第9話 愛知の旅8

 ◆


 出発して三時間半。


 時刻は九時四十分。


 ここは豊明。


 ブーンッ。


 桜を先頭に涼花、侑李の順で並んで原付で車通りの少ない道路を走っていた。


「こちら、先頭サクラ。次の交差点はまっすぐ?」


 桜はヘルメットに装着されたマイクを通して、しゃべった。カーナビとして使っているスマホに視線を向けた侑李がマイクに話始める。


「えっと……とりあえず、まっすぐですね」


「そう。豊田はまだねぇ」


「ここは豊明ですかね?」


「うん。看板が出てきたから」


「そうでしたか? じゃあ、もう少しで豊田ですね」


「そう。もう二時間くらいは走っているかな? あの喫茶店を出て」


「そうですね」


「少ししたら休憩入れる?」


「そうですね。休憩できそうなところがあったら入りますか……そうそう、スーパーによって休憩しますか? 休憩がてら、食材の買い出しもできて良いでしょう」


「待って。どんぐりの湯に行くんでしょ? お風呂に入った後で買い物をした方がよくない?」


「んーん。確かにお風呂前に荷物を増やしたくないですね」


 侑李と桜とがマイクを通して話していると、涼花の声が唐突に聞こえてくる。


「あ、あのいいですか?」


「あ、はい。涼花さんなんですか?」


 涼花に対して侑李が問いかけた。


「昨日楽しみ過ぎて、どんぐりの湯を見ていたのですが。近くに道の駅があるみたいですよ?」


「道の駅! 良いわね。良いわね。やっぱり旅は地元の食材を食べなくちゃね」


 道の駅と耳にした桜はテンション高く声を上げた。


「ただ、文字通り道の駅なんで、そこで揃いそうにない食材だけを買っていくってのはいかがでしょう? 見た限り野菜はいっぱいあったように見えます」


「そーね。肉とかなさそうだった?」


「ソーセージとかあったように見えましたが……野菜とパンがメインだったようです。後、私達には関係ありませんが近くに酒蔵があって……地酒が売っているみたいです」


「ふーん。顧問の先生にお土産は地酒がいいかしらね?」


「えーっと」


 涼花が返答に困った表情を浮かべた。


 そこで侑李が口を挟む。


「俺達、普通に未成年なんで、お酒は買えませんから!」


「今、制服着てないしバレなくない?」


「もし、部活中に酒買ったのがバレたら、大問題に発展して……おそらく退学ですよ?」


「ふむ、顧問の先生のお土産のために退学するのはバカらしいわね」


「どう考えても、そうですよね」


 視線を上げた侑李は業務スーパーを見つける。


「あ……この先に業務スーパーがありますね。入りますか?」


「へーこんなところに業務スーパーあったのね。私はいいわよ」


「私もいいです。私、業務スーパーに行くのは初めてです」


 業務スーパーによることを侑李が提案すると桜と涼花が頷き答えた。


 侑李達は業務スーパーに寄り、食材を買うのであった。




 出発して六時間。


 時刻は十二時十五分。


 業務スーパーでの買い物後、更にカブを走らせて豊田市に入っていた。


 げんなりとした桜の声がマイクを通して、イヤホンに聞こえてくる。


「ういー疲れてきたかも」


「確かに、疲れましたね……しかし、あと少しでお風呂です。行きたがっていた」


 侑李が頷き答えた。


「お風呂痛いだろうな。私のお尻は真っ赤なランブータン」


「何を言っているんですか?」


「熟して食べごろのランブータン」


「だから何を言っているんですか。まったく……そんなことよりもそろそろ、ご飯食べませんか? 確か部長にはオススメの店があったのでは?」


「もう少しよ」


「……」


「何よ」


「いや、十分前にももう少しと言っていた気がするんですが」


「気のせいじゃん?」


「そうですか? もしかして……見逃したとかじゃ?」


「そ、そんな訳ないでしょう」


「なんか、動揺しているようですが?」


「はいはい。見逃しましたよ。とっくに通り過ぎていましたよぉ」


「ようやく自白しましたか。では、どうしますか?」


 侑李の問いかけに、桜は考える仕草を見せる。そして、視線を上げるとオレンジ色の牛丼屋の看板が目に留まる。


「……よし、豊田名物の吉村屋に行こう」


「何が名物ですか?」


「豊田にあるんだから、豊田名物でしょ?」


「まぁ、お腹が減ったんで、なんでもいいですが……えっと、涼花さんもいいですか?」


 侑李が涼花に話を振ると。涼花は何やら顔を明るくして答える。


「ぜひ、いきたいです」


「? なんかテンション高くないですか」


「え、あ、私、牛丼屋には昔から行ってみたいと思っていたんです」


「あーっと、マジですか」


「ええ。種子島には牛丼屋がなく。それでも行く機会はあったかもですが、入りづらくて」


「なるほど。確かに普通の女性では入りにくそうですね」


「はい……男の人も多いですし」


「なるほど。なるほど。やはり躊躇なく入店できる部長が特別ですね」


「ああん? 私に喧嘩を売ってんのか?」


 桜のドスの効いた声を耳にした侑李が身震いする。


「いや、なんでもありませんよ? 冗談です」


「そう? ならいいんだけど……さ、さっさと牛丼食べましょう」


 桜達は豊田名物の牛丼屋チェーンの吉村屋へと入って行くのだった。


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