第10話 不良教師 雷月飛鳥
強化合宿に参加するために紗夜が向かったのは都会から少し離れたY県の、そしてその中でもかなり田舎の方の場所だった。
「うーーん。空気がきれいだなあ」
電車を降りて駅の外に出た紗夜は、深く深呼吸をする。
どことなく式神たちの世界と似ている気がした。
「さてさて、集合場所はどこかな?」
大体の場所は聞いていたが詳しい場所は紗夜にはわからなかった。
そんな困ったようにきょろきょろしている紗夜の背中を突然衝撃が襲った。
「きゃっ!」
「紗夜さん! 来てたのね! 会えてうれしいわ!」
驚いて振り返ると、そこには春香が立っていた。
「春香ちゃん!?」
一瞬どうして彼女がいるのかと驚いたが、よく考えれば不思議なことでもない。
異能力者の卵を育てるという目的なのだから、同じ学生の春香がいるのは自然なことだ。
「そっか、春香ちゃんも呼ばれてたんだね」
「ええ。お父様にぜひ参加してこいと言われまして」
「へー、私と一緒だね」
知らない土地で知った顔に出会えて紗夜は少し安心して微笑んだ。
そうだ、春香は集合場所を知っているのだろうか。
「集合場所? 詳しくは知りませんが……きっとそれを突き止めるところから訓練は始まっているのよ」
なるほど、修行はもうすでに始まってるというわけか。
でも、さすがに何の手がかりもないと難しい。
「うーん。それに私たちのほかに人間がいないのも気になりますわね。他の参加者は違う場所に集まっているのかしら。……ま、いっか」
春香は少し考え込むような顔をしたかと思えば「はっ!」と気合を入れ、突然異能力を開放した。
「案ずるより、産むが安しよね!」
紗夜は彼女の能力のことを詳しくは知らないが、ドッジボールの時にすでに体験はしていたので、慌てて飛びのく。そして春香に叫ぶ。
「ちょ、ちょっと春香ちゃん! 何する気!?」
「そんなに慌てなくても大丈夫よ。まさか私があなたに危害を加えるわけないでしょう?」
春香はそういうと、深く息を吸い込んだ。
「こぉぉぉぉぉ……はぁっ!!!」
そして、体内の気のようなものを爆発させる。
あたりを衝撃波が襲う。
揺れる駅の窓。
震える大気。
そして吹っ飛ぶ紗夜。
「ふう。よし、見つけましたわ紗夜さん……紗夜さん!?」
構えを解いた春香は、少し離れた場所でひっくり返っている紗夜を見て慌てて駆け寄った。
「だ、大丈夫ですか!」
「は、春香ちゃんの嘘つき!」
「いや、すみません、でも決してわざとでは」
頭を痛そうに抑え涙目で春香を責める紗夜に謝罪をしながら、春香は話し始める。
「ここから少し行った場所に異能力者の存在を感じましたわ。行きましょう紗夜さん」
「すごいね、そんなこともできるんだ」
「ふふ、私の能力は万能ですからね」
紗夜に褒められて春香は嬉しそうにそう言った。
二人はそこからなんでもないような雑談をしながらY県のとある地点を目指した。
駅からしばらく離れた、道とも言えないような山の中を突き進み、そして二人は少し開けた場所にたどり着いた。
「来たか」
開けた場所では一人のスーツ姿の女性が煙草を燻らせ、切株に腰掛けていた。
「意外に早かったな。まさか吸い終わる前に来るとは」
彼女はそう言いながら、煙草の火を消した。
「この方は……」
その姿をみて春香は息をのむ。
「知ってるの?」
と紗夜が尋ねると、春香は曇った表情で頷いた。
「一方的に……ですが」
「はは、せっかくなんだ、自己紹介は自分でさせてくれよ」
女性は声だけで笑ってそういうと、ゆっくりと切株から立ち上がった。
「初めまして二人とも。私は
雷月家。それは国防軍の攻撃部隊長を代々担っている家系である。
宵闇家、朝日家に並ぶ名門といえるだろう。
「でも、この方はその中でも最悪の問題児。任務は無視し、好き勝手に異能力を使い、そして怪しい組織との関わりまで噂されておりますわ」
「はは、詳しいね朝日の娘。お父さんの入れ知恵かな?」
雷月はまた声だけで笑う。
「まぁまぁ。あまり嫌わないでくれたまえよ。私に付き従っていれば君たちは間違いなく強くなれるんだからな。もっとも、その過程でどんな目に遭おうが私の知ったことでは無いがね」
雷月はそう言うと再び煙草を取り出した。
そしてそれに火をつけると、再び切株に腰掛けた。
「それで? 君たちは合宿に参加するのかな? 別に私が怖いなら逃げ帰っても構わないが」
煙を燻らせながら雷月は値踏みをするような目で二人を見る。
そして、そんな二人の気持ちはとうの昔に決まっている。
『勿論!』
「ほぉ」
声をそろえて宣言する紗夜と春香。
その姿を見て、初めて雷月は口元を歪ませて笑った。
「よろしい。では最初の試験をはじめようか。私からこの口にくわえている煙草を奪ってみなさい。制限時間は吸い終わるまでってとこかな。できなかったら今回は帰って構わないぞ。見込みがないからね」
雷月は座ったまま二人にそう言うと、煙草の煙を吐き、余裕の笑みをうかべた。
「さあ、いつでもどーぞ」
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