第2話サークル

しばらくした日の夏休みの一日。



サークルを見にキャンパスまで足を運んだ。



自転車で長い坂道を上っていく。夏の暑さをいや増すように、汗がだくだくと頬をつたい、体中にまみれた。



抜けるような夏空のもと、じわじわいうセミの鳴き声も、いいBGMだ。



途中立ちこぎをしながら、坂の上まで到着する。自転車置き場でチャリを止めた後、これまた長い階段をのぼっていく。



予定時間より少し前に体育館に到着すると、ジャージに着替えた男女が、ぞろぞろと集まって、話をしたり座ったりしていた。



「よ~し、そろそろはじめるぞ~」



おもむろにキャプテンのような人がでてきて合図をすると、サークルのメンバーがネットを張り始め、バレーボールを用意し始めた。人数的には25~30人くらいだろうか。この暑いのに、いろんな男女が集まってきていた。



「お、見ない顔だね。はじめて?」



「あ、は、はい」



「どこの学部?」



「経済です。一年の加藤です」



「ああ、そうなんだ。オレは工学部3年の金井。よろしくね」



「はい、どうもよろしくです」



「バレーは、経験あるの?」



「ええ、一応・・・。高校の授業でやったんですけど、割とうまくできるなあと思って」



「ああ、そうなんだ。まあゆるい感じのサークルだから、まったり楽しんでいってよ」



 続いてキャプテンと思わしき男が近づいてきた。



「おお、こんにちは。ほかのサークルなんかも掛け持ちしているの?」



「いえ、全然。テニスのほうを見に行きましたけど、最初の飲み会行ったきり、それっきりで」



「おお、そうなんだ。ウチは規模が大きいし、今年は入部者もそこそこだから、ぜひ見ていってくれよな!」



「ああ、はい」



「オレはこのサークル『ラ・フィーグ』のキャプテンをやってる柴原という者だ。法学部4年。けっこう忙しいけど、このサークルでは1年の時からいて、けっこうやりこんできたから、いまはキャプテンとしてやらせてもらってる。まあ、同じ文系同士仲良くやろうぜ」



「あ、はい」



「じゃあ、詳しい話はまたあとでな」



そういう感じで、このサークル関連の人とはじめて話をした。こういうのは友人の紹介から入るか、飲み会から入るかいずれかだろうが、自分は同じ学部の知人も入っていなかったし、ただ「自分ができそうだ」と思ったサークルを選択した。



飲み会は入学したとき、同じ学部の同輩同士であった。そのときいたのが澤田、多部の二人だ。


ただあまり仲良くなることはなく、LINEの交換はして、同じ授業に出たりしてノートを見せてもらったりしたものの、それ以外ではほとんどプライベートではあっていない。


多部はどこのサークルにも入っておらず、自分よりずっと汚そうな部屋に住んでいそうな感じがする男で、悪そうな人ではないものの、体臭が臭い男であった。



澤田はブラスバンド部とジャグリングサークルを掛け持ちしていて、なにかバイトもしているようだったが、詳しいことは知らなかった。



その二人とは、どうも違うような気がして、似たような授業に出た時や、勉強で困ったときにだけ会うようにしていて、基本的には一人でいるような感じの自分であった。



入学式の時には、春めいた季節感の中、たくさんのサークル、部活に誘われた。運動不足であったので、とりあえず目についたテニスサークルに行き、飲み会にも参加した。春でみんな羽目を外していたが、自分はそれ一回きりで、飲み会にもそのサークルにも出ていなかった。なんとなく放ったらかしの雰囲気になじめなかったのと、下宿生活に慣れるのに手一杯だったからだ。


その後、ゼミの飲み会もあり、そこで担当となる教官たちとも一緒にノンアルのドリンクを飲んで話をした。高校時代、飲み会みたいな集まりは憧れていた自分だったので、たくさん回数をこなして出たが、出た後は疲れて何もしたくなくなる。それがこたえた。



家に変えてひっくり返って、授業にでて3日後の飲み会に向けて気持ちをわくわくさせて・・・というようなことは、入学したての春めいたころまでは気持ちがいいが、4月を過ぎ5月も過ぎ、6月の梅雨の時期に入ると、もう楽しめなくなっていた。



そして次第に、「そういう騒がしい場所は離れて、ひとり沈思黙考するような時間が欲しい」。そう思っている自分がいることに気がついた。



そこで、ゼミやテニスサークルからの飲み会の誘いは依然としてひっきりなしにきていたが、それらを全部断って、しばらくは下宿とキャンパスの往復をしていた。



自転車だけでなく、梅雨の時などはバスもよく利用した。雨音を聞きながら、バスの中で音楽を聴くのが好きになった。そうしながら7月に入り試験も終わって、はじめての2か月の夏休みに入ったのだった。



自分はどうも、マンガや小説の制作のこともあって、一人でいる時間を大事にしたいタイプのようだ。その割に、飲み会への憧れ、大学デビューしてみたい気持ちは依然としてあり、どこかのサークルに所属していたいという願望もあった。



「あれ、今日初めての人ですか?」



そう声を掛けられ、振り返ると、けっこうないい女がいた。



「はい。そっちは?」



「あ、私も今日初めてなんですよ。教育一年の愛川恵利香です」



「どうも。経済一年の加藤航介です」



「あ、同じ一年ですね。よかった」



「友達とかと一緒じゃないんですか」



「ああ、今日一緒に来ようと思ったんですけど、途中で都合つかなくなっちゃって」




「ああ、そうなんですね。いやあ、でもこっちのサークルははじめてなんで、今日初めての人いて助かりましたよ。教育って、教員養成のほうの?」



「はい、そうなんですよ。だから教養終わったあと、忙しくなりそうで。今のうちに遊べるときに遊んじゃっておこうと思って」



「そうなんですね。『先生』か・・・。いやあいいですね。科目は?」



「中学校の数学です」



「ああ、そうなんだ。数学一番苦手でしたよ。共通テストでも点数かなり悪くて、全体の足引っ張っちゃって大変でした」



「そうですよね、苦手な人多いですよね」



そんなこんなで、この人「愛川恵利香」とは話が合った。隣県出身で、いまは下宿して一人暮らしをしているらしい。この辺も自分と境遇が近いな、と思った。


なにせ、そこそこの身長で、しかも乳がデカい。



これは眼福だ。すぐにでも仲良くしたかったが、その後、愛川は女子たちの間に入っていって、そこで話をしはじめたので、話はそこで途切れた。



ふう、まあ仕方ないか。



それにしてもバレーは女子に人気があるのか、女の子がたくさんいて、しかもなかなかの美人ぞろいだった。これは当たりを引いたな、と自分で思った。



こんなことなら高校時代にもっとバレーを頑張って取り組んでおくんだった。多少得意でも、バレー部出身の人がいると敵わないだろう。しかしまあ教えてもらうところから関係をもって、そこから恋愛に発展していくというのも考えられるな・・・。そう考えていた。



「よしっ、じゃあ軽くウォームアップしてから、トスとレシーブの練習からやっていこう」



キャプテンの柴原さんが声をかけると、人数的に多少多い女子が二人一組を作って、コートに出始めた。そして声を出しながらストレッチをしていく。



男子もそれにあわせて、二人一組を作り、ストレッチをしていく。自分は最初に声をかけてもらった金井さんと一緒に組を組んだ。ずいぶん体を動かしていないせいか、股関節やアキレス腱が痛かった。先輩に後ろを押してもらいながら、足を広げてグイグイと筋を伸ばしていく。



そのあと、トス・レシーブの練習を軽く行う。野球のキャッチボールのように、直線状に並び、ポーンとボールをトスし、それをレシーブで返していく。この作業は結構うまくできる。何度かやってみたが、自然と体が動き、相手に的確に返すことができた。


次はサーブの練習だ。夏休みでほかのサークルもいないので、大きくコートを使うことができる。二つのコートに一組ずつペアになりながら、サーブを打ってレシーブで受ける。そういう作業を何回か行った。



バシッ!



サーブを打つと一発目は勢いよく飛んで、相手側のコートの方角に飛んでいった。それを金井が的確にレシーブする。するとボールはポーンと飛んで、宙に浮かぶ。



「よし、うまくいったな」



チラと観客のほうを見やると、愛川もこちらのほうを見ていた。やはりどうしても胸のほうに目が行ってしまう。胸の大きな女の前では、張り切りたくなるのが男の性だ。2回目のサーブでは、強めにボールを叩いてみた。



バシイッ!



しかしながら、残念。力みすぎたのか、ネットに引っかかってしまった。



「どんまい~!」



金井先輩が声を張り上げる。



「どんまいだ、加藤くん!」キャプテンの柴原さんが声をかけてくれる。



すると周囲の先輩も「上手だよ~」などと持ち上げてくれた。その後も何本かサーブ練習をした。心なしか愛川の目が、隣の女子の先輩と話をしながらも、興味深くこっちを見ているように感じられた。



「サークル開始早々、なかなかいい感じじゃないか」



そう思いながら、サーブをする。今度はうまくコートにはいった。ひさびさに体を動かしたのと、かなり強くサーブを打ったので手が痛くなってきたが、それ以上の収穫は得られたように思えた。



その後は愛川の練習のほうを見てみた。運動神経は良さそうだった。愛川も体育の授業で結構好きだったバレーをやってみたいということで、サークルに顔を出したらしい。



サーブを打つと、大きな胸がブルンブルンと揺れた。そのたびごとに、オレは鼻の下を伸ばして、それを見つめていた。



ほかの先輩たちも同じような感じなのかどうかはわからないが、サーブが決まるたびに「おぉ~っ」「うまいねぇ~」「いいね~」などと誉めていたが、特に男子の先輩のほうに人気があるようだった。



愛川のほうもまんざらではないようだ。


 


結局、10本くらい打って、8本くらいサーブを決めていた。素人目から見ても、運動神経が良く、バレー自体にも適性がありそうな感じだった。



そうしてはじめてのバレーサークルでの一日は過ぎていった。



終了後、バレーボールやネットを片付けて、みんなでキャンパス正面の大きな階段の降り口の所に集まる。あたりは薄暮に包まれていた。



「この後予定ある?」と聞かれ、焼肉とカラオケに誘われた。いかにも大学生という感じの雰囲気で、嫌いではなかったが、少々疲れてしまった。



愛川のほうは顔を出すようで自分も行きたかったが、今回は辞退することにした。次回は今月の中ごろに飲み会をやるそうだったので、自分はそこには参加しますと告げて、その場を去った。



「今日は格好よかったよ、加藤君~。またね~☆」と女性の先輩から声をかけてもらった。



そのあと、キャプテンの柴原さん、今日ペアになってくれた金井先輩と、女子の副キャプテンの今中先輩と連絡先を交換した。サークルのLINEグループがあるようだったので、そこに登録もした。



今日一日で、交友関係が一気に広がった感じだ。愛川のほうにも人だかりができていて、愛川を中心に男女の先輩が連絡先の交換などをしているようだった。



 キャンパスの大きな階段の中ごろで会話をしていると、夏の夕暮れのさわやかな風が頬をかすめた。夕暮れ時のうろこ雲に、暮れなずむ夕日の光がなじんで、バレーで流した汗が心地よかった。やはり適度に体を動かすのは、大事なんだな、と思った。



はじめに行ったテニスサークルよりも、こっちのサークルのほうが、自分に合っているような気がした。柴原キャプテンとは途中まで下宿の道のりが近かったので、そこまで一緒に帰った。



愛川とは最後もう少し話をしたかったが、特になにもないまま、そのまま帰った。



帰る途中、今日の夕食は何にしようかと考えた。



「そうだな・・・、今日は、牛丼かな」



そう思い、チャリで市街地の中心にある牛丼屋に行った。



ちょうど夕飯時で、多くのサラリーマンや土木作業員と思わしき人、パーカーを来た男性などが、手早く牛肉を腹にかきこんでいた。店内には白ワインを混ぜたという牛丼屋独特のタレと、紅しょうがのにおいが充満しており、食欲をそそった。



久々に体を動かしたのと、自転車で街中まででてきていたので、けっこう腹が減っていた。おもむろにカウンターの席を選び、席に着いた後、牛丼の特盛とけんちん汁、サラダを注文した。牛丼はつゆだくで。



注文した後、スマホを見てみると、LINEにメッセージがきていた。副キャプテンの今中さんからだった。「今日はありがとう、楽しかったよ~」ときていた。



「こちらこそ歓迎していただいて楽しかったです。ありがとうございました。ひさびさの運動で、体のあちこちが痛いです・・・」と返信した。



そのうちに牛丼が運ばれてきたので、好きな紅ショウガをのせて、一気にかきこんだ。たまにつゆだくを頼んでも、そうなってないこともあるが、今回は大丈夫だった。



いつもの味だが、腹が減っていたので、普段よりも旨く感じた。ガツガツと一気に肉をほおばる。特盛だから、ご飯の量もかなりのものだ。しかしながら、空腹の勢いでかきこんでいく。けんちん汁も汁が澄んでいて、なかなかおいしい。サラダもドレッシングをかけて、がつがつ食っていく。



ものの10分か15分くらいで特盛牛丼と汁物、サラダを食べきってしまった。



ふう、旨かった。



腹は膨れた。「次は中華でも食べたいな」、と近くにある中華の店も想像してニヤついた。入ってきた時とはまるで違う、ゆっくりとした足取りで、牛丼屋をあとにした。



さて腹も膨れたし、いまからどうするか。ゲーセンでもいって時間をつぶそうか。それとも一人カラオケでも行って、次の飲み会の予行演習でもしておくか。



「まあ、帰るか」



勢いづいてきて、カラオケのほうにはいきたかったが、そう歌いたい歌もないことに気がついた。



高校まではよく聞いていたが、音楽でひっかかるようなものが最近はほとんどない。



洋楽はあまり入っていないだろうし、行ってもあまり面白くないことに気がついた。おもむろにくたびれたマウンテンバイクを取り出し「そろそろ、買い替えないといかんなぁ」などとひとりごちながら、カギを外して下宿に向けて出発した。



アパートに到着し、部屋の鍵を開けて中に入ると、途端にぐったりと疲れが出てきてしまった。



「は~疲れたな」



昼過ぎからキャンパスにでかけ、サークルの練習に参加し、そこの人たちと話をして連絡先を交換したりし、繁華街に出て夕食を食べ帰宅した。普段一人でいることと比べると、ずいぶん運動し、動いた一日だった。



「しっかし、あの愛川とかいう人はよかったな。ぜひとも仲良くしたいもんだ」



風呂を沸かすスイッチを入れた。こんな時は風呂にでも入ってゆっくりしたい。



「今日は制作、できるかな」



そう思った。夏休みの課題は少しずつ進めていて、大体終わらせるメドはついていた。それよりも自分の世界観を表現する創作のほうに、自分の心は惹かれていった。



「とりあえずTwitterのアカウントでも開設するか」



そしてブログと並行して進めていこうか。そういうように思った。ネットでは無料で自分の表現するベース基地みたいなものを構築できる場所がたくさんある。それをデスクトップのPCで探しながら、風呂に入り、一息ついた後、また探した。



探しているうちに遅くなり、途中で寝てしまい、その日は終わった。

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