怪獣の呼称

米太郎

第一幕 学園生活編

第1話 ゴジラ

「おい! ‌でけぇって言うんじゃねえよ。おめえらがチビなんじゃ!」


 ‌身長170cm程ある女子。

 ‌それが私。


 ‌授業の合間の休み時間。

 ‌教室の中に私の声が響く。



 ‌高校1年生女子にしては、デカい事は自覚している。

 ‌デカいことが悪いこととは思っていない。

 ‌むしろそれが私らしさ、アイデンティティだと思っている。

 ‌デカさをいじられるとさすがに怒りたくもなる。


「やっべぇ! ‌ゴジラが動き出したぞ! ‌逃げろー!」


 ‌お調子者の男子達が、笑いながら逃げ出す。


「その呼び方もするなって言ったよな? ‌私の名前はゴジラじゃねぇ! ‌後白ごしろさくらだ!」


 ‌体の大きさも相まって、あだ名はゴジラ。

 ‌このあだ名は気に入っていない。マジでムカつく。

 顔面‌ぶっ飛ばしてやる。




「おいおい、後白ごしろ。暴力で解決するのか?」


 ‌教室の奥から、メガネを掛けた細身の男子が注意に入ってきた。


「おぉー、あきら! ‌いや、正義の怪獣モスラ! ‌お願いだ、助けてくれー」


 ‌お調子者の男子たちは、あきらと呼ばれた少年の後ろに隠れた。

 ‌隠れながらイタズラっぽい顔をチラつかせてくる。



桃州ももすあきら、邪魔しに来やがって……」


「理由はどうあれ、友達を傷つけるのは許さない。俺が相手になる」


 ‌桃州ももすはメガネを中指で上げてこちらを見つめる。

 一見身体は細く見えるが、メガネを上げている腕には筋肉の筋がうっすら浮かび上がっている。


 ‌私は気合いを入れて、足を少し開きファイティグポーズを取る。

 ‌身長は私の方が大きい。リーチも私の方が長い。

 ‌男とか女とか関係なく、ムカついた奴は倒す。



「悪いことをしたやつを庇うのであれば、お前も悪だ。‌ぶっ倒してやるよ」


 ‌

 メガネの奥の顔はとても整っている。桃州ももすはイケメンだ。

 イケメンが調子乗って‌正義面しやがって……。



 ‌ファイティングポーズから一瞬腰を下げて沈み込み、その勢いで前へ一歩踏み出す。

 ‌桃州ももすとの距離を瞬時に詰めた。


 ‌距離は十分手の届く範囲。

 ‌沈みこんでいることで、桃州ももすと目の高さが合った。

 ‌桃州ももすの目を見ながら、渾身の右ストレートを顔面目掛けて繰り出す。



 シュン――



 ‌風を切る音。



 ‌右拳は空を切った。




 ‌桃州ももすは拳から数ミリの所で顔を横にずらして、避けていた。


 ‌桃州ももすの目はしっかり開いてこちらを向いており、真剣そのものであった。


「俺の正義は友達を守ることだ! ‌友達を傷つけるやつは許さん!」


 ‌そう言うと、桃州ももすは構えの無いところから振りかぶらずに、私の顔面目掛けて右ストレートを突き出してきた。



 ‌桃州ももすが出してくる右拳。



 ‌近づいてくる拳は、スローモーションのように見える。




 ‌格闘技を多少かじったおかげで、当たる瞬間まで拳を見続けることが出来る。


 ‌しかし、体が動かない……。


 ‌先程放った渾身のパンチのおかげで、体の重心が前のめりになっている。



 ‌……ダメだ、避けられない。


 ‌観念して目を瞑る。




 ‌シュン――



 ‌桃州ももすの拳の風圧が私の前髪をかきあげた。


 ‌風圧は鼓膜を突き抜け、一瞬にして脳天に危険を知らせた。


 ‌恐怖で身体が動かせなかった。




 ‌……あれ、痛くない?



「俺は、暴力で解決しない。敵であっても、誰も殴らない」



 ‌目を開けると、桃州ももすの拳は顔面のギリギリ前で止まっていた。

 ‌強く握りしめた拳は小さく、固く感じられた。


 ‌これが当たっていたら、鼻が折れるどころじゃ済まなかっただろう……。



「悪を憎んで、人を憎まず。今度から暴力はするんじゃないぞ」


 ‌桃州ももすは私の目の前にあった拳を引っ込めると、自分の席へと帰って行った。



「……くそっ……。カッコつけて寸止めしやがって。……‌なにが正義だ! ‌自分のことを正当化しやがって。私からすれば、お前らは悪だ。‌桃州ももす、覚えてろ……」



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