第21話 ヤンデレ症候群

 私とお姉ちゃんは絶賛、生徒指導の先生に怒られていた。


「春夏冬さん姉妹が遅刻なんて珍しい……。美孤さんはともかく美都さんは部活の朝練があったでしょう?」


 私が「すみませんでした」と謝る前に、お姉ちゃんは咄嗟に


「すみません、私が寝坊してしまったのに美孤を付き合わせてしまったんです。部活メンバーにはしっかり謝っておきますので」


 と、先生に嘘を告げた。なぜそれが嘘かわかったかというとお姉ちゃんがその嘘を言い放った瞬間に、私の頭に同時に


(とりあえず何か上手い言い訳を考えないと……。美孤は私に付き合わせたことにすれば何とか丸く収まるか……?)


 という声が聞こえてきていたからだった。ごめんねお姉ちゃん。神様のせいで丸聞こえなのです……。でも遅刻して怒られている時でさえ、私のことを気遣ってくれるお姉ちゃんに私は惚れ直すほかなかった。ああ、やっぱりお姉ちゃんってかっこよくて優しくて最高のお姉ちゃんだ……!なんて考えていると、生徒指導の先生はため息をついて


「はぁ、とにかく以後気を付けてくださいね。特に美都さんは受験生なんだから」


と、だけ言い残して去っていった。私はほっと一安心して胸を撫でおろした。


「美孤、ごめんな。あんまり庇えなかった」


「え?!ううん、いいの、全然!むしろ適当な嘘ついてもらっちゃってごめんなさい……。朝のことのせいで朝練にも参加できなかったし、これじゃお姉ちゃんの評価が……」


 私がそこまで言うと、お姉ちゃんはポン、と私の頭の上に手を乗せて、ぐりぐりと撫でた。


「美孤はなーんにも気にしなくていいよ。自分のことは自分で何とかするし美孤のこともなんとかするから、美孤は何も気にしなくていい。……朝の神社の件だけど、今日も部活あるし帰ってからでいいか?」


 申し訳なさそうに尋ねるお姉ちゃんに、私はすぐに頭をこくり、と動かした。


「う、うん、大丈夫だよ!お姉ちゃんの方こそ部活、頑張ってね」


 私がそう言うとお姉ちゃんは「ああ」と笑って、自分の靴箱に向かった。私はお姉ちゃんに撫でられた頭の感覚と笑った笑顔に魅了されて、未だそこを動けずにいた。


「春夏冬さん?もう一時限目が始まりますよっ!?」


 前言撤回。先生に声をかけられて、私はすぐに教室に向かった。









(ああ~!今日のお姉ちゃんかっこよかったなぁ……)


 授業の休み時間。私はぼんやりとそんなことを考えていた。私の呪いを何とかしようと神様にあんな交渉をしたお姉ちゃん。神様に何を言われても怯まなかったお姉ちゃん。私の為に怖い思いをしてくれたお姉ちゃん。遅刻したのに私を庇ってくれたお姉ちゃん。頭を撫でて笑ってくれたお姉ちゃん。お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃ……、、、、、。


(て言ううか、お姉ちゃん、昨日の今日で一気にデレたよね……)


 思えばそうで、お姉ちゃんは付き合うと決まってから急に優しくなったような気がする。今まではあんなに冷たくて私が何言っても無視していたのに、今のお姉ちゃんは私の話を聞いて頷いて笑ってくれる……なんて奇跡だ。最高の奇跡としか思えない。


(えへへ、た、確かに呪いにはかかったけど、お姉ちゃんにこんな溺愛されるなら悪くないかも……)


 だって今、こんなにお姉ちゃんに優しくされているのは私しかいないんだから!そう思ったらなんだか勉強もやる気が出てきた。私は朝の神様のことや呪いのことなんかすっかり忘れて、授業のチャイムを聞いていた。




 お昼になり私は相変わらずのルンルン気分でい自動販売機に向かっていた。その道中で三年生の教室の前を通りかかった時、パッとお姉ちゃんが目の隅に入った。お姉ちゃんは何やら廊下で誰かと話をしているようで、なかなか盛り上がっているようだった。まぁ、お姉ちゃんは人気者だから当然だよね……と通り過ぎようとした時だった。


「全く恋依こよりは世話が焼けるな。そんなんで来年ちゃんとマネージャー務まるのか?」


 お姉ちゃんはそう言って、目の前の話している女の子の頭に手を乗せたのだ。私は思わず立ち止って、その様子をまじまじと見てしまった。すると後輩らしき女の子は嬉しそうにお姉ちゃんに笑顔を見せる。


「ええ~、春夏冬センパイいなくなったらみくるマネージャーやめるつもりですもん~!」


「おいおい、お前なあ……」


 なんて仲睦まじく話す2人の様子に私は意気消沈して、ふらふらとその場を立ち去った。そうして自販機で訳も分からずに買ったお茶を喉に流し込んだ。


(お姉ちゃんは私だけに優しいんじゃない、皆に優しいんだ……)


 でも、思えばそうだった。お姉ちゃんの誰にでも優しいところも好きなところの一部なのだから。で、でも、でも、一応恋人がいるのに誰にでも優しくなんてしたら、皆お姉ちゃんに惚れちゃうじゃない!と、私はペットボトルから口を離した。


(こんな束縛したくないけど、お姉ちゃんに一番優しくされるのは私でありたいのに……)


 嫌な束縛心が私の胸を埋め尽くしてしまって、私はもう一度お茶を体に流し込んだ。

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