7話 リリの発散法

 練兵場に着いたとき、太陽はほぼ沈み辺りは暗くなり始めていた。

 整備された広場には、的として複数体の人形が用意されている。大きさも小さいのはゴブリンや人間サイズ。大きくなるとこの大陸で目撃されている魔物として割りとよく報告されるオークやオーガを想定した物が用意されていた。武器や防具も装備され、その材質も木や石に鉄など数種類。それらが無作為に置かれている。

 相手は動かないものの、相手と自分の間合いを掴むために便利なため国に所属する騎士様や兵士はもちろん、申請すれば冒険者なんかも自由に使うことが出来た。

 ちなみに夜戦の練習にも使えるようにと、夜間も開放されていたりする。そんな練兵場は現在使っている人はゼロ。普段は常に管理担当の兵士が居るのにその姿もない。代わりに――。


「……ユリア姉さん」


 幼馴染の騎士様の姿があった。 


「おう、やっぱり来たな。陛下にリリが行くだろうから「よろしく」と頼まれてな。今回は事が事だしな。貸し切りだ。あたしの今日最後の仕事でもある。規定の時間が過ぎても残業代が出るからな、いくらでも付き合ってやる」


 残業代なんて出なくても付き合ってくれるつもりなのわかってますよ。ありがとうございます。


「おじさん……ユリア姉さんも」


 私のことをよく知ってくれているのが嬉しいような恥かしいような。ただ、これからすることを考えると、申し訳ないが正しいかもしれない。


「それと的が必要以上に破壊されたりした際の修繕費はリリに請求せずに、王家の予備費から出して下さるそうだ」


 予備費って王家一家の為に用意されている予算じゃないですか。本当に家族として扱ってくれているんだなと感じる。


「そうですか。ユリア姉さん質問いいです?」


「どうした? あたしに答えられることなら何でもいいぞ」


「生贄の件なんですけど」


 ユリア姉さんの表情を確認しなら質問をぶつける。


「……」


 生贄という単語にいつもの人の良い笑顔が真剣なものに変わった。ここまでは想定通り。


「私、出発の日を決められるどころか、行動に制限すらつけられなかったんですけど? 生贄って、普通は求める側が日付の指定をしていなければ、すぐにでも出されません? ……これ、本当に生贄ですか?」


「そうだと聞いている。だから絶対に魔王の元へ送り届けろと言われている」


 ……変化なし。


「そこです。ユリア姉さんが見届人って聞きました。わざわざ幼馴染を指名しますか?」


「大陸を縦断して、下手したら戦場を突っ切る必要まであるからな。この歳で騎士に任命される程度には戦闘が出来る。しかも、幼馴染で絶対にリリのことを裏切らないだろうとあたしが選ばれた」


 …………変化なし。ユリア姉さん、騎士になる前はあんなにすぐ表情に出て嘘が吐けなかったのに……そんな成長しないで欲しかったです。


「それだけですか? 何か裏があったりしませんか?」


「あたしが知る限りでは無いな」


「そうですか。私の気のせいですね」


 けど、表情を作っているのが幼馴染だからわかっちゃう。生まれてから一番長い時間を一緒に過ごしているのはだてじゃない。


「質問は終わりか?」


 見るからに安堵したように肩の力を抜くユリア姉さん。……あの、そこでホッとしちゃったら誤魔化してたの意味無くなっちゃいますからね。余計なことなので言わないけど。


「はい」


 だけど、生贄の話に私に言えないような裏事情があるのはわかった。これから魔王のとこまで一緒に旅をすることになるユリア姉さんをこれ以上困らせるのも申し訳ないから、訊かないでおくね。


「ならあたしは離れてるから始めていいぞ。満足したら声をかけてくれ」


 そう言って備品用の倉庫へ向かっていくユリア姉さん。恐らく壁により掛かるようにして座って空を見ながらボーっとするんだろうなぁ。晴れでも曇りでも、昼間はもちろん夜は星空まで。ただ空を見ているだけの時間が好きだもんね。しかも、いくらでも見ていられる人ですし。それでいて、こちらから声をかけたりすればちゃんと反応してくれる。


「わかりました」


 もっとも、私がこれからやろうとしているのはストレス発散の八つ当たりでしかない。嫌なことや辛いことがあったときに、闇魔法を暴走させない為にスッキリさせておく必要があった。

 特に今日は朝から変な夢は視るわ、ゴブリンに不意打ちされるわ、闇魔法を使ってしまうわ、とどめに生贄にされることを告げられるわと散々だった。

 誰が見ても顔を顰めるような光景になるだろうなと予想がつく。自分のことながら酷いストレス発散法。そんな姿を親しい関係とは言え、人に見せるのは憚られるから出来るだけユリア姉さんの視界に入らないように移動する。


「ここなら大丈夫だよね」


 念のためユリア姉さんの方を確認するけれど、オークやオーガを模した的を間に挟む位置のため向こうからはあんまり見えないはず。


「……」


 静かに腰の短剣を抜いて両手で上段に構える。剣術なんて習ったことはなく……正確には、ユリア姉さんが暇なときに教えてくれようとしたこともあるけれど、騎士様が使うような剣術は合わなかった。

 私、魔法で足を止めて振りかぶった剣を全力で振り下ろすのが基本だからなぁ……それで、的として使っている鉄製の鎧や盾が大きく凹むのを見て、好きにしろと言われて終わりだった。

 そもそも、持っている剣自体が斬るためじゃなくて、叩きつけるために頑丈さだけを考えて注文したものの時点でお察しください案件だった。


「すー、はぁーっ、――っ」


 大きな呼吸をひとつ。取りあえず、目の前のゴブリンサイズの的を狙う。木の棒を藁で肉付けして、棍棒と木盾を持っている。わざと盾に剣を振り下ろした。


「えいっ!」


 ユリア姉さんに「可愛い顔と声して、やってること脳筋だよな」と称される私の一撃で、簡単に盾ごと腕部分が地面に叩きつけられた。勢い余って剣まで地面に衝突したのはご愛嬌。


「このっ!」


 今度は自分の身体ごと一回転して横薙ぎに胴体を狙う。的が根本から折れ、飛んでいった。


「次っ!」


 そのまま隣の人間サイズの的へ。やはり盾を狙って一撃。それだけで倒れてしまう。


「やっぱり木じゃ耐久が無さ過ぎてつまらない」


 視線を巡らせて錆びてるけど一応、鉄製の鎧まで装備してる人間サイズを発見。一直線に駆け寄って、今日一番の力を込めて上段から斜めに振り下ろす! 頭の冷静な部分で、昨日剣をメンテしたばかりなんだよなぁ……これ、自分じゃメンテ出来ない程まで駄目になりそう。なんて考えつつ、躊躇なく叩きつける。


「てりゃぁっ!」


 ガンッ! そんな音と共に剣が鎧にめり込んだ。腕が痺れるのを無視してガチャガチャと剣を引き抜いて、今度は逆側から一撃。的の土台を火魔法で破壊して、倒れた鎧に剣を何度も振り下ろす。


「このっ! このっ! このおぉっ!!」


 ガンッ! ガンッ! ガンッ! ハンマーかメイスを使えば潰れてるだろう連撃。この際、剣がボロボロになっても構わないとぶつけ続けた。


「ぐすっ」


 いつの間にか流れていた涙を慌てて拭う。しかし、涙を認識してしまったせいか、様々な感情が込み上げてくる。


「ダメダメ、リリ落ち着いて。なんのために発散しているのかわからなくなっちゃう」


 目についたのはオークを模した的。私の身長の二倍近くの高さがあって、これも鉄の装備をつけている。


「――だぁああああっ!!!」


 右膝を突いて鎧とは言え脆い関節部分を破壊。そのまま左膝に魔法攻撃。炎弾をぶつけ爆発させた。衝撃波と熱風に煽られるけれど距離を取るどころか一歩前に出て、まだ立っている的に目を向ける。


「今ので倒すつもりだったのに……ムカつくっ!」


 見た感じ、右足の鎧部分は破壊できているけど、中の本体は耐えているみたい。


「これでっ! どお!?」


 今度は横から剣撃を加えると、べキッと折れるような音と共に倒れる的。流石にこのサイズだと、周囲に響くような音が鳴る最悪は私の方に倒れてくる可能性もあったけれど、反対側に行ってくれた。


「まだまだっ」


 剣をその場に放り投げると、右手を握って向ける。その拳を中心に円を描くように生じた十本の火矢。彩沙ちゃんに向けて撃ったのとは違う、貫通させることだけを考えて魔力を込めていく。と同時に、別の火魔法を使うために腕にも魔力を流して準備する。


「いっけぇええっ!」


 火矢を発射すると、綺麗に背中側まで貫通し、地面に到達して小さな爆発。それが鎧を僅かとはいえ、宙に打ち上げる。その瞬間を狙って拳を振り上げた。その延長線上。頭上に生まれた巨大な炎の拳。その気になればオークすら握れる大きさ。私の手の動きに連動する炎の拳を鎧に叩きつけると、大きな衝撃音と同時に土埃が舞った。


「けほっ、けほっ」


 いまのに関しては自爆だと頭ではわかっているのに、怒りが湧いてくる。


「――で! なんで! 私ばっかり! こんな目に! 遭わないといけないの!」


 ダンッ! ダンッ! ベキッ! 三回目で鎧が潰れる感覚が伝わってきた。構わずに続ける。全部で五回、拳を叩きつけた。私としてはまだまだ物足りなかったけれど、六回目を叩きつける直前に、魔力コントロールをミスって拳が霧散してしまったから仕方がない。

 振り上げたままになっていた右手を渋々と下ろす。


「………………」


 視界が開けたとき、陥没した地面とバラバラになった鎧が目に入る。なんだか虚しかった。溢れてくる涙で視界が歪んでいく。


「リリ、お客さんだ」


 私の行為が途切れるのを待っていたのか、背後からユリア姉さんに声を掛けられた。


「お客さん、ですか?」


 振り返ると、周囲の惨状に呆れたような、それでいて心配そうな様子のユリア姉さんと、対象的に無表情の彩沙ちゃんが立っていた。


「リリ、しっくり来てないでしょ?」


「…………」


 今の顔を見られたくてなくて無言で身体ごとそっぽを向く私。近づいてくる足音に自分でも驚くほど肩がビクッと跳ねた。

 私、怖いんだ。自分でもどうかと思っているのに一向に変えられないストレス発散法。そんな私の酷い姿を知った彩沙ちゃんの表情を見てしまうのが。


「闇魔法、使ってみて」


 私の前まで回り込むと、少し屈んで視線を正面から合わせた彩沙ちゃんが、そんなことを言ってきた。その表情は、出会ってから一番柔らかかったかもしれない。

 それに、吐息が掛かりそうなど近づかれて気づく。彩沙ちゃん――いい匂いがする。香水とか? それとも体臭なのかな?

 もっと嗅いでいたい気持ちもあるけれど、彩沙ちゃんの発した単語に聞き逃すことの出来ないものがあった。


「闇魔法ですか……?」


「そ。もし、物じゃなくて人に使いたいなら、わたしが的になってあげる」


 そう、笑顔を受かべる彩沙ちゃんの姿に、何故か私の心臓の鼓動が加速するのだった。


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