そうだ、たまには優雅にお茶会をしよう

 夏の盛りも終わり、だんだん夕方に鈴虫の鳴き声が聞こえるようになってきた。

 私も午前の仕事を終え、大きく伸びをする。残暑のせいか気怠さは残っているものの、去年までよりも大分楽なのは、家事を分担することでガス台前に立つ時間が減り、私も春陽さんもそれぞれ休憩する時間が増えたせいだろう。ありがたい限りだ。

 さて、今日は昼ご飯どうしようかな。なにか残りものが残っていたかな。そう思って台所まで降りていったとき。

 パシャパシャと写真を撮っている音に気付いて目を向けると、そこにはこんもりとクッキーが積まれ、真っ白なお菓子がころんころんとしていた。可愛い。


「ああ、お仕事お疲れ様です」

「お疲れ様。もうレシピ本の作業は終わったと思ってたけど」

「ああ、これは秋のおやつ特集用の写真ですね。今度のネットの特集で上げるんです」

「なるほど……それにしても、これだけ絵本に出てきそうなのは初めて見た」

「あはは。絵本に出てくるお菓子特集ですからね。ビスケットにマカロン。定番です」


 マカロンっていうと、卵白にクリームを挟む奴じゃなかったっけ。これは卵白と砂糖を混ぜて焼いただけで、クリームは挟んでない。見た目が素朴だけれど、卵白をクリーム状になるまでひたすら泡立てるのはしんどいよなと考える。

 見ているだけでお腹が空いてくるなあ。そう思っていたら、キュルルとお腹が鳴った。


「ああ、すみません。すぐどけますね」

「うん」


 さすがにお菓子だけじゃ、午後の仕事はもたないもんなあ。私がそう思っていたら、春陽さんは「サンドイッチとかだったらすぐ出せますけど、どうしますか?」と尋ねてきた。


「サンドイッチ?」

「はい。コンセプトはイギリス風のお茶会だったんで。サンドイッチありますよ。あと紅茶」

「……すごい。本格的」

「ああ、ついでにスコーンもあります」


 さすがにクッキーやマカロンだけだったらお腹は溜まらないと思っていたけれど、それだけ揃っていたらお腹いっぱいになりそう。


「お願いします」

「はあい。ちょっと待っててくださいね」


 そう言っていそいそ春陽さんが用意をはじめた。

 それにしても。春陽さんが持ってきた写真用のものを見て驚く。二段重ねのティースタンドには、上にはクッキーとマカロンがこんもりと載せられ、下にはいい匂いのジャムの小瓶が並んでいる。多分そこにスコーンを盛り付けるんだろうけど。

 こんなの、ティーサロンのデザートコースでも頼まないと出てこないのを、いつの間に用意したんだろう。朝からガサガサしているなと思っていたけれど、洗濯物を済ませて昨日の残り物で朝ご飯を済ませたあと、すぐに二階に篭もって仕事をしていた私は、ちっとも気付かなかった。

 春陽さんはすぐにサンドイッチを持ってきてくれた。サンドイッチはシンプルにきゅうりとチーズのものに、卵サンドなんだけれど。この卵サンドの挟んであるクリーミーな卵はなんだ。


「え、これおいしそうだけれど、どうやってつくったの?」

「これですか? これはそこまで難しくないですよ。半熟卵を一生懸命潰して、マヨネーズで和えただけです」

「それが充分すごいけれど」


 食べてみると、卵の優しい味わいが際立ち、マヨネーズの酸味がアクセントになって、夢中になって食べてしまった。

 その調子できゅうりとチーズのサンドイッチも食べてみたけれど……でもこのきゅうり。なんか違う。てっきり斜め切りにして塩振っておいたもんだと思ったのに。


「おいしいけど……これなに? 普通のサンドイッチだと思ったんだけど、なんか奥行きがある味がする……」


 向こうでポットにお湯を注いでいる春陽さんは、笑いながら砂時計を立てた。砂がさらさら落ちていくのを尻目に、春陽さんはにこやかに笑う。


「わあ、すごいです。美奈穂さん。これわたしも文献見ながらつくったんで、イギリス風サンドイッチの試作品でしたけど」

「イギリス風サンドイッチって、このきゅうりのサンドイッチが?」

「文献だったらチーズは挟んでなかったんですけど、日本人にはさすがにワインビネガーで味付けしたきゅうりだけだったら厳しくないかなと思って挟みました」

「ワインビネガー? これワインビネガーに漬けてたの?」

「はい。きゅうりの独特の生臭さが抜けるらしいんですよね。日本人、あんまりワインビネガー使わないんで、使い方すごく狭いんですけど、探すといろいろ発見があって面白いですよ」

「なるほど……」


 もう一度食べてみると、確かにワインビネガーの味がする。でもサラダのドレッシングに使ったときと違って、多分キッチンペーパーで拭き取っているんだろう。青臭さが程よく抜けて、食べやすい味になっているんだ。


「私、イギリス人馬鹿にしていたわ。ときどきテレビに出てくるおいしくなさそうなご飯に、なんでこんなおいしくなさそうなものばかりつくるんだろうと思ってたけど。おいしいじゃない」

「あはは……一応おいしいものもあるんですよ、本当は。ただ一部のおいしい料理のレシピが失伝してしまっただけで。それにお茶会のものはだいたいおいしいはずですよ。サンドイッチを食べ終わったらスコーンもどうですか?」


 そう言ってティースタンドに一段目にスコーンを入れてくれた。

 私はサンドイッチを空にした皿にスコーンを載せると、ジャムの小瓶を見た。ひとつはイチゴジャムで、ひとつはこの間から使い切ろうと躍起になっている梅ジャム。でもあとひとつがわからない。私は不思議がって開けると、レモンの強い匂いがした。

 でもこれ、レモンジャムにしては透き通ってない。


「これは?」

「ああ、レモンカードです」

「レモンカードって……」

「どう言えばいいですかねえ。これ元々はフルーツカードっていうお菓子なんですけど、日本だったらイギリスのお菓子でよく出てくるせいか、レモンカードだけ有名になってしまいました。レモン果汁にバターと卵と砂糖を合わせた……まあ、カスタードクリームのフルーツ版、みたいな感じですよね」

「ああ……なんとなくわかった」


 スコーンをひと口大に切って、レモンカードをかけて食べる。ジャムよりもとろりと濃厚な甘さが口を支配し、脳が痺れる錯覚を覚えた。カスタードクリームのようにもったりした食感じゃないけど、クリーミィ。おいしい。


「おいしい……でもこの時期にビスケットを焼いたりスコーンを焼いたりって大変じゃなかった?」

「そうですよぉ。本当だったらビスケットもスコーンも、冷えたバターをそのまんま使うんで、秋以降のほうがおいしくできるんですよね。解けないようにって、作業中は冷房をガンガンに付けましたもん」

「あー……そりゃお疲れ様」


 もりもりと食べていく内に、砂時計の砂が全部落ちたことに気付いた。

 ポットのお茶をカップにお茶を注ぐと、澄んだ水色が出てきた。香りもいい。


「でもまさか、こんな時期に優雅なお茶会ができるとは思ってなかった。古民家で優雅なお茶って贅沢じゃない」

「あはははは……別にやってもいいんですけどねえ。優雅な喫茶店とかって」

「うーん。人が大量に来るのはちょっと困る」


 喧噪嫌いで古民家に引っ込んだのに、自分から喧噪をつくる気はない。私のきっぱりとした口調に、春陽さんは苦笑する。


「しませんよー」

「そう? でもごちそう様。おいしかった」


 サンドイッチにスコーン。ジャムもレモンカードもおいしかったし、紅茶をひと口飲んだら仕事に戻れそうだ。食洗機に食器を突っ込んだところで、春陽さんが「よろしかったら」と声をかける。


「ビスケットとマカロン、二階に持ってってくださいよ」

「いいの? 写真もう終わった?」

「ばっちりです」

「じゃあ、遠慮なく」


 いい色に焼けたビスケットにマカロンを皿に盛り付けると、私は二階に持っていった。

 午後の仕事も、このビスケットとマカロンを食べる時間のためならば頑張れそうだ。

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