第6話 執事と『悪役』

 最近、お坊ちゃまが変だ。お坊ちゃまというのは弟のオルフ様のことでは無く、その兄に当たるタイタン……様の事でございます。

 使用人に対して傍若無人な態度をとり、こちらが身分的に平民であるからと嫌がらせをする日々。


 こんな人に対して『様』を付けようとは思いたくないほどに嫌われていたお坊ちゃまが、弟のオルフ様との試合に負けてからまるで人が変わったかのように物静かになりました。


 父上様からの決別の宣告を受けてその絶望に絶えきれなかった、という訳でもなく。毎日どこかへ精力的に出かけていってはボロボロになりながら何かをやり遂げた顔をして帰ってきます。


 食事も残さず丁寧に食べ、風呂も洗濯もお一人でこなす。今までのお坊ちゃまとは明らかに違い、その行動はもはや貴族ですらなく我々と同じ平民の出で立ちと同じような……


「最近、タイタンの様子がおかしくない?」

「わかる~、何かしおらしくなったというか……横柄じゃ無くなった?」

「どうせ点数稼ぎでしょ。どうにかしてご主人様の気を引こうと必死なのよきっと」


 お屋敷にいるメイド達もお坊ちゃんの話をしているが、やはり長年の嫌がらせが尾を引いているのか評判は悪い。まあ、かという私も点数稼ぎという思いが強い。


 弟に負け、貴族という地位も排斥されるとなれば必死になるというのも頷ける、誰しも裕福な暮らしを捨てたくないと思うものだ。

 どうせこのしおらしさも長くは続くまい。お坊ちゃまが元に戻るまで、この平穏を享受するとしますか……


 そう思っていたのがつい2ヶ月前。お坊ちゃまは元に戻るどころか、さらに変になっていきました。

 まず食事に関して。お坊ちゃまはこの2ヶ月の間、毎日のようにキッチンに行っては自分の食事を作って食べるということを繰り返していらっしゃいました。


 流石に料理人の仕事を奪う気か!とそれとなく注意しましたが、「俺は俺の分だけ作って食べるさ。料理人も仕事とはいえ、俺のために飯を作るのは気分の良いものじゃ無いだろうしな」と頑として聞きませんでした。


 次に洗濯に関して。こちらも毎日のように自分で手洗いしては一人物干し竿に掛けている所をよく見かけました。自身の洗濯物を干しながら、「流石に毎日泥だらけになった服を洗濯させるのはな……」と呟いていたのが聞こえたときは流石に自分の耳を疑いましたよ。


 あの自分勝手なお坊ちゃまが他人をおもんばかるようになるとは!使用人達も最初はああ言ってましたが、2ヶ月も同じ事があれば流石に評価が変わります。


 本当に変られたのではないだろうか?オルフ様との試合中に強く頭をぶたれていたし、その時に真人間になったのではないだろうか?という噂を最近耳にしました。


 オルフ様すごい!とかオルフ様は性根のねじ曲がった奴すら変えてしまう聖人様なのね!といった評価が強いですが……


「ふむ、タイタンが最近どこかにいってると」

「はいご主人様」

「市民に迷惑がかかってなければそれでいい。オニキス家の者が悪行をしているという噂が立てば剣聖の名が泣くからな」


 私はご主人様、オニキス家当主であるブラド・オニキス様にこのことを報告をしましたが、ご主人様は剣を振ることを止めず……本当にお坊ちゃまに興味が無い様子でした。

 私は疑問をご主人様に投げかけます。


「どうして、お坊ちゃまを学園を卒業するまでオニキス家に残しているのでしょうか?」

「……本当はすぐにでも排斥してやりたいが、今年の学園は王家の者や他国の重鎮の娘などが入学すると噂されている。オニキス家として最後ぐらいは役に立ってもらいたい」


 オニキス家が更に躍進するためにも、王家や他国の重鎮にコネクションは作っておくべきだとご主人様はそう言いました。

 道具、生け贄……ご主人様の目にはすでにお坊ちゃまは映っておらず、弟のオルフ様しか見ていない。


 酷く冷たく、そして。私は剣を振る手を止めないご主人様に一礼して、その場を後にするのでした。


 その夜、私は勇気を出してお坊ちゃまの部屋に訪問することにいたしました。最近のお坊ちゃまを見ていると、ぶしつけな質問をしても答えてくれるのではないかという思いがあったからです。


 ……いえ、何の確証も無いですが。これで機嫌が悪くなっても1ヶ月の我慢、領民に手を出すようなことがあれば即刻排斥すれば良いだけのこと。


 私は震える手で、お坊ちゃまの居る自室をノックしました。


「誰だ」

「セバスチャンでございますお坊ちゃま」

「せ、セバスか。今夜はもう遅い、また明日でいいだろうか?」

「いえ、最近のお坊ちゃまは朝から晩までどこかへお出かけしているようなので今しか無いと」

「だ、大丈夫だ!明日は休みにする、うんそうしよう!だから明日は暇だ、明日にしてくれ!」


 お坊ちゃまが焦った声でそう返事をします……怪しい、とても怪しすぎる。私はいぶかしんで扉の前から耳をすませますが、慌ててるといっても何かを隠すような動きやお坊ちゃま以外の足音も聞こえず。


 慌てていると言うより、私を?まぁ、使用人達からことごとく嫌われておりますし仕方の無い事ではありますが。


 しかし不思議ですね、あのお坊ちゃまが使用人を警戒するとは。いつもなら入ってきた私に水を掛けたり調度品を投げてきたりして、驚いた私を見て愉悦に浸るような行動をするものですが。


「今、話したいことがありますので入りますね。失礼いたします」

「あっ、ちょ……」


 私は扉を開ける。何が飛んでくるか身構えましたが……何も飛んできません。部屋の中には寝巻きのまま窓から逃げようとしているお坊ちゃまが。


 本当にどうしたんですかお坊ちゃま……?

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