始まりの章2章

第9話「影の部屋」

 他愛ない毎日を送る日々。僕らは大蛇狩りにも当番制で向かう事になり、段々とこの生活にも慣れてきた。

 授業が始まり、僕らは授業を受けている。前の席では王騎君が寝息をたてていた。先生も、もう起こすつもりはないらしい。

 その時、ふと鴎ちゃんが、口を開いた。

「そういえばさ、うちの実家から果物が届けられてくるんだけどね」

「こらこら、空色さん。今は授業中ですよ?」

 王騎君は無視するのに、鴎ちゃんには注意する。そこで王騎君が起き上がって言った。

「それは、なしだぜ」

 君が言う資格はないんだけどな。

「君が言う資格はないんですけどね」

 先生も僕と同じツッコミを入れる。

「いや、梨の話だよ」

 いや、梨の話かい!!!

「なんで知ってるの? オウキ君」

「カモメはいつもタッパーに梨を入れて食べてるだろ?」

 鴎ちゃんは頷き話を続ける。どうやら、沢山届き過ぎて困っているらしい。部屋の中が梨の箱で埋まっているとか。

「だからね、お裾分けしたいなって思って」

 ならば、と先生は言った。

「皆で空色さんの実家の梨を食べ切りましょう」

 一旦部屋に戻り人に手伝ってもらって運ばれてきた梨の箱は三十箱に及んだ。

「多過ぎるよ!!!」

 僕は大声でツッコんだ。王騎君は、ふむ、と言い言葉を繋げた。

「これはなしだな」

 もうわけがわからないよ。一人六箱部屋に持ち帰って食べることになった。

 さて、まだまだ大変だが、勉強も体力作りも順調だ。だが王騎君は不満なようだった。

「いい加減、次の段階へ進んじゃ駄目なのか?」

 最初の大蛇狩りから、今は三ヶ月が経っていた。蛇狩りから何の進展もないのだ。勿論勉強も訓練も大事だ。だがそろそろ先に進みたいと思うのは当然のことだった。

 もういい加減蛇は勘弁してくれ。苦手なものは苦手なんだ。鴎ちゃんも蜘蛛から逃れたくて次へ行きたいと言う。あの階層はもういい。

「そうですね。そろそろいいかもしれません」

「ホントか!!」

 王騎君は、立ち上がり拳を上にあげた。

「よし、なら今すぐ行こう!」

 今は三時限目。お昼にもまだ少し早い。

「明日の方がいいんじゃないかな?」

 瞳ちゃんが不安そうに言う。初めての大蛇の時の不安が拭えないのもあるだろう。僕も焦らなくていいと思った。だが王騎君はいつも通り相変わらずワクワクが止められないらしい。それに対して先生はこう言った。

「では行きましょうか」

 授業を中断して準備する。僕と鴎ちゃんと瞳ちゃんは慌てた。

「待ってください! 今からじゃ、帰りが……」

「大丈夫です。今日は恐らくそんなに時間はかかりません」

 先生はそう言うと教室を出た。僕らは追いかける。海底ダンジョンの扉の前に着いて王騎君は急かした。

「次は何色の鍵だ?」

 青、黄ときた。四階層に行く鍵は一体……。

「鍵は使いません」

 そうなのか。なら何処へ行くのだろう? 僕らはついていき、スカルを相手にする。いつもはそのまま真っ直ぐ行くのだが、右の脇道に入った。こんな道があるのは気づかなかった。

 しばらく進むとスカルも来なくなり、前に進んでいく。

 やがて行き止まりまできた。台座のような物がある。

「謎解きか何かか?」

「待って、なにか聞こえる」

 ケタケタケタと音を立てて後方にスカルが四体現れた。

「ふん、またスカルか」

「あのスカルは普通のスカルとは違います」

 英雄スカル、先生はそう説明した。はるか昔の英雄がスカルになって守っている。

 スカルはそうなった時に能力の大半損なうが、英雄スカルは違う。昔のそのままの能力を備えているらしい。

「ふん、過去の栄光に縋るだけなら誰でも出来る」

 すると英雄スカルはカタカタ笑った。

「コノサキ、ススミタクバ、ワレラヲ、タオセ」

「よし、やってやろうぜ! おまえら、いくぞ!」

 王騎君の鼓舞に、ぼくらは向かっていった。

 四対四。一人一体を相手しようとする。僕らもこの三ヶ月で大分強くなったと思う。だが英雄と言われるだけあって、英雄スカルは手強かった。特に瞳ちゃんが苦戦する。

「俺に任せろ! お前らは……」

 一体ずつ倒せ、それが彼の指示だった。僕らは一旦下がると、王騎君に任せて英雄スカルの動きをよく見る。剣を構えた英雄スカルは、まるで剣道の達人。達人を四人相手する王騎君は必死で捌いた。四体一の状況だが、英雄スカル達も横並びに来ているわけではない。

 前二人、中一人、後ろ一人、そう見えた。勿論後ろや中間の英雄スカルが何もしてない訳じゃないが。

 僕と鴎ちゃんと瞳ちゃんが英雄スカルの後ろに回りこみ、鴎ちゃんと二人で後衛の英雄スカルを襲った。トドメに瞳ちゃんが、投げたハープーンが頭に刺さり一体倒せた。

「このまま行くよ!」

 そうはさせまいと前衛が一人こちらへ来ようとする。だが、王騎君が引きつける。

「俺を無視はさせないぜ!」

 果敢に二人を相手する。その間に中衛を倒した。

「これであと二体よ!」

 強いものを崩すのに弱いものから狙っていく。迷路で学んだことだ。

 だが今度は瞳ちゃんが狙われた。王騎君を無視した英雄スカル二体が僕らの方にやって来る。

「逃がすかよ!!」

 王騎君は思いっきりハープーンを投げた。一体の頭に命中する。それでも最後の一体は止まらなかった。僕と鴎ちゃんが相手する。だが、

「くっ! な、何だ急にこいつ!」

 さっきまでとは比べ物にならない力を出していた。僕達二人は押されてしまう。瞳ちゃんが投擲する。だが、躱された。嘘だろ!

 瞳ちゃんの投擲はいつも正確無比だった。だから避けようと思えば予測して避けられる。

 頭が狙いだと分かっているなら避けられるかもしれない。だが今までそんな敵はいなかった。さっきまでの他の英雄スカルとは格が違うようだ。

「く、くそ! 負けるもんか!」

 僕と鴎ちゃんは、必死に抵抗した。その間に追いついた王騎君が、後ろからハープーンで頭を刺した。

 パチパチと拍手する先生。英雄スカル達は砂になっていくが、最後に戦った一体だけは、頭だけが残った。

 先生はその頭を拾い上げると、台座に乗せた。すると正面の壁が音を立てて横に動き始めて通路が開いた。

「この頭を乗せてる間ここは開いてます。勿論中から開くことも出来るので閉じ込められることはありません。行きましょう」

 息を整えた僕らは先生に続く。通路を進むと部屋にたどり着いた。ドアを開けて中に入ると、中央にボクシングのリングのような、それより広い決闘場所というのだろうか、そんな空間があった。

「ここで、私と戦ってもらいます」

 先生が言うと、王騎君は興奮した。

「本当か!? よっしゃあ! 一対一か?」

 僕は急に不安になってきた。まさかとは思うが、

「殺し合いじゃ、ないですよね?」

 瞳ちゃんが恐る恐る言う。

「大丈夫です、死にはしません。私も貴方達も。私の影、というものと戦ってもらいます」

 そう言うと先生は左側を指さした。そこには何か機械があった。日焼けマシンか、コールドスリープか、そんな言葉が当てはまるような機械。

「ここに私が寝転がると、あのリングの上に投影されます」

「なんだ、データとの戦いか。実態はあるのか?」

 ふふふと笑った先生は、こう話した。

「データではありません。私が脳を使い動く影に、実態はあります。死にはしませんが、刺されば血は出なくともお互い痛みが走りますよ。急所に刺されば死ぬほど痛いです」

 僕らはハープーンを使っていいという。先生は早速機械の中に入り目を瞑った。リングの上に先生の影が現れる。

「さぁいつでもいいですよ? 全員でかかってきてもいいです。死なないとはいえ、痛みが走るとパフォーマンスは落ちますからね」

「全員で行きましょ」

 鴎ちゃんの台詞に僕も頷いた。だが王騎君は首を横に振った。

「頼みがある。今日は俺一人で挑ませてくれ」

 王騎君はそう言って、リングへ上がる。

「いいんですか?」

「今日勝たなきゃいけないわけじゃないんだろ?」

 王騎君の言葉に先生の影は頷いた。

「その通りです」

「なら俺は、お前と俺との差を知っておきたい。恐らく勝てないんだろうが、勝つ気でいく! こい! 可能!!」

「いいでしょう。皆さんもそれでいいですか?」

 僕らは全員頷いた。先生はわかりましたと言った後、ハープーンの影を構えた。

「本気でいきます。覚悟してください」

 王騎君もハープーンを構えた。暫し静寂の時間。王騎君は自分から仕掛けた。だが全て防がれる。真っ直ぐの突きを柄で受ける先生はハープーンの影を振り、王騎の攻撃を弾く。そこから瞬時に王騎君の右腕を突いた。そのまま引き抜き左腕、右足、左足を刺す。

「ぐっ、うぐっ、ぐぎっ……! くそっ! あがっ!!?」

 最後に先生が投げたハープーンの影が、王騎君の胸に刺さった。

「ぐうっ……!」

 僕らはリングの上に上がり王騎君の傍に寄る。

「大丈夫?!」

 ハープーンの影は消えていく。一旦先生が機械から出てきた。

「平気ですか? ですが、実戦なら死んでますね」

 笑う先生は、この後どうするか尋ねた。

「……もう一度だ! 可能!」

 王騎君は息荒く立ち上がった。

「無理をしては行けません。心臓への痛みは確かにあるんですから」

 僕は、帰ろう、そう言った。瞳ちゃんが王騎君を心配そうに見ている。

 鴎ちゃんは先生に聞いた。

「私達三人でやる意味はありませんか?」

 なるほど、僕らだけでも挑む意味はあるかもしれない。

「オススメしませんね。柱は海鳴君でしょう? 彼が戦えない今、貴方達三人が挑んでも全員の心臓に刺して終わりです」

 鍛錬だけなら木の棒でできる。あれも痛いが、どうやらそれとは比較にならないらしい。

「勿論死に近い感覚を覚えたいならしてもいいですが、殺し合いに近い状態をする意味は無いに等しいですよ」

 だが瞳ちゃんは言った。

「でもいつか皆でやらなきゃいけないんですよね? ウチは戦いたい」

 ハープーンをギュッと握りしめ、決意を言った。鴎ちゃんは悩んだが、瞳ちゃんに同意した。こうなると男の僕が引き下がるわけにはいかない。

「わかった……、やろう」

 先生はやれやれと言った感じで機械に入った。

 先生の影がリングの上に出る。王騎君は外に出ようとしなかった。

「外に出て! オウキ君!」

「俺もやるぞ」

 パーンと音が響いた。瞳ちゃんが王騎の頬をビンタしていた。

「無謀と勇気は違うよ。そうでしょ?」

「……、わかった。すまん」

 瞳ちゃんが叩いたのには王騎君だけじゃなく僕も鴎ちゃんも驚いた。

「正直私でもそうしてるわ。ミツル君、肩貸してあげて」

 僕は王騎君をリング外に連れ出し、また戻った。彼は座って何とか息を整えようとしている。深呼吸を繰り返していた。

 リングの上で、僕は前に出た。

「カモメちゃんとヒトミちゃんが後衛でいてくれ」

 その言葉に先生はふふふと笑った。

「紳士ですねぇ」

「駄目よ、ヒトミが後衛なのはわかるわ。でも私も前にでる」

「ダメだ。僕だけが前衛。これは譲れない。これが出来ないなら降りてくれ」

 僕は最悪を想定していた。先生は全員が死んだと判定できるまで攻撃を止めないかもしれない。だが、もしかしたら僕が前にいれば僕がやられた時点でパーティは全滅になるとして二人は傷つかなくて済むかもしれない。それを先生も察してくれていた。

「もう! 男ってほんと意地っ張り!」

 鴎ちゃんは呆れてものも言えないと言ったふうに腰に手を当ててため息をついた。

「ありがとう、ミツル君」

 瞳ちゃんは素直に僕の考えに感謝を述べた。

「いいわ、それでいきましょう。でも先生、情けは無用ですよ?」

「当然です」

 先生の影はハープーンの影を構えた。僕らもハープーンを構える。先生は自分から仕掛けてこない。それならば、

「ヒトミちゃん!」

 僕が叫んだ意を汲んだ瞳ちゃんは投擲した。先生が避けた先に僕が攻撃をする。反撃する先生から避けた僕の後ろから突きを繰り出す鴎ちゃん。だが簡単に避けられ、更に僕を攻めたてる先生。僕は防ぎ切れず右手を突かれる。

「ぐあっ」

「ミツル君!」

 鴎ちゃんが心配の声を出したのと同時だった。先生が投げたハープーンの影が刺さり、僕は吹き飛んだ。

 倒れる僕。鴎ちゃんと瞳ちゃんに、先生は言う。

「まだ続けますか?」

「と、当然です!」

 構える鴎ちゃんの、服を引っ張る瞳ちゃん。

「無謀と勇気は違うよ。もうわかった。今のウチ達には無理だね」

「賢明な判断です」

 先生の影は消え、先生が機械から出てきた。僕に刺さったハープーンの影も消えている。心臓がバクバクいっていた。血が出てないのに死ぬほど痛い。麻酔をせずに手術でもしたような痛み。僕はしばらく立てないでいた。

「大丈夫か、ミツル」

 既に少し回復したのか、近くにくる王騎君。

「ごめんね、ミツル君」

 瞳ちゃんが謝った。まだやろうと言ったのは瞳ちゃんだ。でもそんなのはいい。いつかこれ以上の痛みがやってくる。それを前体験させてもらったと思えば、儲けもんだ。

 とにかく立ち上がった僕は、胸を抑えながら歩いてリングから出た。帰り道は流石に歩いて帰って貰えた。僕と王騎君は痛みに耐えながら歩いた。スカル達を払いながら先生は話した。

「大丈夫。まだ貴方達は若い。これから沢山の可能性があって、きっと急成長もする。まだ私に届かなくても、いつか私を超える。その才能はあるんですよ」

 僕らは黙って歩いた。扉に着いた僕らは部屋に戻る。僕は夕飯を食べようとした。と言っても僕はほとんど食べれなかった。吐きそうになるので食べられなかったのだ。その日は風呂にも入らずに寝た。

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