第2話 選ばれなかった令嬢たち

 ルベリゼ月王子――我が国では、国を統べる王が太陽王と呼ばれるのに対し、王の継承権を持つ王子は月王子と呼ばれる——の十八回目のご生誕祭は、ちょうど半年前に開催された。王族は十八のときに結婚するのが習わしであり、その相手を見繕うための舞踏会が生誕祭の日に開催されることもまた習わしである。


 当然、貴族はこぞって年頃の娘をそこへった。妃が家から生まれれば、名誉も繁栄も手に入る。ましてやルベリゼ月王子は、稀代の好人物ともっぱらの噂であった。文武両道、眉目秀麗、温厚篤実……完全無欠。遂についた綽名は『欠けない月』。諸侯たちは妃になることが娘の幸せと思い、競って我が子を飾り立てた。中には三つの娘を出席させた者までいたとか。


 悲しいかな、我が父も類に漏れず同じことを考えた。不作続きで数年間ずっと税が取れず、我が家は日々の生活すら苦しかったにもかかわらず、無理に無理を重ねて懸命に娘を飾ったのだ。一族伝来の家宝もいくつか手放したらしい。娘が家を盛り立ててくれることを信じて。


 ——お前にも随分と苦労を強いてしまった。王家に嫁げば、綺麗なドレスも美味しい食事もあるからな。


 ……というよりはきっと、月王子が娘を幸福にしてくれることを信じて。


「殿下、私は納得できないのです。どなたかに敗れたのであれば、諦めもついたでしょう。しかし殿下はどなたもお選びにならなかった。理由もお聞きできないままでは、父に合わせる顔がありません」


 そう。たった一人のために各家が必死になった舞踏会で、あろうことかその一人は誰も選ばなかった。こんな無礼なことがあるだろうか。それきり私は月王子が大嫌いになった。いや、それでは済まなかったので、あらゆる伝手を使いメイドに扮して王城に乗り込んだ、と言うわけである。全てが露見すれば、最悪斬首の罰を受けることになるかもしれないということを知った上で、ひとえに彼が妃を選ばなかった理由を知るために。

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