悪夢、襲来

(思いの外みんな普通に話を聞いてくれるんだな)


 傍にレーナとキーアを控えさせ、俺は調竜師とは何か、ドラゴンとは何かという話を続けていた。

 まあ一応彼らにとっては社会見学であり勉強もしなければいけないということで少し窮屈だとは思ったのだが……それにしては家柄では俺よりも遥か上に位置する彼らは一切の茶化しを入れたりしなかった。


「ドラゴンはこの国の象徴であり、人との繋がりを大切にされている。だからこそ俺たち調竜師は毎日誇りを持って仕事をしているわけだ。彼女たちドラゴンがしっかりと伸び伸び過ごせるようにな」


 そこで一人の女の子が手を上げた。


「なんだ?」

「その……さっきから彼女たちって言ってますけど、そのドラゴンたちは雌なんですか?」

「あ~言ってなかったな。この子たちは二匹とも雌だ。ドラゴンだから顔は厳ついけど、可愛い所は多いんだぞ?」


 可愛い、そう伝えるとレーナとキーアは嬉しそうにペロペロと頬を舐めてくる。

 ドラゴンの中でも一際強いとされる彼女たちだが、もちろんルーナには及ばないまでも戦闘力の高さについては知っていた。

 お転婆でやんちゃな彼女たちが戦場で敵を前にした時、果たしてどのような形相で襲い掛かるのか少しばかり気になるものの、俺は騎士ではないので戦いの場とは無縁だ。


「ゼノ調竜師は……怖くないんですか?」

「最初は怖かったぞ?」


 そう答えると質問者の彼女だけでなく、他の子たちもポカンとした。


「俺は確かに調竜師の素質があったからこそ今こうしてるが、初めてドラゴンを前にした時は怖かった。だってそうだろう? 心配は要らないと言われていても、何か機嫌を損ねてしまったら喰われるかもしれない、殺されるかもしれないっていう恐怖は確かにあった」

「……だよな」

「だよね」


 俺の言葉に全員が頷いていた。

 まあミカエルだけは目をキラキラさせて中々に将来性を感じさせるのだが、俺はそんな彼らの反応を見た上でレーナとキーアの頭を撫で、更には頬擦りまですると二匹は俺を挟むようにもみくちゃにしてくる。

 ドラゴンの力は人間に比べて圧倒的に強い、それでもレーナとキーアは絶妙な力加減で俺に触れてくる。


「な? 可愛いだろ?」

「はい! 最高です!!」


 俺の問いかけにまず答えたのはミカエルだ。

 そんなミカエルに続くように他の生徒たちも頷き始め、近くで彼女たちを見たくなったのかゆっくりと近づいてきた。


「流石に背中に乗ったりは無理だけど、触るくらいなら全然大丈夫だ」

「そ、それじゃあ……」


 まず、女の子が一人そっと手を伸ばした。

 レーナの翼に恐る恐る触れた彼女に、レーナが視線を向けるとそれだけでビクッと体を震わせたものの、レーナがペロッと頬を舐めると女の子はキョトンとしたものの嬉しそうにしている。


「……可愛い」

「お、俺も!」

「私も触りたい!」


 どうやら俺と彼女たちのやり取りが功を奏したようで、遠慮がちではあってもレーナとキーアに触れる生徒たちが増えた。

 ただ触れられるからといって調子に乗ることはなく、程よく二匹にビビっている生徒たちがちょうど良かった。


「大したものだなゼノ調竜師」

「そうですか?」


 少しだけ離れて見守っているとリーダーが声を掛けてきた。


「こうして学生たちにドラゴンのことを知ってもらう活動は何回もあるが、その度に学生たちは基本的にドラゴンに恐れている……まあ、あの二匹は特別だが」

「そう……なんですね」

「あぁ。だが、そんな二匹に対してああやって遠慮がちではあっても触れ合おうとしてくれている……あれは紛れもなく君と彼女たちのやり取りのおかげだろう」


 そこまで言ってくれるのなら嬉しい限りだ。

 それからリーダーと並んで生徒たちと二匹を眺めていたのだが……そこでふと背後から俺は声を掛けられた。


「ドラゴンと人が楽しそうにしている光景……良い物ねとても」

「……え?」

「誰だ?」


 そこに居たのは一人の女子生徒だった。

 向こうでドラゴンたちと触れ合っている生徒たちと同じ制服を着た女子生徒……だったのだが、俺にはそれが誰か分かってしまった。


「ルナ!?」

「しっ、あまり騒がないの」


 そっと口に手を当てて彼女はそう言った。

 そう……突然に隣に現れたのは制服に身を包んだルナだったのだ――ただ、ここで少し不可解な現象が発生した。


「……うん? 誰か居た気がしたが気のせいか?」

「え?」

「声が聞こえたはずなんだが……ふ~む?」


 リーダーは確かにルナの立っている場所を見ているはず、それなのにルナの姿は見えていないようで声が聞こえたことすらも空耳のように首を傾げていた。


「ゼノにしか見えていないわ。そういう魔法を使っているからね」

「……………」

「そうね。喋らない方が良いかも。そうじゃないと何もない所に話しかけるおかしな人になってしまうから」


 ルナが魔法を使えることは知っていたけど、そんなものまで使えるのか。

 俺は魔法に全く詳しくはないものの、自分の気配を完全に消すことが出来るような汎用性のある魔法の存在は知っている。


(……っていうか、この子は一体何をしているんだ!?)


 しかも制服姿で!

 ルナはニヤリと笑い、俺の目の前でクルっと回った……するとその拍子にスカートが浮き上がって赤色の下着が見えてしまい、俺はスッと視線を逸らした。


「エッチ」

「っ……」

「というのは置いておいて、どうかしら?」


 そう言われて俺はまた彼女をチラッと見た。

 この学院の制服は白を基調としており、特に変わったデザインではなくあくまで制服としては普通なのだが……学生離れしたスタイルを持つルナが着ると、それだけで一気に色気が増してしまう。


「……………」

「その反応で分かるわ。悪くないのねぇ」


 この子、完全に俺のことを揶揄うつもりだ……。

 ルナに対して変にアクション出来ず、隣に立った彼女はギュッと俺の腕を抱いてそのまま身を寄せてきた。


「いやぁしかし、こうしてドラゴンと人が共存することの素晴らしさよ。これは良い報告が出来そうだ」

「そうっすね」

「……本当にどうした? 何やら顔が赤いが」

「大丈夫っす」


 ルナのような美女に腕を組まれたら顔くらいいくらでも赤くなる。

 それから傍にルナが居ながらリーダーと言葉を交わした後、ひとしきり生徒たちが満足したところで俺は彼らに近づいた。


「それでは一旦休憩とする。十分後に改めて再開だ」


 リーダーがそう言って休憩の時間がやってきた。

 ドラゴンを眺めていたい生徒たちは残ったが、数にして半分くらいの生徒たちが休憩のために居なくなった。


「これがドラゴンなのねーとっても素敵だわー」


 ドラゴンに会えてニッコニコのルナだが、それに反してレーナとキーアの表情が物凄く強張っている。

 周りの人間にはルナの存在は感知されていないが、流石にドラゴンが相手ともなるとルナを感じ取ることが出来るらしい。


「触ってみても良いかしら?」

「あ、あぁ」


 その後、ルナはペタペタと二匹に触っていたが……まるで石像と化したかのようにレーナとキーアは微動だにしなかったのだった。

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