ルナのことを話しまくる

 ルナと出会った翌日のこと、俺は今日も今日とて調竜師としての仕事だ。

 基本的に一週間に一度の待ち合わせ、或いは二週間に一度はあの場所で彼女と待ち合わせをするのが日課になっており、それももう俺の日常の一部だ。


(相変わらず謎ではあるけど……)


 ルナは本当にどんな立場の人間なのか……気にはなるけど、それはそのうち本人が話してくれるのを期待しようかな。


「どうだルーナ、気持ち良いか?」

“……………”


 気持ち良いかと聞くと、彼女は満足だと言わんばかりに鳴き声を上げた。

 今俺がやっているのは専用のブラシで彼女の体を洗っており、基本的にドラゴンは神聖な泉で水浴びをするのだが、彼女に関してはその群れに入ることなく俺がこうして体を洗っている。


「それでさ、彼女はドラゴンの話を凄く聞きたがるんだよ。それで嬉しそうにしてくれる笑顔を見ていたら……俺も楽しくなるんだ凄く」


 体を洗うために手だけ動かしていても口はお留守になってしまうので、俺がルーナに話す内容はルナのことだ。


(ルナとルーナか……何の因果か名前も似てるし、本当に縁があるんだな)


 なんてことを思いつつ、気持ち良さそうにしている彼女にルナのことを話す。

 ルーナはドラゴンの女王ということで性別が雌ということもあり、俺が同僚の女性の話とかをすると分かりやすく機嫌を悪くするのだが、ルナのことに関しては楽しそうに話を聞いてくれる。


(もしかしたらルナの人の好さを本能で感じるのかな。ま、俺も彼女のことはとても素敵な女性だと思っているけど)


 同僚のリトが幸せそうに家の話をしてくれる度、結婚ってこういう幸せもあるんだなと羨ましくなって……そんな時に思い浮かべるのがルナだったりするんだけど、やっぱり今は調竜師として頑張ることで精いっぱいだからなぁ。


「うん? ルナのことをどう思っているのかって?」

“……………”


 そう言われた気がして問いかけるとルーナは頷いた。

 ルーナは人ではなくドラゴン、しかしやっぱりあくまでもなので俺は少し恥ずかしくなりながらこう伝えた。


「素敵な女性だと思うよ。凄く綺麗だってのはもちろんだけど、調竜師としての仕事に理解もあるし、何よりドラゴンとの話を楽しそうに聞いてくれる。一緒に居て楽しい存在なのは確かだ」

“……♪♪”


 ルーナはパタパタとその大きな翼を揺らした。

 やっぱりこれってルーナもルナのことを俺の話越しではあるけど気に入ってはくれているんだよな……あんな風にドラゴンのことを楽しそうに聞いてくれるなら、何か機会があればルナに会わせてあげたいとも思う。


「いつか、ルナを会わせてあげたいって気もするな。どうだ?」


 そう言うとルーナはそっとそっぽを向いたので、会いたいのか会いたくないのかどっちなんだと俺は苦笑した。

 それからルーナの体を洗い終えたその時だった。

 何か騒がしい鳴き声が聞こえたかと思えば、このエリアに二体のドラゴンが飛んできた。


「……遊んでんのかな。じゃれ合ってるだけか」


 ドラゴンにも色んな種類が居るのだが、温厚な性格はもちろん喧嘩っ早いやんちゃな性格のドラゴンも居る。

 どうやらこっちに近づいている二体のドラゴンは後者らしいが……そこで背後の彼女が動いた。


「ルーナ?」


 彼女はジッと二体のドラゴンを見つめたかと思えば、俺の周りに魔法の障壁を張ってその大きな口を開けた。


「……まさか」


 以前にも言ったがルーナはドラゴンでありながら高位の魔法を操る。

 故に俺を包むこの障壁はどんな攻撃すらも通さず、それどころか音すらも遮断しているようで今の俺は外から届く一切の音が聞こえない。

 ルーナが吠える動作をした瞬間、魔法障壁が僅かに揺れ……そしてビクッと体を震わせた二体のドラゴンはすぐに逃げて行った。


“……………”


 ルーナさん、完全に怒っておられる。

 この場所はルーナのみが身を寄せることが出来る聖域、それは彼女の部下のような存在でもある他のドラゴンたちも同様だ。

 年に何回か王や王妃たちが訪れるくらいで、それくらいルーナの許可なくしてここには誰も来ることが出来ない。


「なあルーナ」


 どうしたと彼女の赤い瞳が俺を捉えた。

 王族でさえもおいそれとここに訪れることは出来ないが、俺だけはこの場にいつでも訪れることが出来る……それは調竜師としての時間だけでなく、仕事でなくても彼女は拒まない気がする。


「調竜師の仕事だけじゃなくて、何もない時に俺がここに来たら君はどうだ?」


 そう言うと彼女はその強靭な腕を俺の背後に置いた。

 そのままトンと腕が俺を押すと、必然的に俺は彼女の顔に抱き着くように身を寄せる形になる……うん、どうやら彼女は歓迎してくれているらしい。


「まあそれは無理なんだけどさ。俺たちは仕事じゃなかったら城に入ることは出来ないからなぁ」


 ルーナさん、しょんぼりしたのを表すように悲しそうに鳴いた。

 なんつうか……やっぱり顔はドラゴンっていうのも威圧感は感じるのが、こうなってくると本当に可愛いとしか思えない。


「なあルーナ、結婚しようぜ」

“……!?”


 もうね、こんな可愛いドラゴンとなら俺は結婚出来るぞ冗談抜きで。

 まあ冗談抜きではあるけどドラゴンの彼女と結婚なんか出来ないわけで、それにルーナの方に色々と不便を与えることになるからな。


「さてと、そろそろ仕事も終わり……うん?」


 仕事も終わったので帰ろうかとしたところ、ルーナは俺の背中に腕を置いたまま動いてくれなくなった。

 どうにかして這い出そうとしても彼女は絶妙な力加減で俺を捕まえているので逃げられず、俺は仕方ないなと彼女の頭を撫でながら満足するまでここに居ることにするのだった。







「あれ? ゼノ? なんで……帰ってないのか?」

「あ~、帰れんかったわ」

「??」


 その日は泊まりました。

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