第8話 欠けないならば齧ってしまえ

 部屋を見渡す。月王子の部屋だというのに、本ばかりがあるだけで、何とも殺風景だ。この部屋はそのまま、王子の人生を表しているようなものではないだろうか。何と彩のない寂しい部屋。勝手に憐れむなんて失礼な話だが。


「殿下はもう少々、人生を楽しむべきかと」


「楽しむことなど、全て学び終えてからでもできる」


「いいえ、できません。殿下は十年経とうとも、『まだ学ぶべきことがある』なんて仰っていそうですもの。知識や学問に際限なんてありませんし」


 王子は口を閉ざす。何も言い返せないと思ったのなら、いい気味だ。


「殿下、では私と純粋な盤上遊戯を致しましょう。諸侯を相手にされる場合は、いつも政治的な駆け引きの場になっているでしょう? 私と、ただ楽しいゲームをしましょう。……ああ、お仕事の邪魔はしません。毎夜三手ずつ、ご就寝前のお飲み物を殿下が飲み終えられるまで」


 王子の反応はいつも鈍い、というよりほとんどないから、私のこの厚かましくはしたない——貴族令嬢である者が、夜中に殿方の部屋に参じるなど本来言語道断だ——どのように受け止めたのか全く分からない。


「答えは言ったが、家には戻らないのか」


 感情の分からない顔をしたままで、王子は言う。私は微笑んだ。


「戻りません。納得できていないですし、私は今、欠けない月を齧ってみたい気持ちなのです」


 面のようなこの王子の表情が崩れるところを、たった一度でも見てみたい。今回の潜入の目的はそれに変わった。


「よく分からないが……茶を飲む間くらいなら構わない」


 こうして、私と王子の奇妙な夜茶会が始まった。

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