成り上がり魔法使いアーサー

恒例行事

浮浪者アーサー


「アーサー!! アーサーはどこ!?」


 姉上の声が聞こえてくる。

 

 随分慌てている様子だ。

 ダメだなぁ、ダメダメだ。

 人生は緩やかに、それでいて規則正しく、そしてのんびりと生きていかなくちゃ。

 そこら辺の野草を千切って炎魔法で無理矢理抽出したお茶を日々の入ったマグカップに注ぎながら、ボクはのんびりとお茶を啜った。


「ヴェホッ!! ゲホッ! オエッ!」


 渋すぎ!!!

 辺り一面に広がった暗黒のお茶に黙祷を捧げながら水魔法で地面を洗い流した。

 

 今日の実験は失敗だ。

 実験内容は『優雅にお茶を啜れば貴族っぽく見えるのか否か』というものである。

 ボクは形から入るタイプなんだ。

 決してやる事がなくて暇つぶしに遊んでいた訳ではない、決して。


「アーサー! やっぱりここにいたのね」

「やあ姉上、髪の毛が乱れているよ」

「今はアンタしか見てないからいい。それよりも聞いてアーサー!」


 そう言いながら姉上は洗い流した渋すぎるお茶も気にすることなくズカズカと部屋に押し入り、ただでさえボロい床が更に外の汚れていくのを悲しく見るボクの前にある紙を突き出した。


「えーと、なになに。『第十七回魔法応用コンテスト』……」


 これは流石にボクも聞いたことがある。

 宮廷魔法使いとか魔法が得意な第四師団とか、そこら辺の組織が主催する魔法コンテスト。

 在野に埋もれた原石を探すのが目的で、結果次第では優勝しなくてもスカウトされるとかなんとか。

 

 なるほど。

 ついに姉上はプータローのボクを許せなくなってしまったらしい。

 自尊心の欠片も無い怠けものであるボクにとって就職と労働程愚かな行動は無いけれど、世間一般的には違うからね。


 あの手この手で断る算段は勿論用意してあるのさ。


「そっか、頑張ってね姉上」

「斬るわよ」


 有無を言わさぬ眼光で睨まれてしまえば非力なボクにどうにかする手段は無い。

 

 これは脅しだ。

 そして警告でもある。

 ま、唯一の跡取りで正式に家督を継げる人間がこの有様だからね。

 そりゃ姉上が憤るのも無理はない。


 諦めるとは言ってないけど。


「勘弁してよ。ボクは上昇志向も無いしやる気も無い、生きていければそれでいいし贅沢な暮らしも望んでない。貴族の務めノブレス・オブリージュも持ち合わせてないし、ていうか没落したんだから貴族ですら無いのに今更何をしろと」

「口だけは回るわね……」

「口と魔力を回すのが魔法使いの仕事だからね」

「知ってる? ただ魔法を使える人間の事を魔法使いとは呼ばないのよ、この国では」


 なんてことだ。

 それじゃあまるでボクがだらしない無職のバカみたいじゃないか。


「そう言ってるじゃない」

「ふー…………姉上が嫁入りしたし、もうよくない?」

「よくない。お父様が言っていたでしょ、『常に己を磨く事を忘れるな』って」

「家訓だね。それに倣って磨いた魔法は今やこの有様だけど」


 床を水浸しにする程度の魔法しか使っていないボクが魔法コンテストなんて出てやる気に満ち溢れた挑戦者達に勝てる訳無いじゃないか。

 

 姉上は少々身内贔屓する節がある。

 確かに昔、幼い頃、まだ家が万全で両親も存命だった頃に『神童』なんて騒ぎになったことはあるけれど、結局今はこの有様だ。

 没落貴族で野草と虫を主食に生きる無職。

 定職に就くことも出来ず、嫁入りした姉上に時折支援されてひっそりと命を繋いでいる無能。


 それがボク、アーサー・エスペランサである。


「エスペランサ家は没落した。今やこの姓を持つのは国にボクだけで、歴史はここで幕を下ろす。父上と母上が戦場で散ったあの日から、ボクらの運命は決まっていたのさ」

「そんなのはどうでもいいのよ」

「…………ん?」


 ふー……

 少し落ち着こうか。

 心が跳ねたような気がする。

 簡単に言えば動揺した。

 今姉上なんて言ったかな。家が滅ぶことはどうでもいいって名言したよな。

 

「滅ぶ家には滅ぶべき理由がある。暗闘に負けたか、失態を犯したか、なんだっていいの。それがこの国にとって重大な影響を及ぼさないなら私に言える事は何一つとしてない」

「……流石は武人だ」

「私にはそれしか無かった。でもアンタは違う」


 手に持っていたコンテストの応募用紙をボクの胸元に押し付けて、黄金に輝く瞳で真っ直ぐに見つめて来た。


「魔法の才能がある。何かを傷つける事でしか己を証明できない私と違って、アンタは――アーサーには、魔法を生かす才能がある」


 姉上は魔法が使えない。

 それどころか魔力が全くない。

 エスペランサ家は成り上がりの家で、五代前の傑物が興した魔法使い一族だった。

 

 時代が進むにつれて衰退していくエスペランサ家待望の双子が、魔力を持たない長女と無能のボクじゃあどうにか出来る筈も無く。両親が戦場で散ったあの日、この一族は終わったのだ。


 そして姉上は己の道を突き進み、そんな姉上と違ってプライドも何も持ち合わせていないボクはこうやって草に潤う朝露を啜るような生活をしている。


「魔法の才能ねぇ……そんなものがボクにあるとは思えないけれど」

「相伝を受け継ぐ前にお父様が亡くなったから継承してないのは知ってる。でも、アーサーは魔法を使う事を止めていない。それはれっきとした才能に違いないの」

「姉上が剣を振り続けるのと同じだって? 冗談はよしてくれ」


 ボクが魔法を使うのは便利だからだ。

 生きていく上である程度のエネルギーを摂取すれば確実に魔力に還元されるこれさえあれば成人男性一人生き延びるくらい屁でもない。

 これがなければもうくたばっていた。


「姉上には魔法の才能がない代わりに剣があった。それが努力の末に掴んだ物だと知ってるけど、同列にするのは貴女に失礼だ」

「いいえ、同じよ。いい、アーサー。もう一度だけ言うわ」


「アンタには魔法を生かす才能がある。その才能を発揮して、自分だけの名声を掴むべきだ」


 こうと決めた姉上は動かない。

 昔から頑固で、自分でやると言った事は決して諦めないのだ。

 

 すごい人だ。

 だからより一層ボクは自分が醜くて、楽な道に逃げ込みたくなる。


「……それでも、遠慮しておく。もう、努力はしたくないし」


 ダメなんだ。

 子供の頃に味わった挫折が、ボクの心を離れない。

 神童なんて持ち上げられたボクが、ただの早熟な凡人だったと叩きつけられたあの日が忘れられない。

 だから努力は出来ない。

 どれだけ努力しても、結局才能に勝る事は無かったから。


 凡人は地べたを這いずって醜く生き伸びる。

 天才に楯突こうとするのが間違いなんだ。

 ボクは凡人だ。

 だから無理だ。

 

「悪いね、姉さん。ボクはもう――」

「あ、因みに最近の貴族は腐敗が進んでるからもしも取り入れる事が出来たらヒモ生活出来るかもね」


 ――なんだって?

 

「特に第四師団。あそこは腐敗が進んでるから、上に気に入られた奴が昇格する最悪の環境よ」

「なんて事だ……許せないな。国を守るべき軍隊が腐敗しているなんて」

「本音は?」

「口先を回して取り入るのはボクの特技だ。エスペランサ家の再興は任せてくれ」


 腐敗上等。

 ボクは清廉潔白な人間などではない。

 楽に蜜を啜れるなら何もかも投げ捨てで、当然リスクとリターンは考慮するが、道は太く広い方がいいに決まっている。

 細い茨の道なんてものは選ばない。

 だから魔法を生きるためだけに使っているんだ。


 というか冷静に考えてみれば挑戦するだけタダじゃないかな。

 コンテストに挑戦するのに費用は掛からない。

 くくっ、勝ったな。

 ボクの人生はここまで堕落と墜落の一途を辿っているけれど、ここからが真実の道というワケだ。

 

 そして無事コンテスト評価されちゃったりしたボクは貴族のお嬢様に惚れられて結婚したりして成り上がって、エスペランサ家は終わるかもしれないけど人生は続いていく、と。

 腐敗の進んだ貴族社会でヒモになる。

 これがボクの夢。

 今決めたもう決めたさっさと決めた。


「ハーッハッハ! どうやら来てしまったようだね、ボクの時代が」


 野草茶とネズミスープからはもうオサラバだ!

 

 成り上がって玉の輿を手に入れて見せようじゃないか!

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