第19話 紗夜vs春香③
運動場の真ん中に立つ紗夜と春香。
微妙に気恥ずかしい二人だったが、もはやそんなことも言っていられない。
「まさか初戦で当たるとはね春香ちゃん!」
「……流石にくじ運が悪すぎでしょうこれは」
そんな二人の真ん中に立っているのは審判も務める宵闇明雅だ。彼は穏やかな笑みを浮かべ二人の顔を見た。
「ふふ、二人とも有意義な合宿だったようだな。顔つきが変わっている。先ほども言ったが、悔いが残らぬよう各々全力で挑むようにな」
明雅の言葉に紗夜は嬉しそうに頷き、春香は真剣な顔で頷いた。
「ありがとうございます、お父様」
「言われなくても、そのつもりですわ」
二人の顔を見て、明雅は「うむ」と頷くと、少し離れて宣言した。
「それでは第一回戦……始め!」
明雅の掛け声と同時に二人が異能力を同時に発動する。
「キラヌイ!」
(はーい!)
世渡りを発動させ、キラヌイとリンクを繋ぐ紗夜。その目の前で春香は異能力によって気を爆発させた。
「はぁぁぁっ!」
「わぁぁっ!?」
思わずその衝撃だけで吹き飛ばされる紗夜。
「前回戦った時は異能力なし、でしたからね。最初に言っておきます。私は強いわよ、紗夜さん!」
真剣な眼差しを向ける春香。その顔は、何か決意が決まっているようにも見えた。
紗夜はニコッと笑い、応えた。
「さっすが春香ちゃん。でも、負けないよ!」
紗夜は地を蹴り、春香の方へ跳ぶ。そしてボボボ、と火炎弾を作り出すとそれを五月雨に春香に向かって放つ。
「狐火蓮華!」
「甘いですわ!」
春香はそれを素手で弾き、紗夜に向かって突きを放つ。しかし紗夜も負けじとそれを蹴りで受け、弾き返す。
一連の攻防を終え、二人はニッと笑みを向け合う。
「流石紗夜さんですわ」
春香は構えを解き、そう言った。
「私は手を抜いていないのに、もうあなたは互角になってしまった。少し前まで無能力だったのにね」
構えを解いているのに紗夜は春香を前にして動くことができなかった。
今までにない迫力を感じていたのだ。
「あなたなら、きっと。大丈夫よね」
春香は小さくそう呟くと、大きく息を吸い込んだ。
「私の異能力は、国内でも数少ない神の名を関する異能力……人呼んで『闘神』」
春香の周りの空気がだんだんと張り詰めていく。
「未熟なうちは少し力持ちになる程度の能力なのだけれど、私はその力を幼い頃から100%引き出すことができたわ」
春香の周りに金色のオーラが、はっきりと目に見える形で立ち上った。
「でも、その分加減ができずに、私は望まぬ形で他人を傷つけてしまった。だから私は自分の力を解放するのがずっと怖かったの」
やがてその金色のオーラが春香に吸収され、春香自身の体が淡く輝き始めた。
「でもいつまでも逃げてちゃダメよね。私も前に進まないと。紗夜さん、ありがとう」
その姿を見てキラヌイが呆れたように笑った。
(紗夜、ハルちゃん人間辞めちゃったみたい!)
「確かに想像以上かな。でも、私達だって負けないよ!」
その姿を見て春香は嬉しそうに言った。
「ええ!私だって負けないわ!」
そして春香が大地を思い切り踏み締め、構えをとった。
「神気解放!」
完全に解放された闘神の能力によって、あたりに爆風が巻き起こる。
明雅は眉をぴくりと動かして笑みを浮かべた。
「これほどとはな。君の仕込みか?雷月」
雷月は笑みを浮かべ、首を振った。
「まさか。それ以上ですよ」
先に動いたのは紗夜だった。
両手を構えて掌から大量の火炎弾を放つ。
「狐火蓮華!!」
しかし、春香はその場から動かず防御のそぶりも見せない。その場で大きく息を吸い込むと一気に息を吐き出したのだ。
「ふーーーー!」
その風で火炎弾が消滅する。
「ははっ……ろうそくじゃないんだから」
紗夜は軽いフットワークで春香に近づく。そして、格闘戦をしかけたが、春香は穏やかな表情を浮かべたまま全てを回避する。
そして、ゆっくりと拳を引く。
「轟天一撃」
紗夜に見えたのはそこまでだった。気付くと凄まじい衝撃が体を襲い、吹き飛ばされていた。
「あはは、とんでもないや」
紗夜は空中でくるりと回転すると、世渡りを発動させる。
「じゃあ手数で行くよ! おいでぽんぽこ丸!」
(任せるだー!)
「妖怪乱舞ぽんぽこ!」
紗夜の分身が大量に現れる。修行の成果もあり、以前よりも人数がはるかに増加していた。
しかし春香は慌てる様子もなく周りを見渡す。
「その技は一人一人の強さが下がるのを忘れたのかしら?」
そしてググ……と力を溜め、「はっ!」と両手を左右に突き出し気を爆発させた。
ただの風圧ではない。まるで爆弾でも爆発したかのような衝撃があたりに放たれ、紗夜の分身が一瞬で全て消滅する。
「まじですか」
(まじだすか)
あまりの驚きにぽんぽこ丸とのリンクが途切れる。それを見た春香が一気に距離を詰め、襲いかかってくる。
「やば! シ、シラヌイさん!」
(仕方あるまい)
慌てて呼んだのはシラヌイだった。
紗夜は大きく空へ飛び上がり、空中に退避した。
「そういえば飛べるんだったわね」
春香は空中に浮かんでいる紗夜を眺めそう小さく呟いた。
紗夜は焦りながらも空中に退避したことで少し落ち着きを取り戻した。
恐らく、あくまで恐らくだが、春香に飛行能力はない。少し卑怯な方法ではあるが、こうしていれば負けはない。
そう思っていた。しかし……
(いかん! 防御を取れ!)
「え!?」
シラヌイの言う通り慌てて防御を取ると、その直後、全身に衝撃が来た。何事かと思って地上を見ると、春香が拳をこちらに向けている姿が見える。
「……まさか、拳圧を飛ばしてる、とか?」
(どうやらそのようだ)
驚きすぎてもはや呆れにも近い感情になってしまった紗夜。
そして、春香自身も少し驚いたように自分自身の手を見ていた。
「轟天砲撃、まさか本当に使える技だったとはね……」
春香の武器はその強力な身体能力と、朝日家に伝わる武術である。
柔の蒼天の型、剛の轟天の型からなる秘伝武術であったが、春香はその半分ほどしか使うことができていなかった。
しかし、だ。
「今の私なら、なんだってできそうね」
春香は楽しそうに笑って空中の紗夜を見た。
笑顔を向けられ、思わず笑顔で返す紗夜だったが、内心は穏やかではない。
「これ、結構本気でやばいかも……!」
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