29. 狼少女と獣人排斥派

 前回の訪問から半月後、俺とルナは依頼された装備を持って再びトランスタットの街を訪れた。

 街門での審査をいつも通り終え、街の中を歩き冒険者ギルドへとたどり着く。

 でも、今日は基本的にポーション販売はなしだ。

 あくまでもダレンさんとキルトさんの装備を納品するためにやってきたんだからな。

 余計なポーションを大量に作っている暇なんてなかった、ということにしておかないと。


「こんにちは。ダレンさんとキルトさんはいる?」


 冒険者ギルドの受付でふたりがいるかどうか聞いてみた。

 普段は受付を素通りして冒険者ギルドの酒場まで直接行くから珍しいかも知れないな。


「あ!?」


「ん?」


 受付で勤務をしていた女性に声をかけると驚いた声をあげられてしまった。

 そんなに珍しい……ことだな、うん。


「アークさん、今日来る日でしたか!」


「ああ、そうだけど……なにかまずいことでも?」


「大いにあります! とりあえずこちらへ!」


 受付の女性に急ぎ足で連れて行かれたのは冒険者ギルドにある打ち合わせ室のひとつ。

 こんなところに連れ込まれてしまったけど、一体なにがあったのか。


「ここなら大丈夫でしょう。アークさん、来る日とタイミングが悪すぎます」


「ひょっとしてふたりとも留守だった?」


「いえ、そうではなく……」


 どうにもこの人の歯切れが悪い。

 本当にどうしたのか。


「いえ、隠しても仕方がありませんね。いま、冒険者ギルドにドナルが乗り込んで来ているのです」


「ドナルが!?」


 あいつ、性懲りもなく冒険者ギルドにちょっかいを出していたのか。

 今度はどんな難癖を付けているんだ?


「アーク、ドナルって誰?」


 この中で唯一ドナルのことを知らないルナから声をかけられた。

 そうだな、念のため説明しておくか。


「ドナルはこの街における獣人排斥派のリーダーだ。街の重鎮を自称して様々な場所を練り歩いているが実際にはなんの影響力も持たないただの迷惑爺だよ。〝獣狩り〟のリーダーも自称しているが、実際はどうだか」


 あいつが計算高い〝獣狩り〟のリーダーだとは思えないんだよね。

 適当に祭り上げられているだけか、いつもの嘘八百か。

 どちらにしても、迷惑この上ない話だ。


「うー、〝獣狩り〟のリーダー……」


「自称だよ。あいつが関わりのある〝獣狩り〟なんてそっちも自称である可能性が高い。ともかく、あまり気にするな」


「気になるけどわかった、無視する。でも、なんでそんな害悪にしかならない人間を街に置いておくの? 迷惑じゃない?」


 そう言われてみればその通りだ。

 獣人排斥派だって前の街長が殺されたときにやってきたと聞いた。

 そんな連中をなんで受け入れているんだろう?


「えーと、街のみんなが迷惑だと思っているのよ。できれば街から排除したいとも。だけど、獣人排斥派の連中は国から認められた移住者なの。よほどの問題行動を起こさない限り、街から排除できないのよね」


「国から認められた移住者?」


 そんな移住者がいるだなんて初めて聞いた。

 一体どういう意味だ?


「アークさんは知りませんよね。ドナルも含め、獣人排斥派はこの街が獣人族を受け入れないか監視するための役割を担っています。この街を初め、この国にある街や村すべてに獣人排斥派は送り込まれており、獣人たちが入り込まないように見張っています。衛兵たちも獣人が入り込むことを問題視しているのではなく、獣人排斥派がなにをし始めるかわからないために見張っているという意味合いが強いのです」


 うーん、本当に困った連中なんだな、獣人排斥派って。

 国から認められているっていうことは、国が獣人を追い出したがっているっていうことだし、その後ろ盾を持っている獣人排斥派は好き放題やっていいということだし。

 あれ、でも……。


「あの。布地とかに獣人族特有のデザインを組み込んだ物が売られていましたけど、それってどうなっているんですか?」


「……それも言いにくいことなんですが、一部の獣人族は国の監視下の元で働かされています。国は獣人排斥派を使って獣人族を追い出したいのではなく、獣人族の住処を特定しそこを支配下に収めたいのです」


「なにそれ! 許せない!」


 獣人族であるルナが憤慨するが、その怒りは僕も同感だ。

 あいつら、裏でそんなことまでしているだなんて!


「ふたりとも怒りを静めてください。ここで怒ってもなにもできませんよ」


「う。わかった」


「それもそうだな」


「ありがとうございます。ともかく、ドナルが帰るまで大人しくしていてください。あれが帰ったら呼びに来ますから」


 そう言って冒険者ギルドのスタッフは出ていった。

 獣人排斥派がすべての街に送り込まれたという話は昔聞いたことがあったけど、裏でそんな意図があっただなんて想いもしなかったよ。

 トランスタットとの交易は続けてもいいけど、本格的に付き合いがある人間とだけの交流にとどめた方がいいかもな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る