第6話 アンギラス

 ‌――怪獣警報!怪獣警報!

 ‌防衛隊員は直ちに手動準備せよ!

 ‌繰り返す、怪獣警報――


 ‌警報音が寮内に鳴り響いてきた。

 ‌どの部屋にも放送用スピーカーが着いているようで、いたる所から木霊こだまして聞こえてくる。


「怪獣が現れたみたいですわ! ‌この前来たばかりだというのに、こんな頻度考えられない……」


 ‌訓練時にも真面目な表情をあまり見せない美尾びおでさえ、引き締まった顔をしている。


 ‌――防衛隊の出番です。速やかに集まってください。


「すぐ準備していくわよ。……さくらさんは初の出陣だっけ? ‌緊張してるのかしら?」



 ‌――怪獣、あの時の恐怖が蘇る。

 ‌――屋上から見た怪獣ラドン。‌

 ‌――鋭い眼光、街を丸ごと破壊する圧倒的な力。死傷者は数万人……。



「ふふ。緊張関係を持つことは大事ね。」


 ‌美尾びおはヘルメットをかぶり出陣用の荷物を持ち準備を終わらせると、いつもとは違う優しい目で語りかけてきた。


「死ぬ気でやる、死んでもいいなんて思って戦ってたら何も守れないのよ。私達防衛隊が死んでしまったら、街は怪獣にやられ放題になってしまうから。」


「……おす。」


 ‌……恐怖の中で唯一絞り出せた言葉だった。

 ‌……我ながら情けない。





 ‌入隊したての新人が行う仕事は、市民の避難誘導である。

 ‌避難誘導には多くの人員が必要であるため、多くの防衛隊が行っている。


 ‌怪獣を攻撃する最前線は重大な役割であり、格闘技界のエリートや実践を何度となく経験したような猛者しかいない。


「早くこちらに逃げてください!」

「怪獣が来る前に早く逃げてください!」


 ‌避難誘導を行う防衛隊が多数いる中、一緒になって市民の移動を促す。

 ‌横目で怪獣の位置を確認しながら。


 ‌――ラドンとはまた違う怪獣……。


 ‌なんでこんなに色んな怪獣が出てくんだよ……。

 ‌いざ怪獣が見えると恐怖と同時に怒りも込み上げてくる。


 ‌……早くアイツらをこの手で殺したい。

 ‌……桃州ももすの仇。


 ‌「皆さん早く――。」


 ‌市民を誘導していた矢先、いきなり辺りが暗闇に包まれた。



 ‌――あの時と同じ……。


 ‌不穏な視線を感じる。

 ‌急に自分の鼓動が早くなるのが分かった。

 ‌足がガクガク震えだした。



 ‌気づいていなかったが、別な怪獣がすぐそこまで来ていた。

 ‌怪獣は2匹いたのだ――。


 ‌

「おい! ‌ここは危ない! ‌早く逃げろ!」


 怪獣と同時に、前線で戦っていたであろう‌隊員が複数人現れた。

 ‌前線で戦う猛者・・なのであろう、機敏に動いて手に持っているバズーカから何発も玉を発射させている。


 ‌バズーカ隊員が素早く動いて撹乱させようとも、怪獣の一撃は大きく、防衛隊員達は呆気なく踏み潰されてしまった。


 ‌手に持っていたバズーカだけが、こちらに転がってきた。



 ‌――どうする。

 ‌いざ怪獣が目の前にいて、武器が落ちている。

 ‌戦う前線の防衛隊は居ない。

 ‌やるなら今だ……。


 ‌今行かなければ……。

 ‌最大チャンスなのに……。

 ‌怪獣を倒すって決めたじゃないか……。

 ‌足の震え、手の震えが止まらない……。

 ‌私の意思はこんなに弱かったのか、ちきしょう……。




「――さくらさん! ‌やりますわよ!」


 ‌ヘルメットからはみ出した可愛いカールが風になびいている。

 怪獣がいる戦場に行くって時なのに、丁寧に付けられたつけまつ毛。

 ‌ナチュラルメイクな美尾びおの横顔。

 ‌――それはまるで、天使のようであった。



「……美尾びお、先輩……」


「やられてばかりじゃ、女がすたりますわ! ‌私達がやらねば、誰が市民を守るんですか! これ以上殺させない……!」


 ‌美尾びおはバズーカを拾うと、すぐさま怪獣へ向かって走り出した。


 ‌――私も、行きます!



 足元まで転がってきていた‌バズーカを拾うと美尾びおに続いた。

 ‌バズーカの扱い方も訓練で履修済みだ。

 ‌玉を込めて、狙いをつけてスイッチを入れる。


「おらーーー!!」


 ‌一発目。バズーカの玉は怪獣目掛けて飛んで行ったが、寸前で避けられた。


「さくらさん、タイミングが大事ですわ!」


 ‌美尾びおは自分の持っていたバズーカを一旦肩の上に乗せて片手で担ぎ、私の所まで来た。


「合気道の組手と同じです。相手をよく見て、呼吸の流れを感じて……」


 ‌美尾びおの手が、私の手の上に乗せられた。

 ‌柔らかくて優しい手。

 ‌小柄な女の子らしく、小さな手。

 ‌その手に誘導させられて、私の手はバズーカのトリガーの元へとたどり着いた。


「そうすれば、どう動いて来るのか分かるはずです。あなたなら出来るはずです。」


 ‌怪獣に照準を合わせる。


 ‌――タイミング。


 ‌美尾びおと重ねられた手。

 ‌暖かい手。

 私の‌手の震えはもう止まっていた。



「――今です!」



 ‌美尾びおが掛け声をかけるのと同じタイミングでトリガーを引いた。


 ‌飛んで行った玉は怪獣の足先に当たった。



「よっしゃ!!」


「そうです! ‌さくらさんナイスですわ!」


 ‌一緒にトリガーを引いた手を握りしめ、喜んだ。

 ‌美尾びお先輩の本当の笑顔を見れた気がした。

 ‌作られていない本当の笑顔。



 ‌――美尾びお先輩ありがとう。

 ‌――私が男だったら、確実に惚れてるよ。


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