第18話

 ラグィド号に帰還。

 おれたちが衛星グランに降下している間、ガス惑星からの資源回収は完了していた。ラグィド号のタンクはいっぱいになっており、今後の航宙でなんらかの事故に遭って物資の喪失があっても心強かった。

 グラン人ビーは、他の使節団員に紹介された。

「アンドロメダ銀河への使節団に加われて、とても興奮しています」

 と感想を述べた。

「アンドロメダ銀河の知性体の導きに感謝しています」

 ビーにはおれたちが改装した部屋が与えられ、おれたち同様、航宙中は、船のメンテナンス作業を頼まれてもらうことになった。といっても、いきなりはできないから訓練もしなければならないし、独自にスキルをあげてもらわなければならなかった。

 しかしビーの学習能力は目を見張るものがあった。文字を持たないグラン人は、その代わり記憶力が並外れて優れており、一度聞いたら忘れなかった。それだけでなく、そこから全体を推測して仕組みを詳らかにすることに長けていた。なるほど、AGIが使節団への参加を認めるわけである。

 グランを発ってから、さらにふた月が瞬く間にすぎた。グラン人がクルーとして参加し、刺激的な毎日であった。ビーは非常に優秀で我々より知識が豊かではあったが衒学的でもなく、物静かで思慮深かった。アリウス語も地球語はもちろん、異なる習慣を持つ我々をよく理解し、それに適用しようと振る舞った。なかなかそこまでできるものではない。これもグラン人の特性なのかもしれない。

 そんな有能な仲間も加わって、アンドロメダ銀河への旅はなんの問題もなく進むように思えた。ラグィド号はワープを繰り返し、ペルセウス腕を通過してキグナス腕に到達しようとしていた。天の川銀河の縁である。キグナス腕を通り過ぎれば、そこはもう天の川銀河の外であった。

 ラグィド号は、一回のワープで五百光年も跳躍できるようになっていた。ワープの距離は今後も延び、最終的には十六万光年に達する計画であった。そこまでの跳躍距離を稼げれば、アンドロメダ銀河への到着は現実的なものとなる。

 そんなおれたちの行く手に未知なる物体が出現した。おれたちはそれへの対応を協議しなければならなくなった。

 前方の観測は常に続けており、なにかがあれば、かなり遠距離であっても発見できた。通常であれば、前方のセンサーに捉えられるのははるかな星々の光だ。恒星の発する電磁波が主にセンサーにひっかかる。

 したがって、恒星が近くになく、光を反射するでもない物体は発見が遅れる。しかもワープアウトしたばかりだと、通常空間になにかがあっても、すぐにはわからない。

 とはいっても、ワープアウト先には確率的に星――巨大な質量が近辺にない宙域が選ばれるため、宇宙船に喫緊の危険はないはずだった。宇宙は広大で、恒星系同士は恐ろしいほど離れており、通常空間航行でも滅多なことではなにかに遭遇することはない。

 だからアラートが鳴ったとき、誤動作ではないかと思ったほどだった。

 それは非常用機器のメンテナンス作業を終えて、部屋でくつろいでいるときだった。

 ちょうど食事をしていた。アリウスから提供された食べ物は地球風にアレンジされていて、どれもこれも口に合った。もちろん、手間をかけた料理というわけにはいかないし、ある程度の種類は用意されてはいるものの、普通、こう何か月も同じものしか食べられないとなれば飽きてくると思われがちなのに、どういうわけか不思議なことに飽きないし、食欲も落ちない。依存性のあるなにかが混ぜ込まれてはいないと思うが、すべてを考慮して作られているのだとなると、アリウスの技術力をここでも見せつけられる思いがするのだった。

 訓練時に聴く警告音アラートを耳にしてカウチから飛び上がったおれは、

「全員、主操舵室に集まってください」

 というマの船内放送を聞いて、手にしていたクッキーを放り出して、押っ取り刀で部屋を出たのだった。

 通路でガリン・カネバ航宙士と戸鉢合わせた。

「何事だろうな?」

「全員を集めるとは、よほどのことだな」

「またメッセージカプセルかな」

「違うだろう。メッセージカプセルなら、アラートなんか出さない」

 二人して主操舵室に向かっていると、ビーと合流した。緊急事態を想定した訓練でさえも冷静沈着で確実にトラブルに対応したこのグラン人でも、さすがに今回ばかりは驚いているだろうと思ったが、グラン人もアリウス人同様、感情を表情から読みとることはできない。

「訓練でないようだぞ」

 主操舵室へと歩きながらおれはビーにそう話しかけた。

「だが緊急事態ではないようですし、船に危険が迫っているわけではないと判断できます」

「おれもそう思う。だが全員の意見を聞く必要がある事態というのは、どんな想像ができる?」

「想像をしてもしかたがない。地球人は、それをあれこれ考えてしまうものなのですか」

 逆に返されてしまった。おれは答えた。

「そうだな。そういう傾向はあるだろうな。だから天敵から逃げて生き残れたのかもしれん……」

 主操舵室についた。ドアをぬけて入ると、すでにアリウス人の三人は来ていた。

 正面の大型モニターには、見たことのないリング状の3Dモデルが映っていて、どうやら今回の招集はあれが関わっているようだ。

「早急に決めなければならないことが発生した」

 主操舵室に入ってきたおれたちを見るなり、アリウス人は口を開いた。イヤリングをしているので、マであるとわかる。これまで一度もなかったが、いたずら心を起こしてアクセサリを入れ替えられても区別できないだろう。

「メイン画面に表示しているのは、前方、約五千四百万キロの宙域にある人工物体だ。さきほど発見された。光学的には見えないので、観測データからモデリングしてみた」

 おれは眉をひそめる。確かに、その3Dモデルを信じるなら、あきらかに人工の物体だ。

「星雲……ではないな」

 言いかけて、ガリンは否定した。超新星爆発後にリング状になる星雲はあるが、そんなものと見間違えるはずがなかった。

「直径約百四十キロ。ラグィド号の現在の慣性航行だと、あと五時間あまりで接触する」

 ワープアウトしたラグィド号は、光速の一パーセントほどのスピードで慣性航行していた。すさまじい速さであるが、広大な宇宙ではアリが進むようにゆっくりだ。

「この正体は……やはりAGIが関係していると?」

「その可能性は高いと考える」

 マは否定しなかった。

「じゃあ、AGIから、なにか指示は来ているのか?」

 おれは訊いた。グラン人との会合を指示してきたときのように、メッセージカプセルかなにかが流れてきているのではないかと思って。

「いまのところ、なにもありません」

 コンソールシートについてセンサーのデータを見ていたコュが振り返った。髪飾りが照明に光った。

「接近していけば、なんらかの指示があると思いますが……」

「みなの意見を聞きたい。この人工物体を調査するには宇宙船の速度を落とさなくてはならない。いまから減速すればエネルギーをさほど使わず会合できる。あれがAGIのものだと決まったわけではないし、航行を優先し無視して通りすぎるかどうするかを協議したい」

 調査をすれば時間はロスするが、少しぐらいの遅れなど長い航宙からすればわずかなものにすぎない。もしかしたらなにか重要なものかもしれない。AGIは、おれたちを試しているのかもしれない。

「調査すべきだと、おれは思う」

「危険はないのか?」

 ガリンが心配する。

「危険かどうかも、接近しながら調べられるだろう」

 おれは迷わなかった。むしろ心が躍った。刺激の少ない毎日のルーチンに飛び込んできた予想外のアトラクションだ。

「反対意見はあるか?」

 マは見回す。全員、賛成であった。

 おれはビーをちらりと盗み見たが、微動だにせず、状況を受け入れている。まさに樹木の如く、である。

「では、直ちに減速シークエンスに入ってくれ」

 マは、操舵シートのウィトに命じる。

「了解。減速シークエンスに入ります。制動エンジン、作動しました。最大効率で減速します」

 ハンチング帽のウィトが一連の操作をおこなう。

「これより十三時間後にリング状の人工物体に接触します。五万二千キロ手前で相対速度を合わせます」

「新たな情報が入ったら、また招集をかける。それまで自由時間とする。なお、今回のミッションが終了するまで通常のルーチンワークは凍結する」

 おれはうなずき、部屋へ引き上げることにした。

「ここに残っていて、よろしいですか」

 すると、ビーがマに申し出た。

「状況はここにいるほうがよくわかります。経緯を知れば、どう対応すべきか判断できます」

 もちろん、どうぞ、とマは応じた。

「状況は、いつどう変化するかわからない。我々は自室にて休憩するが、なにか緊急事態が発生した場合は全員を呼び出すといい」

「承知しました」

 アリウス人たちが主操舵室から退場していく。

あがたは戻らないのか?」

 同様に自室に帰ろうとしたガリンが振り返っていた。

「おれもここに残るよ。ガリンはつき合わなくていい……」

「邂逅まで十三時間もあるんだぜ。なにかあれば、コンピューターが対応するし、なにも主操舵室こんなところにいなくても……」

 ビーを一瞬見て、

「まぁ、いいか……飽きたら戻ればいいしな。食事のときは呼ぶから」

「ああ、頼む」

 肩をすくめ、ガリンは出て行く。

 ビーとおれが残って、主操舵室が急に広くなった。

 オペレーターシートにもつかず、表示されたままの3Dモデルを見つめている。直径百四十キロの途方もない大きさのリング状の人工物だ。あまりに直径が大きいためか、リング部はすごく細くできていた。よくこんなものが作れたものだと、その技術力の高さに感心する。これだけ巨大だと、ほんの少しのたわみでも、どこかに応力が集中してしまって破断するはずだ。

 確かにこんな構造では発見しづらいのも当然だろう。3Dモデルも単純で細部が構築されていない。データがそろっていないのだ。接近していくにつれて判明していく細部が3Dモデルに追加されていくか、それとも実写映像が撮影されるか。

 いったい誰がなんの目的でこんなものを……。いや、おそらくこれをここに用意したのは、AGIだろう。いまのところ、それしか考えられない。

「ビーはこれをどう思う?」

 ひとことも口をきかずにディスプレイを眺めているグラン人に訊いてみた。ビーは表情のない顔でおれを振り返り、

「どう? とは……私の予測を尋ねているのですか?」

「ああ、まぁ、そうだが……。そうか、グラン人は予測などしないのだったな」

「はい。明らかになった材料で、その場その場で対応策を考えます」

「この旅は、実は目的がよくわからない」

 不意におれは話題を変えた。

「どうもそこが釈然としないんだが……それでもおれが使節団に参加したのは、単純に遠い宇宙の彼方に行ってみたかったという、それだけの欲求だったんだ。ビーは、なぜこれに参加したんだ?」

「それは、みなの総意だからです」

 ビーはそう言った。

 その先を言うかと思ったが、黙ったきりだったから、おれは、

「他には理由はないのか?」

 重ねて尋ねた。

「単純な理由なのは縣浩仁郎こうじろうさんも同じです」

「あっ……こいつは一本とられたな」

 このリングの正体は、おそらく十三時間後にははっきりしているだろう。グランのときと同様、メッセージカプセルかなにかで告げられるに違いない。そして、驚くべき指示をよこすのだ。

 おれたちは唯々諾々とそれに従う。

 AGIは、おれたちになにを求めているのだろう。すべてを前もって明らかにしない理由はなんなんだ……?

 おれは使節団の話を聞いたときからずっと思い続けてきた疑問を、ここでまた考えてしまう。だがその答えはいつわかるのだろうか。

 おれはそのあとビーと語り合った。ただの雑談であったが、気晴らしにはなった。

 そして十三時間後――。

 減速を終えたラグィド号はリング状人工物体との邂逅を果たした。しかしAGIからはなにも伝えられなかった。

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