第06話 カラドリウス③

『その、……甘えていいとおっしゃっていたので。模擬戦を……』

 

 なーんだ、模擬戦の申し出か。

 ゲームをしていた時も、模擬戦イベントはあった。

 当然模擬なのでゲームオーバーになることはない。

 せいぜいキャラクター間の友好度が上下するくらいだ。

 胸を撫で下ろすアリア。

 だが、いやちょっと待てと我にかえる。

 これ、どうなるんだろうか。

 そもそも戦っていいのだろうか。


『お姉さま』

「ひゃい!?」

『私、その。貴方の戦い方に身体が火照ってしまって。はしたないとはわかっているのですけれど……どうかこの私めを構っていただけませんか』


 モニター越しとはいえ、殺人的な可愛らしい上目遣いである。

 アリアはまたしてもクラっときた。

 もし目の前に火照った美少女が


「構ってください……」


 なんて迫ってきたらドキドキしてしまうだろう。

 もしかしたら新たな扉が開くのかも。

 それはそれとして、だ。

 真面目なことを言うと、モニカもまたお嬢様、すなわち戦士である。

 圧倒的な力を見て、恋慕の情に似た昂りを覚えるのは至極当然のことでもあった。

 

『アリア、模擬戦って言っても実弾を装備しているからね? 機体がぶつかっただけでも危ない。後日、学園のシュミレーターでも……』

『お願い、お姉さま。私、この世界で生き残りたいのです。貴方の力を、少しでも学びたい』



「やったりまっしょい!」



 サムの静止虚しく、アリアは顔を赤くしてそう言い切った。

 何かとんでもない選択をしてしまったような気もするが


「かまへんかまへん! 可愛い子の言うことはお姉ちゃんが全部聞いちゃる!」


 とアリアは鼻息を荒くしている。

 正直に言えば、不覚にもシンパシーを感じてしまった。

 ――生き残りたい。

 それは、アリアも同じだ。

 事情が違えど同じ人がいたなら、どうしても情が移ってしまう。

 ましてやこんな世界なら尚更だ。


『本当ですか!』

「ええ。新人にわたくしという力を見せる言い機会ですわ。どーんと来なさい!」

『知らないぞアリア……』

【警告:パイロットメンタルが性的高揚――昼間ですよ、姐さん】


 執事とAIのダブルツッコミなんのその。

 アリアは操縦桿をギュッと握りしめる。

 ここはどうせ絶望的な世界。

 足を踏み外したならば死を免れない世界だ。

 確かに自分は恵まれている。

 執事オペレーターはイケメンでドSヅラでも優しい。

 AIも中に人が入っているのかと思うくらいに気さくだ。

 しかし、しかしだ。

 ここは終末世界、世界の隅々が戦場なのだ。

 気を抜くと不安で押し潰されそうになる。

 アリアの心は一つ。

 生き延びたい。

 でも、どうせ生きるならば楽しく生きたい。

 ならばこの昂る感情に赴くまま操縦桿を倒して何が悪いのか。


(――大丈夫、この模擬戦を越えれば彼女とは更に仲が深まるはず)


 よくよく考えれば悪い話ではない。

 賭けに近いが、ダメ押しの一手になるはず。

 リスクは承知だ。


(それに、間違ってもこの機体では負けないでしょう)


 アリアはメインカメラに映った【カラドリウス】を見る。


 初期カラーリングの全身真っ黒な機体だった。

 頭部は猛禽を思わせる三角形のシルエット。

 胸部装甲ブレストは女性らしいそれではなく、装甲板を重ねた箱型の安定志向。

 腰部装甲スカートはスピードタイプで長細い涙状の形。

 全体的にかっこいいが、それだけだ。

 主武装は初期武器のレーザーライフル。

 レーザーは弾丸代がかからない分燃費は悪い。

 何も考えずに撃ち続けるとエネルギーが枯渇する。

 その果ては一時的な行動不能オーバーヒートてある。

 これを回避するためにはエネルギー容量を司るジェネレーターを買い替えたり、エネルギー効率のいい装備に切り替える必要がある。

 そうやって機体構成アセンブルを考えるのが、『ギガンティック・レディ』というゲームの醍醐味でもある。

 初期機体カラドリウスはこれを楽しませるためにワザと性能が低く設定されている。

 性能上、こちらの機体に合わせて動く事はできないはずだ。


(それはモニカも解っているはず。なのに模擬戦を仕掛けてきた。ということは)


 勝機があるとでもいうのだろうか。

 試したいテクニックがあるというのだろうか。

 ――おもしろい。

 思わずペロリ、と唇を舐めるアリア。

 彼女は生き残りたい。

 それは、間違いない。

 だが生前はこのゲームでトップを走っていた人間だ。

 それはそれ。

 これはこれ。

 戦乙女バトルジャンキーとしての顔が浮かび、それを見たサムがため息をついていた。


『オープンチャンネルで失礼。アリア、そしてモニカ嬢。もうすぐあの連中が狙っていた航空居住区ギガフロートが付近を通過する』


 サムがやれやれ、といった様子で無線を入れてくる。


『護衛用特攻ドローンハニー・ビーはGLの踊りに敏感だ。退避時間を考えて、制限時間は三分。いいね?』

「だ、そうよモニカ。それでよろしくて?」

『よろしくお願いします、お姉さま』

『モニカ嬢のレーザーは最低出力で当たったら。アリアは……納得できる勝利を。どうだい?』

「わたくしだけフワッとしてませんこと?」


 するとサムはウインクをする。

 ハンデという事だろうか。

 損耗を嫌う彼らしい提案だ。

 ならば仕方なし、とアリアはその条件を飲んだ。

 やがてモニカの可愛い顔が引き締まる。

 流石はこのゲームの主人公の一人だ。

 その目に英雄の片鱗が見える。

 漆黒のGL【カラドリウス】のバーニアがクソデカ感情を孕み、吼えるように点火した。

 まっすぐに、一気に近づいてくるモニカ。

 アリアはすぐにお嬢様戦士の顔になり、操縦桿をギュッと傾ける。

 銃口が向けられ、輝く。

 青白い稲妻のような色。

 レーザー特有の光だ。

 アリアはフワッと浮き上がり、レーザー避け、そのまま突っ込んでくるモニカの【カラドリウス】をまたぐ。

 通り過ぎたと思う前に、グルっと回ってガトリング砲を向けた。


 ――さぁ、何をしてくれるのかしらモニカ=ユンカース。

 

 このまま穴あきチーズになってしまうのか。

 だが予想外のことが起こる。

 振り向いても、モニカ機はいなかったのだ。

 ゾワッと。

 アリアの背に寒気が走る。


「下!」


 反射的にバーニアを点火。

 機体を引いた虚空には、レーザーが下から伸び上がる。

 真下にメインカメラを向けてみると、潜り込んでいたモニカの機体がいた。

 アリアは冷や汗をかいた。

 初期機体でこんなに素早く懐に潜り込んでくるとは。

 普通こういった戦闘では引き撃ち、つまり自分の距離を保ちながら戦うのがセオリーだ。

 だがモニカはそれを踏まえた上で、死角に潜り込むため前に出た。

 しかも通過すると見せかけて、L字に落下したのだ。

 流石はゲーム主人公、将来の英雄である。

 気を引き締めていなかったら、GLの最大の弱点である腰部装甲スカートの下を撃ち抜かれていた。

 初めて出会ったアリアに模擬戦を仕掛けてくる度胸。

 それに、正面からフェイントをいれて強かに弱点を狙ってくる一瞬の判断。

 末恐ろしいとアリアは震える。


「今の……やりますわね」


 闘志に火がついた。

 アリアはすぐに天へと登る。

 下からレーザーが追いかけるようにして放たれる。

 モニカは無理に追いかけず、銃撃に徹していた。

 こちらの運動性能を見てからの判断だろう。


(頭がいい)

 

 確かに、ああして固定砲台と化せばエネルギー消費は抑えられる。

 しかもこの立ち位置になったなら、運動性が劣っていようと関係ない。

 アリアが反撃しようとしたら最小限の動きでかわして、また銃撃を始めればいい。

 モニカは猫だましの一撃から、攻撃の主導権を掴んだのだ。

 さらには――


(こちらの動きを見ている……!)


 そんな気がしただけだが、確かに彼女は学んでいる。

 それが証拠に、レーザーの照準がどんどん正確になっていたのだ。

 ヒヤリと背を伝う汗。

 アリアは操縦桿を握り直す。

「さあ、あなたのターンは終わり。ここからはわたくしの番ですわ!」

 アリアはすぐさま反転した。

 いきなりの方向転換に、モニカは度肝を抜かれる。


『――熱狂的急降下ギロチンダイブ!』


 アリアの十八番の一つ。

 真っ逆さまに、バーニアをフル点火させて超スピードで急降下。

 速度を見誤ると地上に叩きつけられる危険な戦い方だ。


『何で当たらないの!?』


 モニカにしてみれば驚愕の一言だろう。

 アリアは天才的な操縦桿さばきでレーザーを避けていた。

 それはゲームで何度も戦う内に身についた勘のようなもの。

 相手にわざとロックオンされて、攻撃タイミングを予測し軌道を変えるのだ。

 しかもどんどん迫り来るのだから、相手への精神的プレッシャーは相当なものである。


『くっ! そんな! うわああああ!』

「はしたない言葉はおよしなさい。お嬢様はクソ度胸、でしてよ」


 身を引いて撃つモニカに、一気に迫る【ダイナミックエントリー】。

 ぶつかるか否か。

 そのくらいに迫ったところで軌道変更。

 アリアの機体はモニカの機体の脇を通り過ぎた。

 その時。

 一瞬だが。

 たしかにモニカの機体の脇にアリアのガトリング砲の銃口が向いた。

 モニカの機体はその時、全く反応できずに銃口を空に向けていた。


「んふ。勝負ありかしらね」


 もしアリアがトリガーを引いていたならば、モニカのコクピットは無事ではすまなかっただろう。

 文句なしの勝利である。


『――負けました。実力差がこんなにハッキリ見えるだなんて』


 観念したのか、モニカの機体はガッカリと肩を落とした。


『さ、お嬢様たち。そろそろ門限だ。そちらのオペレーターもいいかな?』


 サムがそう問いかけると、サムだけに来た通信が是と答えたらしい。

 彼は


「ウチのやんちゃなのがどうもすいません」


 とばかりに頭を下げていた。


『お姉さま。無様を晒して、申し訳ございません』

「いいえ。モニカ。貴方は強くなるわ。その時が楽しみですわね」

『……身に余る光栄です』


 アリアは愛機に帰投ルートを入力して、自動操縦に切り替える。

 深くパイロットシートに体を埋めて、凹んだ顔を映すモニカのウィンドウへニッコリと微笑みかけた。


「一緒に生き残りましょうね」


 その時の、ハッと希望に満ちたモニカの顔といったら。

 きゅううんとアリアは胸を締め付けられる。

 もうこのまま死んでもいいんじゃないかなと思うほど。

 いやま、死にたくないけど。

 

 ――さ、次は何をしようか。

 ――もう大体終わったようなものだ。

 ――あとは、そう。

 ――

 ――このクソッタレな世界で生き延びたい者同士、寄り添い合って。

 ――ならば。

 ――モニカたんの障害となるものを片っ端から潰して回ろう。

 ――盛り上がってまいりました。

 ――お姉ちゃん頑張っちゃうぞ。


 思わずえへ、えへへへへ、デュフフフフとニヤけるアリア。

 とても見せられない顔だった。

 モニカは幻滅してしまうかもしれない。

 空気の読める総合管制AI、D.E.ディー・イーは主のそれを察知。

 彼女に黙って外部映像通信をシャットダウンしていた。



■■■


 

 ああ、お姉さま。

 なんて素敵な人なのかしら。

 お姉さま。

 お姉さまお姉さまお姉さまお姉さまお姉さま。

 何十何百言葉にしても足りない、慟哭に似た感情。

 胸を這いまわり、下腹部に滑り込むような激情。

 貴方は罪な人。

 私の初めてを奪った。

 私の心を奪った。

 あの一撃で、私はお嬢様になった。

 いえ、お嬢様を自覚した。

 苦手だった砲火が。

 嫌悪までしていた戦いが。

 悪夢だと呪った自分の適性が。

 今、私には全て福音だ。

 決めましたよお姉さま。

 私は、



■■■


 

――――――――――――――――――――

新着メールが届いています

――――――――――――――――――――

TITLE :カラドリウス

SENDER:AAA

TEXT:

カラドリウスとはローマ神話に出てくる

伝説の鳥の事だ。


危篤の王の元に現れ、

回復の見込みがあるなら病を吸い取り

そうでなければ見捨てて飛び去る。


本来は『白い』鳥だが

首に下げる『黒い』袋には

吸い取った病があるという。


そして黒い袋が最大まで溜まった時

神鳥は卵を生む。

生まれるのは希望か絶望か。


この二つは観測点の違いでしかない。

誰かの絶望は誰かの希望たりうる。


もしアリアにとっての

絶望が生まれたなら――


そんな時、力になるのは貴方の応援だ。

彼女を見守ってあげてほしい。

――――――――――――――――――――

 

(もし物語を気に入っていただけたら、★やフォロー等応援よろしくお願いします!)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る