第3話 絶望から始まる高校生活

「夢じゃ、なかった……」

 

 起きて早々俺は絶望した。

 洗面所の前でヘタッと座り込む。鏡に映るのはやはりと言うべきか錦小路 楓だった。まぁ、家具が変わってなかったから分かってたけどさ……でもこれでただの夢だった説、完全に消えたっぽいな。

 てことは今日は高校の入学式。チキチキ! 死亡フラグ回避レース! の始まりである。

 

 顔を洗い、台所に立つ。

 どうやらこの家に、錦小路は1人暮らしらしい。金持ちのボンボンなんだから家政婦でも雇っているのかと思ったけど、そんなこともなく。本当に、正真正銘の1人暮らし。

 ご飯とかどうしてるのかと思ったけど、それは彼女に作らせていたようだ。やっぱクズなんだな、こいつ。

 適当に目玉焼きとパン、ウインナーを焼いてテーブルに座る。

 料理は大学時代に1人暮らししていたから、多少はできる。マジで良かった。料理だけでもできて。

 朝食を流し込み、他の用事を済ませて俺は家を出た。




 


 錦小路の記憶通り、学校の最寄り駅で電車を降りる……ってちょっと待って。もしやあれは……

 駅から出て真っ先に目がいったのは、パールホワイトの髪の少女だ。前世じゃなかなかお目にかかれないカラーリングなのは、この際気にしないことにしよう。なんてったってここはゲーム世界だからな。

 そう、で、なんで目がいったかだ。それはまぁ。うん。


「なんでヤンキーなんかに絡まれてんだよ!」


 あー、うん。どうしよう。

 俺だって、そんなに薄情な人間じゃない。女の子が困っていそうなときに助けるくらいの善人ではある。

 だけど、だけどな……


「さすがに入学初日からかまうわけにはいかないんだよな――このゲームのヒロイン様にさ」


 転生早々このゲームのヒロインの1人目、ついでに俺の初恋の人でもある彼女――花野井 綾芽はなのい あやめに声をかけるなんて。やばすぎだろ。


 とりあえず見て見ぬふりをして横を通り過ぎようとする。


「おねぇちゃんちょっと道教えてほしいんだけどさ」

「はい。どこに行かれるんですか?」

「ちょっとそこまで。説明じゃ分かんないからさ、案内してくれない?」

「そうなのですね! はい。分かりました」


 ……ちょっと待てよ。綾芽騙されてるじゃねーか。何やってんだよ。

 ゲーム本編で彼女は優しくて世話焼きなところが彼女の長所なのだが、一方で優しすぎるところが玉に瑕なメンバーとして描かれていた。

 どうやらこっちの世界でもそれは変わっていないらしい。


「いやぁ、やっぱ君可愛いね」

「そうですかね? ありがとうございます」


 あぁもう何お礼言ってんだよ。

 声をかけた男のたくらみなんてひとつに決まってる。第一この近くは学校にふさわしくない、そこそこ立派なラブホ街だってあるんだぞ。それだけじゃない。治安の悪そうな路地だってたくさんある。


 見て見ぬ振りがしたい。なのにできない。

 俺はあたかも通行人ですといったような顔をして、二人の後に続いた。

 

 本来ならここは錦小路が綾芽に絡むはずだった。そこを主人公が助け、錦小路が主人公を目の敵にするのだ。

 けどたぶんイレギュラーが起こった。俺が綾芽に絡まなかったことで、おそらく彼女は別の男に絡まれたのだ。お願いだから通りがかってくれ主人公。でも今のところその気配はない。

 となれば、危なくなったら俺が助けるしかないのか。

 ……どうやって? 

 だってどう考えても危なくない? 初日から登場人物助けるとか、それめちゃくちゃ自分から関わりにいってない?


 俺は男と歩く綾芽をこっそり見る。

 ずいぶん楽しそうに談笑している。

 こりゃ全く気付いてねぇなぁ。その男、なんかニタニタした顔してるのに。


 どうしたもんかな、と下を向いて考えていると、男は急に路地裏の前で立ち止まった。


「どうかされたんですか?」


 綾芽が不思議そうに男の顔を覗き込む。

 その刹那――男が綾芽の腕をがっしりと掴んだ。


「えっ、ちょっと」


 さすがに彼女も危機感を覚えたらしい。

 男は何も言わず、綾芽を路地裏に連れ込もうとする。

 やっぱり……着いてきて良かった。


「何してるんですか?」


 もうこの際仕方ない。マジで怖いし、足だって震えてるけど。

 俺は男の肩に手を置いた。

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