第16話 呪いと謝罪

「美孤」


「は、はいっ!」


 お姉ちゃんは私をまじまじと見ながら、そのまま続きを口にした。


「呪いの事、とりあえずわかってること全部話してくれ」


「え、呪い......の、こと?」


「ああ、まずは美孤にかかった呪いをなんとかしないといけないだろ」


「ああ、うん。確かにそうだね」


 なんだかもっと別のことで呼ばれたかと思っていたので、呪いのことと聞き拍子抜けしてしまった。でも考えれば、お姉ちゃんが呪い以外のことで私に用があるとも思えないので、やはりこれは妥当な会話だと思った。


「まず今日の朝、あの神社で何があったんだ?」


 お姉ちゃんにそう問われ、私は今日の朝あったことをすべて一から話した。まずあの神社に通っていたところから全部だ。ただし、相手の本音がわかること以外は伏せた。お姉ちゃんは私の長い話にも飽きず一から十まで真剣に全部聞いてくれた。私はお姉ちゃんに話を聞いてもらえるのが嬉しくて、いつもより言葉数多く話した。でも、本音だけは言わないように気を付けた。せっかくお姉ちゃんが話を聞いてくれているのに、こんなところで咳き込んで、空気を乱したくなかったし、お姉ちゃんに変な心配を掛けたくなかった。


「......で、そこで悲鳴を聞き付けたお姉ちゃんが来てくれたって訳だよ」


「......そうか」


 ようやく全部話すと、お姉ちゃんは考える素振りを見せた。


「じゃあ、やっぱりその<真愛晶>ってやつが必要なんだな」


「うん、そうみたい......」


「愛って言ったって、あまりに漠然としすぎだろ......」


「......うん」


 確かにそうなのだ。神様は愛から生まれるとは言ったものの、じゃあ愛ってどうやって生まれるのかがわからない。そんな簡単に生まれるとも思わないし、その生まれ方すらわからないのだから、今のところお先真っ黒だ。もしかしたらお姉ちゃんと付き合った、というのは解決策にも満たないものだったのかも知れない。でも、お姉ちゃんが私のためにここまで考えてくれている。そのチャンスを、いや、お姉ちゃんの優しさを私はどうしても無駄にはしたくなかった。


「でも、まぁ......」


 お姉ちゃんはしばらく難しい顔をしていたのに、急に顔を上げて天井を仰いだ。


「とりあえずは付き合ってみるしかないな」


「......へ?」


「だから、とりあえずは付き合ってみるしかないだろ。そこから一緒に解決策を探していくしかない」


 私はそう言うお姉ちゃんを見て、本当は黙っておこうと思っていたことを、やっぱり口に出すことにした。でも、それ私の本音で、気持ちで、今の私には口に出すことは許されない


「あの、お姉ちゃん......」


「......ん?」


「何か適当な紙とペン、借りてもいいかな......?」


「ああ、これでいいか?」


「うん、ありがとう」


 お姉ちゃんから渡された紙に、私は自分の思っていることを書き出した。もしかして、自分の本音は紙にも書けないようになっているのかと思ったりもしたけれど、意外とそんなこともなく、紙には自分の本音をすらすらと書けた。私はその紙に一通りの自分の本音を書くと、それをお姉ちゃんに渡した。


《お姉ちゃんは本当に私と付き合ってもいいの?呪いは私の事なのに、お姉ちゃんに迷惑は掛けられないし、掛けたくない。もしお姉ちゃんが無理しているなら、私はそんな解決法は望んでないです》


 もしこれをお姉ちゃんに話したら、お姉ちゃんは気が変わって私と付き合うのをやめるかもしれない。やっぱりおまえの呪いには付き合ってられないって言うかもしれない。せっかく仲良くなれたのが、また離ればなれになるかもしれない。でも、お姉ちゃんをこんな呪いに付き合わせるぐらいなら、一人で別の方法を探す方がよっぽどいい。だから伝えたのだ。だから、言わなければならないと思ったのだ。


 お姉ちゃんは私の本音が書かれた紙をしばらく見ていた。今さらお姉ちゃんに拒否されたって、慣れっこだから大丈夫だと自分に言い聞かせたけど、今日は数年見てきた夢の集大成のような一日で、きっとこれからもずっと、忘れられない、素敵な一日で、それをなくすことはやっぱり怖くて、痛い。しばらくして、お姉ちゃんは紙から目を離して、私を見た。正面から、まっすぐと。私は背筋を伸ばして、お姉ちゃんの視線に答えた。どんな答えでも、受け止める覚悟をもって。私をしばらく見たあと、お姉ちゃんは口を開いた。それと同時に、お姉ちゃんが正面から消えた。


「美孤、今まで本当にごめん」


 お姉ちゃんは私に向かって深く、深く、頭を下げていた。


「......え、え!?お、お姉ちゃん!?どうしたの、顔上げて......!」


「謝らなきゃいけなかったんだ、ずっと」


「え.....?そんな、謝ることなんて何も......」


「あるんだ。ずっと、あの中学生の時から、私は美孤を拒絶した。そして今日まで自分のエゴで美孤を傷付け続けた。ごめん、本当にごめん、美孤」


 そう謝るお姉ちゃんに、私はそっと手をさしのべた。


「お姉ちゃん、顔をあげてください。私、怒ってないから。......お姉ちゃん、お願い、顔を上げて。お願い......」


 はじめてだ。好きな人に、頭を下げられる気分って、こんな気分なんだ。

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