ツナ缶のプルタブ

日奈久

ある仕事終わり

夕日が眩しくて、彼の顔が影になってしまい表情がわからない。

「結婚して、あなたでいいから。」

自分の唇が震えているのはわかっていた。

それでも言葉にしなければ。

今、言わなければ永遠にこの機会は失われる。

祈るように、私は彼の答えを待った。


 




時計の音と蛙の声が響く。

山奥にあるこの家では動物の声か自然の音しか聞こえない。

深夜2時を回っていた。

キッチンもあるこのリビングは玄関のドアと直通で、私は真ん中のテーブルに1人で座っていた。

カチコチ

ゲコゲコ

カチコチ

ゲコゲコ

カオスな大合唱だ。

そんなくだらないことを考えていると、玄関のドアが開く音がした。

「ただいま。」

190cm近くの身長で白い肌が目立つ男性が入ってくるーーオミト、私の旦那だ。

疲れているのか、その足取りは重そうだった。

「おかえりなさい。」

続いて、大きめのパーカーを着ており、糸目で目つきがとても悪いの男性がリビングに入ってきた。

「おかえり。」

「……ま。」

おそらくただいまと言ったのだろう。

蚊の鳴くような声だった。

「ご飯あるよ。」

私は笑いかけるが、2人は死んだ魚のような目をしていた。

おそらく2人共、ほぼ徹夜だろう。

「風呂入ってくる。」

「ご飯、食べたい。」

大きめのパーカーを着た男性ーー久遠はテーブルについた。

私は味噌汁を火にかけて、ご飯を器に盛る。

「はい、久遠さん。」

久遠は欠伸をしながら、椅子に座る。

目の前にご飯と味噌汁だけの夕飯を出すと無言で食べ始めた。

「……美味、しい。」 

たどたどしく話すのは別に彼が疲れているから、というわけではない。

癖なのか、病気なのか、文節や単語で区切って話すのが久遠の話し方だった。

私が出会ったときからそうだったし、こんにちもそれは変わらない。

「そ、よかった。」

おかわりを催促する手を伸ばすので、またご飯と味噌汁をお椀につぐ。

「……帰ってすぐお風呂に入ってたってのは、そういうことよね。」

私が確認すると、久遠は頷いた。

「うん。今回も、浮気、してた。」

「……あれ、浮気なの?」

「違う、のか?」

久遠に心配そうな顔をされる。

「オミト、シュノがいるのに他の女とするの。浮気、では?」

「……?」

お互い無言になる。

浮気ではあるのか。

私が気にしていないだけで。

「まあ、いいや。相手は?どんな感じの人。」

「若い、派手な女。多分、夜の店の人。客の金奪って逃げた。」

「……。」

頭にタオルを被せたオミトが席に座ったので、ジト目でみる。

「ごめん、水欲しいんだけど。」

髪をタオルで拭きながら、催促する。

「今日も現場で女としてきたの?浮気?」

オミトは虚をつかれたのか、目をぱちぱちと瞬きしながら、

「久遠が話したのか?」

「聞かれたから、答えた。」 

全力で首を振って否定する。

「いやいやいや、そんな浮気だなんて!俺はシュノ一筋だよーー精神的には!」

飛び上がり、必死に弁明しようとするが、私はオミトを無視して久遠に訊ねる。

「久遠さん、どんな風にしてたの?」

「金の場所聞くための。拷問。そのついで。」

久遠は淡々と答える。

「そうそう仕事!仕事!」

今度は全力で肯定するが正直鬱陶しい。

「オミトは黙っといて。」

ピシャっと言うと、バツが悪い顔をして黙った。

「女の、手切り落として。そいつが、死ぬまで腰振ってた。」

「……ふーん?」

「金の場所、聞いた後。さっさと取り、に、行けばいいのに、女としてやがった。」

「……うわあ。」

「仕方ないから、1人で金、取りに行った。金庫、開けるの大変だった。金、取り返すまで依頼。」

「……。」

「おかげで、片付け、遅くなった。掃除屋のチュンさんが、ブチ切れた。俺も、怒られた。」

恨みを込めて久遠がオミトを見つめる。

「シュノちゃん怒ってる?」

オミトはオミトで、こちらの機嫌を伺うように覗き込む。

「べっつにー、女くらい好きな時に抱けば?」

「俺が悪かった。許して!」

久遠も氷のような冷ややかな目で、

「自分には?」

「すまん!」

両手を顔の前で合わせて、申し訳無さそうな顔をしながら謝る。

ため息をつきながら、コップに水を注ぎ。オミトの目の前に置いた。

「久遠さんにあんまり迷惑かけちゃ、ダメ。」

「は、はい。気をつけます。」

ご飯と味噌汁をお盆に載せ、箸を箸置き添える。

「ご飯早く食べてしまって。片付かないから。」

「ああ、ありがとう。」

オミトは味噌汁を一口食べて怪訝な顔をする。

どうやら口に合わなかったらしい。

少し残念な気持ちになったが、口に合わないものは仕方がない。

「今日の味噌汁の具、何?」

「アボカド。」


私は一般人だが、色々あって殺し屋であるオミトと事実婚をし、3人で暮らしだ。

2年付き合ってわかったことはオミトはただのイカれた殺人鬼で、久遠はそれに口出ししないということだけ。

ただの一般人と、殺し屋たちの生活が怠惰に続けられる。それだけの話。





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