「震えて、待て」



 ハネこうらがコース上を光の速さで疾走。

 沙那のカートに吸い込まれるように一直線。


「みっちー、アナタなんてものをっ!!!! 最初からそれが狙いだったのねっ⁈」

「……言っただろ? 敵は沙那だけだ、って」

「くっ……! 計ったねこの外道っ! 悪魔めっ……!」


 なすすべなくハネこうらの接近を見ているしかない沙那。

 それを尻目に、5位、4位……とコーナリングで順位を上げていく俺。


 ――そして、ときは訪れる。


 ピ、ピ、ピ、ピピピピ……っ!


 沙那のDSから鳴り響くけたたましいアラーム音。


「ぐっ……ここ……まで……なの……?」

「あぁ、ヤツがきた」


 そして俺はコースが直線なのをいいことに、画面から目を切って青ざめた沙那の顔面をガン見。


「……蒼い撃墜王のお出ましだ」


 天空から沙那をめがけて、ハネこうらが落下。

 沙那のカートは無慈悲にも爆撃され、空中へと吹っ飛ばされる。


「あぁ……あぁ……っ!」


 ルアーで釣り上げられた海魚がごとく無力に空中を舞う沙那の車体。


 その真下を、俺の車体が通過。

 ひらりと前に躍り出て、俺の画面の『2位』の文字が『1位』に変わる。


「…………それじゃ、おさき」


「みっちいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッッ!!!!」


 沙那が足元の砂をズザザと踏みしめる。


(…………あれ、俺らなんでこんな激アツバトルマンガの登場人物みたいな立ち振る舞いしてんだ? ヒートアップしすぎてね?)


 あと半周、6位に後退した沙那はカートが曲がる方向に体ごと傾ける。必死。


「お願い、赤こうらが欲しいの……神様っ!」


 念じながら沙那が取った最後のアイテム。

 その中身は……?


「ふっ……楽には勝たせてくれないね、沙那」


 訊くまでもなかった。

 沙那のニヤっとした挑発的な笑みが、意中のアイテムを引いたことを物語っていたから。


「よし……これなら勝てるっ!」

「おい沙那! 早く赤こうら使えよっ!」


 一つ順位が前のカーを必中でクラッシュさせられる強アイテム――赤こうら。

 なんと沙那は、それをストックしたまま地力で順位を進出してくる。


 4位、3位……。

 ひたひたと悪魔の足音が聴こえてくるようだ。


「ううん、まだ。まだ使わないっ! いつ使うか……みっちーならわかるでしょ?」

「ぐ……」

「……そう、敵はみっちーだけだからッ!」


 そして、俺が最後のカーブを曲がってゴールテープ前の直線に入ったとき。

 沙那が執念のイン突きで2位のCPUを強行突破。


 文字通りがら空きの背筋に悪寒が走る。


 ラストの直線――視界に捉えるのは俺の車体のみ。

 真後ろに……鎌を持った死神。


「いや~、負けたかと思ったよ。みっちー」

「なんでだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!」


 沙那はニヒルに笑いながら、アイテムボタンを押して赤こうらを発射。


 ゴールテープまで逃げ切れるはずもなく、俺のDSからアイテム接近音が鳴る。

 それは一瞬のうちに――ガシャーン! というクラッシュ音に変化。


「はぁ、あーぶなかったぁ~!」


 回転する俺を尻目に、ほっとした笑顔を見せながら勢いよく沙那が先頭でゴールイン。


 ちなみに俺は……?


「ちょ、わかった! わかったから進ませてくれ!」


 後ろからスターのCPUにぶつかられ、サンダーを落とされ、巨大化したカートに踏みつぶされ……ゴールを目前にボコボコになぶられていた!


 おいクソCPUどもがっ! 俺に親でも殺されたんか⁈ 

 やってねぇ! 俺、サンテンドー大量殺人事件の主犯じゃねえっ!


 前代未聞のDSで台パンしてやろうか⁈ あぁんっ⁈




 さな☆:1位

 おしっこマン:12位





「やったぁ~! 私の勝ち~、ふっふ~♪」

 決定的な差がついたリザルト画面を見て、無邪気に笑う沙那が調子よく俺の肩に手を回してきた。


 宴中の海賊みたいに、俺の体を左右に揺さぶりつつ――。


「恋愛もマリ男カートも、私のほうがはやいってことだねぇ~!」


俺の肩に頭をとん、と預けてきた。

ち、ちっくしょお! 心が疲れてるからだろうか、距離が近い! べらぼうに可愛い……っ!


「うひひ~、みっちーのざーこざーこ」

「……う、うるせぇ。ていうか俺らガチすぎたって……」

「なんで負けたか明日まで考えておいてください!」

「うっせ、もう1戦!」

「はぁ、仕方ないね! いいよ、付き合ってあげる~っ!」


 ……沙那の服からふわっとただようベリー系の甘い香りで、『ちゃんとオトナの女の子になってんじゃん』と脳天がぶっ飛びそうになる俺だった。


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