そうだ、冬支度をしよう

 日が過ぎるごとに、朝が寒くなってくる。


「……つめたっ」


 朝、顔を洗いに起きただけで、水道管から流れてきた水の冷たさに震えが止まらなくなる。いくらリノベーション済みとはいえども、朝一番の水は冷たい。

 だんだん冬の足音が近付いてきて、朝起きるだけでも億劫になってくるもんだ。私が寒い寒いと言いながら起きてくると、既に春陽さんは起きてきて朝ご飯を食べていた。

 昨日の残り物のかぼちゃの煮物を潰して、くるみとレーズンを混ぜたなにかは、名前を付けるとしたらなにになるんだろう。マッシュパンプキン? そんなおしゃれな料理じゃなかったはずなのに。

 それをスプーンで食べていた春陽さんは「おはようございまーす」と声をかけてきた。私も挨拶する。


「おはよう。そろそろ空調だけだったらきつくなってきたから、ホームセンターにでも行こうかと思うけど。この辺り別に雪は降らないはずなんだけれど、風通しがいいと冬は考え物だね」

「あー……わかります。でも風通しがいいってことは、火鉢料理をしても一酸化炭素中毒を気にしなくってもいいってことですよね」


 んんんん……そういえばそうなるのか?

 私は念のため聞いてみる。


「そりゃ火鉢があったら便利かもしれないけど……私、火鉢の管理なんて全然知らないけど

春陽さんは知っているの?」

「前に取材で炭火料理をいろいろ習ったんですけど、そもそも炭火使う機会がなくってつくれなかったんですよね。もし使えたら楽しいけど、換気に気を付けないといけないばかりだったら大変だなあと思って」


 まあ、そりゃそうか。

 最近のマンションや一戸建てだと、保温性を重視していて、逆に言ってしまえば空気が篭もりがちになるんだ。それのせいでよく事故は起こっているし、それこそ炭火料理をつくりたかっただけでも大惨事が起こっている。

 その点リノベ済みでも基本的に風通しのよさが変わらなかったうちだと、その辺りを心配しなくっていいのは強いのかも。


「わかった。じゃあいいのがあるかどうか、ホームセンターまで探しに行こうか」

「はあい」


 炭火料理ねえ……囲炉裏なんて日本昔話の絵本でしか見たことがないし、炭火料理なんて言われても、私も魚を焼くくらいしかぱっと思いつかない。それ以外はどうするんだろう、それとも春陽さんもそれしかしないんだろうか。

 私たちも昨日の残り物の味噌汁と煮物だったなにかをご飯と一緒に食べて朝食にすると、ホームセンターへと繰り出したのだった。


****


 郊外のホームセンターは、結構どころかかなり広い。

 家庭雑貨の定番品だけでなく、それこそ冬支度用の暖房機器やら炭火やら火鉢やらが充実していて、そのコーナーは人が賑わっていた。

 私たちもそこに顔を出して、火鉢をああでもない、こうでもないと見繕う。


「どうする? 火鉢って一個だけでいいのかな?」

「そういえば美奈穂さん。うちってこたつはありましたっけ」

「うーん……そういえばあったような……」


 一応座卓はあるから、それにセットするタイプのこたつはあるけれど。でもあんなもの付けたら最後、脱水症状起こすまでこたつから絶対に出たくないマンになってしまいそうで、怖くて付けられない。うちが全体的に寒いから余計にだ。

 私の言葉に、春陽さんはにこにこと笑う。


「いいじゃないですか。それ付けましょうよ。それでついでに鍋しましょう」

「こたつで鍋ねえ……」


 定番ではある。私はあんまりしたことがないけれど。春陽さんは頷いた。


「こたつにみかんもいいですけれど、こたつに鍋も無茶苦茶いいですよ。体も温まりますし

「そんなものかな。冬って結構寒くて鬱陶しいってイメージがあったから、そこまでわくわく楽しみにするものとは思ってなかった」


 実際問題、ここに引っ越してくるまで、私は冬は妙にもの悲しい感じがして落ち着かなかった記憶しかない。それに春陽さんは「あー」と言う。


「寒いと寂しい感じがするんですよ。なんかそういうのネットで見ました」

「そういうもんなの?」

「そうですよ。だからこそ、防寒対策を万全にして、寂しくなくするんです。それで冬には楽しくなるイベントがあるんだと思いますよ。皆が皆、寂しくなったり虚しくなったりしたら、世の中立ちゆかなくなってしまいますから」


 冬だけで、そんな世界の成り立ちまで考えたこともなかったぞ。つくづく春陽さんは目敏いなと感心しながら「それもそうですね」と言って、ひとまずはひとつだけ火鉢を買った。そして炭火を段ボールひとセット分。火鉢だけならいざ知らず、炭火は買うと結構重くて、どうしても目が白黒とする。


「おっも……!」

「そりゃそうですよぉ。これ薪の一種ですもん」

「そりゃ……炭は。木でできているけど……!!」

「車に乗せるまでの間だけでもカート借りてきますか?」

「い、いい……!!」


 ふたりでガサガサしながら、荷物をまとめて持って帰ることにした。

 家に帰ったら、炭火をどこに置こうと言ったら、春陽さんはきっぱりと言った。


「台所ですよ」

「……台所、ガスコンロがあるから普通に温かくない?」

「いやですねえ、料理が火を使うだけとは限らないじゃないですか。というか、最近普通に台所にいるだけで寒いですからね。ここに暖房器具ないですから」


 まあ、たしかに。空調の温度は台所にまで回らないしなあ。夏は暑いし、冬は寒い。それが台所だ。

 たしかに台所だったら換気扇もあるから、炭火を使っても一酸化炭素中毒にはならないだろう。私たちは火鉢の使い方を確認しながら、火を付けはじめた。火鉢に炭を入れ、そこに火種を入れる。すると炭は存外赤々と燃えてくれた。


「……いつも思うけど、どうして焼き肉の炭火以外はそこまで赤々と燃えないんだろう」


 炭は赤くなるばかりで、焼き肉のときほどメラメラと燃えたぎらないのを不思議に思っていたら、春陽さんは「そりゃそうですよ」と教えてくれた。


「あれ、肉の脂が落ちて火が大きくなってますから。ただ火を付けただけだと、これくらいが普通です。メラメラとなんてしませんしません」

「あー……そういうんだ」


 それでなにをつくるんだろうと思っていたら、春陽さんは普通に鉄鍋を持ってくると、そこに肉を入れて火鉢の炭で炒めはじめ、更に水と野菜を足して煮込みはじめてしまった。ええっと……。


「春陽さん、これ普通にビーフシチューの材料では?」

「ええ? そうですよ?」

「それが、炭火料理なの?」

「炭火って意外と馬鹿にできないんですよねえ。ほら、飯盒炊飯のときのカレーって、あれしゃばしゃばじゃないですか」

「まあ……そうね?」


 ずいぶんと話が飛んだなと思う。それに春陽さんは頷いた。


「あれ、なんでとろみが出ないかと言ったら、単純に火力不足なんですよ。薪と火だと、ガス火にはどうしても勝てません」

「勝つ必要があるかどうかはともかく、ガス火が強いのはよくわかった。でも、ならどうして炭火に?」

「ちょっと前に流行りませんでしたか? 赤外線料理って」

「うーん……? 流行ったっけ、そんなの」

「まあとにかく、流行った時期があったんですよ。それでガス火よりも温かいのが長持ちする上に、少し付けただけで熱量が半端ないから、この温度ならガス火にも負けないってことで。でも世間一般家庭の環境じゃ、真似できないじゃないですか。そもそも換気の問題で」

「あー……だからうちで炭火料理したかった訳ね」


 ようやく春陽さんの言いたいことがわかった。

 私が納得すると、春陽さんは「はい」と笑顔で答える。


「やってみたくってもできる機会なんてありませんでしたし、こうやって炭火料理ができるなんて、感激です。ついでにこれで網さえ張れば、餅だって焼けますよね」

「いきなり話が小さくなったね?」

「そうでもないですよ。冬になったら、餅がおいしい季節になりますから」


 そう言われて、私も少しだけ納得した。

 その日つくったシチューは、本当に放ったらかしにしただけなのに、何故かおいしい、ふたりで夢中になって食べる味だった。

 身も心も温かいと、不思議と冬は怖くない。それを痛感した夜だった。

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