そうだ、餃子パーティーをしよう

 本日も晴天。でも休みである。

 蝉のじんわじんわという鳴き声を聞きながら、私たちは一生懸命台所に並んでいた。

 昼間から冷房をガンガンに効かせて、大量の餃子を焼いてビールと一緒に流し込もうという、冒涜的な遊びを試みるのだ。

 春陽さんがすごい勢いで刻んでいくキャベツにニラ、白ネギ、生姜を、私がボウルに入れて豚肉ミンチと一緒に捏ねていた。

 餃子は豚肉にするか鶏肉にするか、かなり迷うところだけれど。豚肉にしたほうが味が複雑になって好きかな。鶏肉は鶏肉で淡泊ながらも野菜をたくさん合わせたらおいしくなるけど、どうしてもビールを飲むにはパンチが足りなくなるから。


「あっ、高菜の漬け物冷蔵庫に残っていましたけど、これも入れちゃいましょうか」

「ああ。いいですねー。そういえば春陽さんは餃子にはニンニクを入れる派ですか? 入れない派ですか?」

「うーん、入れたらおいしいのはわかるんですけど、ひと晩ニンニク臭いのには耐えられないので入れない派です」

「はい、多数決でニンニクは入れません」


 ニンニクを入れるとなんでも美味くなるけれど、しばらく匂いが残り過ぎるという残念な欠点があるから、家でニンニクをたくさんつくる料理はつくれない。ニンニクが既に入っているガーリックオイルで間に合っている。

 そう思いながらボウルの中身を更に捏ねていく。捏ねていったら、春陽さんが野菜を切り終えてから、ボウルをもうひとつ取り出した。


「ちなみに美奈穂さんは味替えは好きな派ですか?」

「うーんと、あんまり手間がかからなかったら、好きな派です」

「はい、多数決で味替えします。美奈穂さん、こっちにも野菜餡入れてください」

「はあい」


 片方の味付けは、オイスターソースを入れて、まとめるために片栗粉をこんもりと入れた。

 もう片方はどうするのかと思って眺めていたら、春陽さんは市販の紫蘇チューブと梅干しを叩き刻んだものを混ぜていた。紫蘇と梅干しだったら絶対においしいだろうなあ。こちらにも片栗粉をこんもりと入れておく。

 こうして野菜餡ができたところで、ホットプレートを持ってきてテーブルの真ん中に置き、餃子の皮を持ってくる。


「皮は手作りしないんですねえ」


 私がそう何気なく言うと、春陽さんが肩を竦めさせた。


「今、強力粉ないですから」

「あれ、餃子って薄力粉じゃないんですか?」

「違いますよー。皮からつくるのもおいしいことにはおいしいんですけどね。じゃあ小麦粉買ったときにでも、つくりましょうか」


 普段の料理は、薄力粉しか使わないから知らなかった。ケーキもクッキーも薄力粉だしなあ。そう思いながら、バットとスプーンを持ってきて包みはじめた。

 私はもう面倒臭いし、焼いたら勝手に縮むからと棒餃子のようにくるくる巻くだけにしているのに対して、春陽さんはすごい勢いでひだをつくりながら巻いていく。


「早いですね……私こんなに早く餃子の皮包めませんよ」

「慣れですよ。慣れ。それにこれを焼いたらビールが飲めると思ったら、スピード早まりませんか?」

「……早くなるわ。ビールと一緒に餃子を飲みたい」

「逆ですよー」


 そう言っている間に、結構な量があると思っていた野菜餡も全部包めた。

 ふたりだとそんなに食べられないと思ったのに、ボウルふたつ分に渡る餃子もバットにこんもりと載せられた。

 さて、用意したホットプレートの電源を入れて焼く準備。私が油を敷いて餃子を入れている間に、春陽さんは水を電子レンジでチンしに行った。あと、片栗粉を水で溶きはじめた。


「あれ、なにやってるんですか?」

「これ、焼くときにかけるんです。羽根つき餃子」

「はあ……」


 羽根つき餃子っておいしいのかな。テレビで見たことがあるけれど、いまいちピンと来なかった。

 餃子にお湯を入れて、ホットプレートの上にステンレスの蓋を置いて蒸す。しばらく置いたところで、餃子の皮が透き通ったのを確認してから、餃子を一斉にひっくり返して、片栗粉水を回しかけた。

 ジュワァ……という音と一緒に、片栗粉水が蒸発し、おいしい焦げ目の羽根だけ残していくのが壮観だった。

 春陽さんはそれをひょいと大きな皿に載せてくれた。

 羽根つき餃子はおいしいのかなと漠然と思っていたけれど、おいしいのかなじゃない。この羽根の焦げ目の匂いを嗅いだら、そりゃあ誰だって「羽根は必要だろ」と豪語すると思う。

 私は小皿とビール缶を持ってきて、「なにつけて食べる?」と尋ねると、春陽さんは「そうですねえ……」と言った。


「ポン酢醤油ですかねえ」

「了解。じゃあそうしよう」


 小皿にポン酢醤油を垂らし、焼き立ての餃子を大皿から取って食べた。

 ……羽根、おいしい。あと野菜餡、無茶苦茶おいしい。オーソドックスな餃子ももちろんおいしいけれど、春陽さんのつくった梅しそ餃子も酸っぱさとさわやかさが合わさって無茶苦茶おいしく、ふたりがかりで夢中で食べていく。

 ビールを傾けながら、バットの餃子を焼いていくと、だんだんとアルコールが体を駆け巡って、食欲ももりもりと沸いてきて愉快な気分になってくる。


「おいしい、春陽さん天才」

「大袈裟ですよー。でも美奈穂さん。割となんでもオイスターソース入れますね?」

「親が言ってたの。オイスターソースは生で舐めない限りは裏切らないから、困ったら入れておけって」

「まあ、オイスターソースは火を通さなかったら匂いの癖が強過ぎますからねえ」


 ふたりでそう言いながら、私の棒餃子も、春陽さんの羽根つき餃子もどんどん焼いていく。ふたりでビールを傾けていたら、「そうだ」と春陽さんが言った。


「日付が決まったんですよ。カメラマンさんが来る日」

「ああ……本の写真だよね。そういえばどんな料理つくるの?」

「『古民家ゆったりごはん』です」

「んー? 普段私たちが食べているような料理でいいの?」

「はい。だから日常ご飯とか、そんな本になりますかねえ」


 夕食はそれぞれ交替でそれなりに食べているけれど、ときどき羽目を外して、冒涜的なもの食べまくっているのになあ。

 体に悪いものを無茶苦茶食べている人間が、いかにも体に優しい丁寧な暮らしをしています感の本を出すのは妙な気分だ。


「ふうん……別にいいんじゃないの?」

「はい。まあカメラマンさんたちがいらっしゃる際にかなりうるさいと思いますし、本一冊つくるのにかなり通われると思いますから……美奈穂さんも、人間関係が煩わしいからここに引っ越してきたのに、騒がしくしてしまってすみません」


 春陽さんがペコリと謝るのに、私は彼女のコップにビールを注ぎながら、自分もグビグビ飲んで言う。


「いや、私も世間の声が鬱陶しいから、古民家に籠城決め込んだだけで、別に人間嫌いでもないから」

「……ええ、そうなんですか?」

「そりゃまあ。もし人間嫌いなら、そもそも春陽さんを拾ってきたりはしないでしょ」

「そっか……そうですよね。はい! ありがとうございます! じゃあ今度、どんな料理つくるのかアイディア見せますから、見てくださいね!」

「はいはい」


 私はてっきり写真を撮るセットを貸し出すだけなのかと思いきや、じわじわとレシピ本づくりの手伝いをさせられているような。

 特にそれで給料をくれとか、催促するつもりはないけれど。全く知らないジャンルに関わるというのは、なかなか勇気がいるもんだ。

 そう思いながら、グビリとビールを飲む。

 冷房と餃子とビールと夏の日差し。うん、冒涜的だわ。

 バットに残った餃子も焼いておく。これでしばらくの昼ご飯は困ることもないでしょう。

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