昼 丘陵地帯 3


 痛みに慣れる。


 銃に触れさせながら言うその意味が、分からないはずもない。

 今しがた撃たれた二人は、痛みに泣き叫ぶ様子はなかった。そんな暇も無くキルされた。でもだからと言って、撃たれて痛くないはずはない。


「……」


 指をそっと撫でられる。


「……顔から地面にぶつかった時、痛かった?」


「……うん」


「銃の反動で鼻を打った時は?」


「……凄く」


「だろうね。でもトウミは、すぐにその痛みを振り払えた」


 覆い被さるハウンドさんから、優しい声音が降ってくる。耳元のすぐ近くで。


「この『ゲーム』が、そういうモノ・・・・・・って可能性は高い」


 曰く。ショットガンの弾が直撃した人が、呻く程度で済むはずがない。出血や怪我が生じないのと同じく、痛みもある程度制限されているのではないか、と。


「それでも、硬直する程度の痛覚は残っているようだった。だから、撃たれても足を動かせるように――」


 ――トウミの体を慣らしたい。


 一体どうすれば、その言葉にそんな優しさを乗せる事ができるのか。

 どうして、わたしの為にそこまでしてくれるのか。一瞬、逃避気味にそんなことを考える。


「……わ、わたし」


「うん?」


「その……こ、怖い、です……」


 怖いと口にできるのがありがたくて。彼女に寄りかかりっぱなしだと自覚しながら、言わずにはいられなかった。

 情けないわたしに、それでも返ってくる声音は変わらず、優しいまま。


「うん、痛みを怖がるのは大切。だけど、その恐怖を理解する必要はある……と、私は思う」


 きっと、どうしても無理だと泣きつけば無理強いはしてこない。そう確信できるくらいに、大事にされている感覚があった。でもそうすればきっと、この人の負担は更に増えてしまう。


 相棒と呼ばれた。戦力はハウンドさんに偏っていても、せめて自力で逃げるくらいはできなきゃ情けない。

 その覚悟を決める為に今、手を煩わせてしまう事になるけど。


「……い、一緒に」


「うん」


「一緒に……撃って、欲しいです。手、握ってて欲しい、です……」


「勿論」


 震え声の我儘に、即座に頷いてくれた。


「じゃあ……」


 少し体を離して向かい合うような姿勢へ。膝を抱えて座り込んだままのわたしを、ハウンドさんは膝立ちで、頭一つ以上高い位置から見下ろす。手は触れ合ったまま、リードに従ってホルダーから銃を引き抜けば、手の震えが伝わって耳障りな音がした……と思ったら、わたしの歯が鳴る音も重なっていた。


 手に力が入らない。

 

「左の二の腕辺りにしよう」


 ほとんどハウンドさんに任せる形で、右手がゆっくりと持ち上がっていく。人差し指はまだ、彼女のそれに支えられるように伸びたまま。


「スライドを引く」


 ハウンドさんの右手が上がり、銃の上部パーツを引いた。がちゃりと音が響く。銃の機構なんて知らないけど、準備が整ったのだと直感的に理解する。


「……っ、はっ……」


 銃口を二の腕の中ほどに近づけてから、人差し指が軽くノックされた。引き金とトリガーガードの間、本来は指一本を宛がう為のそこに二人の人差し指を重ねれば、後はもう力を籠めるだけ。


「狭いけど……入ったね」


 僅かでも動かせば、はずみで発砲してしまうかもしれない。そう思うと、やると決めたのに、指先は冷たく固まってしまう。


「――考えようによっては」


 そんなわたしを急かすでもなく、瞳を覗き込みながら微笑を浮かべるハウンドさん。灰に混ざる黒が一筋、さらりと流れる。


「トウミの初めてを私の指が貰える、と」


 緊張をほぐすため……にしてはシモの方に寄り過ぎなジョークだけど。澄まし顔で放られて、こんな時ですら心臓が跳ねた。おかげで、強張っていた指先に血が巡る。


「……じゃあ……う、撃ちます……」


「うん。三つ数えたら、一緒に」


 恐怖を長引かせないようにか、彼女の数える三つは短くテンポ良く。

 三、ニ、と数え下ろすたびに重なった指で爪を撫でられて。


 一と聞こえた瞬間に、人差し指を握り込む。


「――……っ!!」


 ばん、と乾いた音。


 少し遅れて、熱く鋭い痛みが二の腕に走った。熱した鉄の棒を指し込まれるような~って表現を思い出したけど、その通りなのかは分からない。

 ただ、もの凄く痛い。顔面ダイブや鼻強打よりもずっと。だけど、比較にならないほど、ってわけでもなく。ハウンドさんの言う通り、痛みがセーブされているような感覚があった。

 だから平気という話でもないけど。


「ふっ……!ふぅっ……!」


 撃った次の瞬間には、ハウンドさんは銃を取り上げて床に置き、抱きしめてくれていた。泣きそうなのを、彼女の肩に顔を押し付けて耐える。耳に入り込んで来る「偉い。良く頑張った。流石は私の相棒」って囁きが、痛みを和らげていく気がした。


「これで大丈夫。自分で自分を撃てたんだから、人に撃たれたってきっと平気」


 背中をさすりながらくれた言葉を、よくよく胸に留める。その間にも痛みは不自然に早く治まっていき、目を開けて視界の端を確認すればHPは残り91に。擦る手はそのままに、ハウンドさんが右手でバックパックから包帯を取り出す。


「じっとしてて」


 使用時間四秒でHPを25回復するアイテム。ロールのまま腕に宛がうと独りでに巻かれ、しかも使い切っていないのに一巻き丸ごと消失した。HPの回復を確認後もう一度患部を見た時には、巻かれたはずの布も消えている。


「こんな感じなんだ」


「不思議……」


 自分で巻くモーションがあったはずのゲーム内より挙動が簡略化されている。よりゲームチックで、だけどやはりここは[DAY WALK]そのものではないようだ。


「――さて。気を落ち着けたら、移動しようか」


「……はい」


 わたしたちは今、島の南西の丘陵地帯にいる。マップを見るに次の安全地帯は中央付近、こちらから見て北東側に寄ってるから、その収縮――日没までに移動しなければならない。


 もう少しだけ、ハウンドさんの温もりで心を落ち着かせて。

 それから、転がっている二つのバックパックからアイテムを頂戴する。


「これを使っていれば、善戦できただろうにね」


 スタングレネードをバッグにしまいながら、ハウンドさんがそんな事を言う。

 曰く、付近に降りていたのはあの一チームだけで、しばらくは接敵する可能性は低い、らしい。わたしの試し撃ちが彼らをおびき寄せる餌も兼ねていたんだと、微笑みながら謝罪された。



 そうして家を後にして、わたしたちは歩き出す。


 日は真上に昇った辺り。

 快晴だけど、過度な暑さは感じなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る