第11話 齧られたのは

 極まった盤面。


「負けだな」


「ええ、私の勝ちです」


 接戦ではあったが、危なげはない勝利だったと思う。しかし王子は少しも悔しそうな顔などしなかった。ただ黙って盤面を見つめている。


「ですが、私の負けかもしれません。殿下は悔しそうな顔をなさいませんし。最後に見たかったのですけど」


「最後?」


 顔を上げた王子に微笑みかけた。あのときのように、メイド服の裾を持ち上げる。


「はい。本日でお暇を頂戴します。そろそろ実家に戻らなくては。後任のメイドもすぐに見つかりそうです。これまでありがとうございました」


 ここに来ても変わらない王子の顔を見ると、私の方が何だか寂しい気持ちになって来る。


「急だな」


「ええ、急に決めましたので」


「昨日か?」


「どうしてお分かりに?」


 王子は伸べた指で駒を示した。


「一昨日とその前日、迷いがあった。それが昨日には戻っていたから、決めごとをしたなら昨日だろうと」


「仰る通りです」


 思えば最初から看破されてばかりだった。二日間の悩みの原因だって、王子には分かっているかもしれない。ならばもう言ってしまおうと思った。


「……すみません殿下。嘘をつきました。実家の方は何日空けても構わないのです。ですが私が、殿下が楽しく遊べる相手としての資格を失ってしまった。二日間の迷いは、それに関することですわ」


「資格?」


「ええ」


 そっと胸元に両の手を添えた。肌の内にある心臓は、情けないほど一生懸命に鼓動している。


「殿下のことを、好いてしまいました。もっとあなたと時を過ごしたいと思ってしまった。その口実を得るために負けたいと思ってしまった。そして、あなたに好かれたいと思ってしまった。……殿下に全てを楽しめなくさせた駆け引きを、私がしようとしてしまったのです。ですから私はもう、お傍にはいられません」


 欠けない月は、どこまでも完璧で、そして美しかった。だから齧りたかったのだけれど、齧られたのは私の心の方だったなんて、皮肉な話。

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