そうだ、梅シロップをつくろう

 天気予報に寄ると、台風一過のあとはしばらくは晴天が続くらしい。

 天気予報のためくらいにしか見ていないテレビで、一週間の天気を確認してから、チャンネルを消す。

 最近は日が高過ぎて食材も傷みやすく、食べる量も考えないといけない。冷凍させていた鶏肉を玉ねぎと出汁醤油、卵で割って、冷凍させていたご飯にかけて親子丼をつくると、それを私と春陽さんはもりもりと食べていた。

 私よりも明らかに料理の腕がある春陽さんは、私が適当にちゃちゃっとつくったものでもおいしく食べてくれる。


「だって、自分以外がつくってくれた料理って、それだけでおいしいじゃないですか」


 彼女の主張に、私は「なるほど」と唸った。たしかに私も春陽さんがつくってくれた料理はなんだって美味いものね。

 そうもりもり食べていると、チャイムが鳴った。

 うちにやって来るのは、専ら春陽さんが契約している農家から届いた野菜や、通販で届く食材だ。私が「はあい」と出ると、ずっしりと重いものが届いた。


「春陽さん、これなに買ったの?」

「あー、そろそろそんな時期ですねえ」

「なに?」

「青梅です」


 箱から出てきたのは、たしかに青梅だった。そういえば、そろそろスーパーでも赤紫蘇と一緒に出回る頃だった。でもこんな量、スーパーの一家庭分でもそんなになかったような気がする。


「すごい量だね……これ、全部梅干しにするの?」

「うーんと、梅干しにするのは三分の一で、残りは梅酒と、梅シロップですね」

「……どうして、わざわざ梅酒と梅シロップと分けるの? あと毎年つくるほど必要?」


 梅酒って、リカーの入れ物一杯につくったら、一年くらいは簡単に持つと思う。おまけにリカーなんて水で割りながらじゃなかったらとてもじゃないけど飲めないから、余計に飲む頻度もそこまで高くなるとは思えないんだけれど。

 私の言葉に、春陽さんはぶうたれる。


「えー、結構梅シロップって飲みませんか? あと梅酒はケーキをつくるのに無茶苦茶重宝します! 梅のパウンドケーキおいしいです」

「ごめん、私の人生でそんなに梅のパウンドケーキ食べたことないからわからないや。でもひとりでつくるのって大変そう」

「うーん、たしかに梅干しつくるのは、梅を塩漬けしたあと、更に干さないと駄目なんで結構晴れた日を狙わなかったらつくるの大変なんですけど、梅酒も梅シロップも、そこまで大変じゃないですよ?」

「そうなの?」

「そうですよ。じゃあ今度の休みにつくりますか?」


 あれ、これって私。梅シロップつくる作業に狩り出される奴では。そう思ったものの。


「うん、でも私なにすればいいの?」

「わあ! ありがとうございます、手伝ってくれて。そこまで身構えなくってもいいですよ。梅シロップつくりは、本当に楽ですから!」


 なんか知らないけど面白そうだなあという好奇心には、勝てなかった。


****


 つくると約束した休日。私たちは余り野菜を煮たスープとパスタで朝ご飯を済ませて、早速作業に取りかかる。

 春陽さんは早速保存用の器になにかを入れてから、捨てた。


「それは?」

「焼酎ですね。それで殺菌しておくんです。これだけ大きい器でしたら、煮沸消毒できませんし」

「煮沸消毒って、熱湯で茹でる奴?」

「ふふっ、たしかに大鍋にガラス瓶を入れてコトコトするんで、茹でることになりますかねえ。はい。ですから度数の高いお酒を入れて軽く振って、煮沸消毒の替わりにするんです」


 なるほどなあ。そう思っている間に、今度は青梅を取り出した。休みの内に、冷凍させた青梅はカチンコチンに凍っていた。


「……ちなみに青梅を凍らせたのは?」

「そのほうが早く青梅エキスが出るからですねえ。ちなみに氷砂糖は一対一で」

「他の砂糖は使っちゃ駄目なの? 蜂蜜とか」

「まあ糖分と梅が一対一だったら、理論上はシロップはできます。ただ氷砂糖が一番味が澄んでいるってだけですから。ただ蜂蜜の場合は、ちょっと発酵しやすいんでお勧めしにくいですねえ」

「発酵しちゃったら駄目なの?」

「そうですねえ……梅エキスの発酵液って、そのまんまだと密造酒になってしまうんで、基本的には止めたほうがいいです」

「はあ……そんな理由でお酒になっちゃうんだ」


 知らなかった。でも葡萄も簡単に発酵してワインになっちゃうから、梅だって簡単にお酒になっちゃうのかも。

 私はそう納得してから、手伝うことにした。

 凍らせた青梅の黒い軸を竹串で抉り落としていき、保存瓶に入れていく。ある程度溜まったら、その中に氷砂糖を投下し、また梅を入れていく。理屈で行ったらかなり単純だし、梅と氷砂糖のコントラストは見ていると結構面白い。


「ちなみに梅酒の場合は、この梅と氷砂糖にそのまんまリカーを投入したらできますよ」

「へえ……でも今回はしないんだ?」

「しないですねえ。ちなみにシロップとお酒だと、結構時間が違いますから」

「どれくらい?」

「シロップはこのつくりかただったら一週間くらい、梅酒はひと月くらいです」

「……そこまで違うんだ」


 そりゃシロップつくってお酒で割ったほうが早いって発想にもなるよねえ。

 グジグジとしていく内に、梅シロップの保存瓶が満員になった。それの蓋を閉め、春陽さんは笑う。


「あと、出来上がった梅が楽しみなんですよね」

「ケーキをつくると言っていた奴?」

「そうです。シロップができたら、さっさと梅の実は取り出しますんで。あっ、食べたいものとかってありますか? ケーキとか」

「うーんと」


 そうは言ってもな。パウンドケーキができるよと言われても、今の時期だったらちょっと暑いような気がする。

 私は「うーん」と考えてから、口を開く。


「その梅の実で、涼しげなデザートってつくれないの? さすがに今の時期にパウンドケーキは暑いと思う」

「あー、それはあるかもですねえ。んー……わかりました。なんか考えておきます」


 こうして、梅シロップの完成と、梅の実の行く末を案じることとなった。


****


 一週間経ち、そろそろ梅雨入りだなあと天気予報に気を揉んでいる中。暑い中でも台所に立つ春陽さんは、小鍋にあの梅シロップの実を入れていた。そこに水を注いでいる。


「これいったいなにつくるの?」

「んー、いっそ甘露煮をつくろうかなあと。あと、さっぱりするから梅味噌つくって晩ご飯のおかずにとか」

「甘露煮……」

「ただ梅シロップから取り出した梅の実を、水と一緒に煮るだけなんですけどねえ。おいしいですよ」


 そう言って笑う。そして。

 なんにもなかったはずなのに、たっぷりと出た梅シロップ。琥珀色に染まっていて、これは炭酸で割って焼酎と飲んだらおいしそうだ。晩酌にいただこう。

 春陽さんはコトコト煮込んだ甘露煮を冷ましてから冷蔵庫に入れる。

 そして夜。

 晩ご飯を終えた私たちは、わくわくしながら冷えた甘露煮を小皿に入れて食べ、梅シロップを炭酸と焼酎で割っていた。

 冷えた甘露煮は、梅の独特の酸っぱさもシロップに持って行かれた分程よく抜けて、爽やかなデザートだ。


「おいしい……」

「ただ煮ただけですよぉ」

「でも私、梅なんて梅干し以外はほとんど食べないし」

「梅酒に漬けている実なんかは、甘露煮にしなくってもそのまま食べておいしいんですけどねえ。これはこれで、味わいが違いますから」

「じゃあ、お次は……」


 そしてメインの梅シロップをぐいっと飲む。

 旨味が凝縮されている上に、炭酸の喉越しが焼酎を丸く仕上げてくれている。はっきり言っておいしい。


「はあ……世の中こんな贅沢な楽しみがあったんだ」

「ですから、大袈裟ですってば。本当に楽なんですから」

「それをやりたがらない人間が、世の中には多いんだから」

「……美奈穂さん、もしかして酔ってます?」

「これくらいじゃさすがに酔わないから。でも、本当においしい。ありがとうね、春陽さん」

「いえ。喜んでくださるなら、つくった甲斐がありますよ」


 おいしいおいしいと言いながら、ふたりでグラスを空にする。

 虫がジリジリ鳴りはじめたし、そろそろ蒸し暑い頃合い。夏が本格的に近付いてきている。

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