そうだ、おせちをリメイクしよう

 クリスマスが終わったあと、私は車を走らせて買い出しに向かっていた。

 おせちの材料は、既に春陽さんが通販を使って注文していたから問題がないとしても、三が日ずっとおせちな訳にもいかないし、野菜は年末年始直前だと本当にしゃれにならないくらいに高くなるから、今の内に買っておくのだ。


「……そうは言ってもなあ」


 既に野菜が高くなっている。どうしたもんか。

 おせちはまあ、今の内に春陽さんがつくっているから問題ないと思う。

 春陽さんがおせちのリメイクレシピをネットに上げないといけない関係で、まだ正月まで時間がある今からおせち自体をつくって、ついでにリメイクレシピをつくる手はずだから、うちの家では正月前にすっかりと口の中は正月になってしまっている。

 年越し蕎麦用の蕎麦を購入し、まだギリギリ値段の安い白ネギを確保。野菜はどうしようと迷って、冷凍させても比較的日持ちのする白菜やきのこを買っておくことにした。肉は同じく冷凍させても問題ないように鶏ももや豚バラをいくつか買って、鍋のときに食べよう。

 帰っていくと、既に春陽さんが撮影用にお重におせちを詰めているところだった。


「ただいまー……すごいね。私ひとりでこんなにつくったことない」

「お帰りなさーい。私も撮影用だからこれだけつくりましたけど、普段は市販のおせち買いますよ。そのほうが安いし早いし、最新のホテルの洋風おせちのほうが口に合うんですよね」

「なるほど……じゃあ次はホテルの洋風おせち買おうか」

「あははははは……そうしましょうか」


 洋風おせちってなにが入ってるんだろうな。今度ホテルのおせちで検索すれば、内容が出てくるのかなと暢気に思いながら、おせちの材料を見た。

 黒豆に栗きんとん。数の子に田作り、紅白かまぼこ、伊達巻き。定番中の定番のものがぎっちりと詰まっていた。

 春陽さんはそれらを写真に収めてから「さて」と口を開く。


「詰めてない分で、リメイクおせちをつくらなきゃですね」

「そうは言っても、私も黒豆でパウンドケーキをつくるくらいしか思いつかないけど」


 黒豆も栗きんとんも甘いから、お菓子にするのに向いているだろうなとは想像つくけれど、紅白かまぼこや伊達巻き、田作りなんてどうすればいいのかわからない。

 それに春陽さんはにこにこと笑う。


「それに困るから、ネットを見るんですよ」

「まあ、たしかに」


 今回はネットの記事なんだから、ネット閲覧で引っ掛からないと駄目ってのがコンセプトにあるのか。

 春陽さんがやけに張り切っているのを見つつ、そうは言ってもと残っているものを覗く。

 このまんま食べる以外に想像ができないものばかりだ。春陽さんは本当にどうするんだろうと、私はひとまず買ってきたものを冷蔵庫に入れることにした。


****


 春陽さんがおせちのリメイクで昼ご飯をつくってくれるというから、私は他の家事に勤しむ。そうは言っても、買ったばかりの家だからと、毎日普通に掃除している我が家は、大掃除するほども汚れてはいない。窓も毎日磨いているから、台風の日以外はそこまで急いで拭く必要もないから、相変わらず汚れもほとんど付かなかった。

 なにするんだろうなと思っていたら、「美奈穂さーん」と呼ばれた。

 窓掃除をひと段落させて私は「はあい」と台所に出かけて、ちょっとだけ驚いた。

 サラダにパスタと、全然考えつかなかったものが並んでいる。おまけにオーブンからはいい匂いがする。これは多分パウンドケーキでも焼いているんだろうと想像がついた。


「おいしそうだね。これは?」

「はい、まずはサラダですね。これは食べてみてのお楽しみ」


 マヨネーズでコーティングされ、レンジでチンしたじゃがいもときゅうりが角切りで和えられている。そして。そこに一緒に和えられているのは多分紅白かまぼこだ。そっか、かにかまだってマヨネーズと和えてサラダに入れるんだから、普通に角切りにしてサラダに入れちゃえばいいのかと、当たり前なことに気付いた。

 こってりとしたサラダだけど、比較的おいしかった。


「うん、おいしい……このパスタは?」

「これは食べてからのお楽しみですかねえ?」

「どれどれ……いただきます……ん、シーフードパスタ?」


 ひと口食べると、クリームソースの中で海鮮の味がする。そしてぷちぷちとした食感……ああそっか、これ数の子のアレンジなんだな。数の子だって海鮮なんだから、海鮮ものと一緒に合わせてしまえばいいのか。数の子の持つ独特の臭みも、冷凍シーフードとホワイトクリームと一緒に火をかけてしまえば、それが旨味になる。


「そっか……それは全然考えつかなかった」

「一応料理はかけ算なんで、どれをかけたらおいしいのかは考えますねえ。出汁とか旨味とか」

「うん……出されてみたら納得するけど、自分だとその組み合わせには全然辿り着かないから」


 それを食べて満足している間に、オーブンが鳴った。

 出てきたものを見て、私はきょとんとしてしまった。てっきり栗きんとんや黒豆を使ってパウンドケーキでも焼いているのかなと思ったのに、出てきたのは和風クッキーだったのだ。ごまを振りかけて薄く焼いたクッキーに、私は途方に暮れる。


「あのう……これは?」

「当ててみてください。今は焼き立てなんですけど、冷めたらパリパリになりますよ」

「今食べても大丈夫?」

「それはどうぞ」


 焼き立てのクッキーって結構脆いから、大丈夫かな。私は恐る恐るクッキーを食べてみた。

 香ばしいごまの味と香り。ふわんと漂う香ばしい香りは、他にもなにか混ざっている気がするけれど、これが和風クッキーだということ以外全然わからない。


「……ヒントってある?」

「砕きまくって入れました。だから元の形はないはずですよ」

「原型がない……あ、わかった。田作りだ!」

「正解です」


 ああ、そっか。出汁になるレベルまで砕きまくったんだな。もうひと口食べると、混ぜ込んであるごまのせいで邪魔されがちだけれど、たしかに甘苦い味がする……でも田作りって言われないとわからないレベルで、生臭さは全然ない。


「驚いた……和風クッキーになっちゃうんだ」

「元々田作りつくるときに、蜜をつくってそれに絡めますから。出汁に使っちゃったら旨味しか残りませんし、小麦粉に砕きまくった田作りとごまを混ぜたら、ごまの味が勝ってしまうんですよね。不思議と」

「なるほど……ぜんっぜん気付かなかった」

「魚とかってお菓子に入れるって言うと大概嫌がられるんですけど、出汁って言ったら嫌がる人ってほぼいないんですよね。そもそも有名なうなぎパイだって、うなぎエキス使っていますし」

「そういえばそうだった……」


 自分だと全然考えつかなかったなあという中、春陽さんはのんびりと次の作業へと戻っていった。

 パウンドケーキは黒豆と栗きんとんを混ぜ込み、ラム酒で香り付けしたら、ぐんとゴージャスになる。

 これらも記事にまとめて、あとでネットに掲載されるのだろう。

 それらを眺めながら、年末年始はひと足早いリメイク料理を食べて過ごすのだ。

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