ざらつく心 ダサいな。出したり引っ込めたりとは

 カタカタカタ。キーボードの音がハモる。

「あゝ 終わったぁ。恭介さんは?」

「終わってます。鬼上司も結構早く終わりましたね。」

「それやめてくださいよ! 意地悪なんだから」

ごめんね。唇を尖らせるその顔が見たくて、わざといじっているんだ。

「さあ、鬼、いや桃太郎上司帰りますか?」

「は? 桃太郎?」

「鬼退治の英雄は桃太郎ですから。それに桃太郎の仮装似合いそうですよ」

「なんですと? でもまあ鬼より良いかな。なんたって正義の味方ですから」

「ではこれから桃太郎さんとお呼びしても」

「はい却下! それより恭介さん夕食食べて帰りましょ、いいですよね。」

桃太郎上司は返事も聞かず、俺の腕を取るとエレベーターまでダッシュした。

エレベーターに乗り込むと俺は遠慮がちに、

「桃太郎さん、腕離して頂けると嬉しいっ」

桃太郎上司は一刀両断。

「だめです!!。離しません。だって、さっきから恭介さん気持ちここにないでしょ? 今にも帰るって言いそうだもの」

「何を言ってるんですか? どこまでもお供しますよ。だからね。取りあえず離れましょう」

「ほんとですか? 絶対ですよ! なら取りあえず離れます」

「でもね、事務所に帰ったら恭介さんいてくれんだもの。嬉しかったです。仕事もあっと言う間に終わって助かりました。ところで、恭介さんさっき言ったこと守ってくださいよ」

「はいはい。お供に二言はありませんから」

「ウフフ。何それ。じゃあね、今夜は僕の大好きなお店にご案内しましす。だーれも連れて行ったことないんです。特別です!」

なんだろう。いつにもまして俺煽られているよな。天然人たらし上司め。

「それはそれはかたじけない!いやいや、畏れ多いかな?」

「苦しゅうない!苦しゅうない!面を上げー」

「はははっ」

俺が最敬礼すると、桃太郎上司はツボったらしく腹を抱えて大笑い。

「すっごく楽しいです。さあ行きましょ!」

そう言うとまた腕を掴んでくる。

「ご心配なく。帰りませんから」

「違う違う! 迷子にならないためです!」

「迷子? さっきとはちと違う気がしますが? まあ、でも、

労りの心に感謝して、お言葉に甘えさせて頂きます」

「素直でよろしい」

  何か気分がふわりと軽くなる、そんなやり取りをしながら、気がつけば駅の裏手に来ていた。人通りの少ない路地を抜けると、ポツンポツンと小さな店が並んでいる。

地元の人間でもなかなか来ない場所だ。

「着きますよぉ」そう言うと、上司は一軒の店を指さした。その指の先にはステンドグラスのカンテラがぶら下がってた。

店の前に立つと、ルナクラシエンテと小さく扉に書かれていた。

「知らなかったです。この場所……これどう言う意味なんですか?」

「これですか? スペイン語で三日月だそうです。さあ入りましょ!」

俺は、上司に促されて扉を開けると、旨そうな匂いと陽気な音楽が俺たちを出迎えてくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る