秘めごと

 加賀谷の髪を染めた日のことをよく覚えている。さらさらした彼の髪を触っていると、胸が疼いた。目を瞑って、俺の手にゆだねている加賀谷の表情を見ながら、一房ずつピンクに染めていく。素直な毛質が、そのまま彼を体現しているかのようだった。俺は加賀谷が好きだ。しかし、この感情は秘めておくと決めている。こんなことを知っても、彼は迷惑に思うだろう。男に好かれるだなんて、彼も経験ないだろうし。いや、どうだろう……彼の可愛らしいといっていい容姿が男を寄せつけていたかもしれない。そういえば男子高出身だと言っていた。もしいたなら……突然の嫉妬心が胸を締めつける。くそう、彼からは度量の広い男だと思われているが、その実こんなものだ。愛によって心を簡単に焦がしてしまう程度の男なのだ。それでもふと感じる、彼を手に入れたいという衝動を消し去ってしまうことはできない。この気持ちはなくさないまま、片想いとして胸にしまっておこう。そうして何も秘めていないようなからりとした表情を、彼に向けておこう。そうすれば別れずに済む。彼の友人として、永久にその隣を埋めておける。

 ゴーカートの持ち場から、露店はよく見える。100万カラットの彼の笑顔もちらちらと見える。あんな笑顔をタダでもらっている客に嫉妬する。彼のこととなるとみみっちくなる自分を嫌になりながら。彼の光はここまで届いて、こちらの動きを活発化させる。力が漲る。バイトが終わったら一緒に帰るのだが、その時間が待ち遠しい。子どもがこちらを見てきょとんとしている。

「お兄さん、顔、赤いね。どうしたの?」

「いや……暑さに当てられたんだよ」

「ふぅん」

 無邪気な子どもに言えることはそれくらいだ。胸の内でどんなに加賀谷を想っているか、無関係の人間にもわざわざばらそうとは思わない。そうするにはあまりに甘く重い感情だった。加賀谷と目が合う。とびきりの笑顔で手を振ってくる。俺は頷いた。これだけで後80年は生きていける。

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